いちばん美しいのは、誰⑳『また会いましょう』
「ありがとうございます。
最初に君が現れた時はどうなるかと思いましたが……」
舞台袖にて、中年男性が英人に向かって深々と頭を下げた。
律希のアピールも終わり、用の済んだ二人は舞台をはけている状況だ。
「いえそんな……今にして思えば、出過ぎたことをしました。
こんな、晒しものにするようなことをしてしまって……」
「いやいや、いいんです。これも全部僕が悪かったのですから。
あんな依頼に簡単に従ってしまったのがそもそもの間違いですし。
普通に考えればやってはいけないことだとすぐに分かる筈なのに、あの時は本当にどうかしていた……いや、これも言い訳ですね」
悔やむように男は零す。
まさか――その様子を見、英人にはどうしても確認したいことが頭に浮かんだ。
「つかぬ事をお聞きしますが……そのSNSの依頼を来た際、何か変なことは起きませんでしたか?」
「変なこと、ですか……?」
「たとえば、気分がおかしくなったとか」
そう言うと男はああ、と得心したように手を叩いた。
「そう言えば確かに、SNSを見てからしばらく頭がボーっとする状態が続いてました。
熱っぽいというか、他の物事を考えられなくなるというか……。
おそらくは仕事のストレスと、SNSの件の焦りが重なったからだと思ってたんですけど……それが、なにか?」
「いえ……なんでも。
それよりありがとうございました。
お陰で彼女も立ち直ることが出来た」
おおよそ予想通りの回答に、英人は納得したように頭を下げた。
色々と考察の材料は揃ってきた。
しかし今は少しだけ、それは後に置いておこう。
「いえそんな……礼を言われるようなことなんて、何も。
やったことを考えれば、本当は自分からやるべきだったんです。
でも僕にその勇気がなかったから、こうしてお膳立てをしてもらったってだけで……。
僕は君たちのような誠実な若者とは違う、年齢だけ無駄に重ねた本当にただの卑怯で弱い男です」
「そんなこと言わないで下さい。
あんな大勢の前に出て罪の告白をするなんて、相当な勇気がなければ出来ない。
貴方は自身が思っているよりずっと強い人だ」
そう言って英人は振り返り、舞台の律希を見る。
横顔しか見えないが、その表情は明らかに自信を取り戻したものだった。
舞台の前方では、他のファイナリスト達が自由に己の魅力をアピールしている。
今は
「あ、これがこの前作ったガトーショコラです~。
おいしそうでしょ~?
実は隠し味があって……」
「あ、小田原さん。
もうお時間が過ぎておりますのでこれくらいに」
「あら~、ごめんなさい~それでは私のアピールは終了です。
投票よろしくね~」
「……コホン。
では私の番ということなので、早速アピールをさせてもらおう」
司会に言われてそそくさと友利がはけると、次は
血筋だからだろうか、その佇まいは堂々としている。
「それで私の特技だが、それは手芸だ。
実は高校生のあたりから凝り始めていていてね。
今日は私の作品をいくつか持ってきたので、お目汚しかもしれないがどうか見て頂きたい。
持ってきてくれ」
すると舞台袖からは数々のドレスやワンピースが運ばれ、舞台を彩っていく。
これら全て自前で作ったというのなら、相当な腕前だろう。
「すごい、ですね……確か名家のお嬢さんとか」
「ええ。
でも久里浜さんも負けてませんでしたよ……見てください、あの表情を。
貴方がいなければ、ああはならなかった」
「でも……『そーですよっ!』……おおっ!?」
男の後ろから、栗色の髪をした美少女がぴょこんと顔を出した。
英人の幼馴染かつ大学の先輩、
「ああ真澄ちゃん、お疲れ。
映像の方やってくれて助かったわ」
「高校の文化祭とかで経験ありましたからね!
昔取った
真澄はふふん、と得意げに胸を張る。
「あ……君も、ありがとうね。
協力してくれてたみたいで」
「どういたしまして!
後さっきの話ですけど、そんなに自分を責めちゃだめですよ!
確かに悪いことはしたかもしれませんが、ちゃんと謝ったんです。立派ですよ!」
真澄はずいっと詰め寄りながら中年男性に言う。
その美貌と圧のせいか、笑ってはいるが若干引き気味だ。
「はは、ありがとう……じゃあ、僕はもう行くよ」
「もう行くんですか?」
英人が尋ねると男は頭を掻きながら、
「まぁ、こんな中年男が学祭に長居しても仕方がないからね。
彼女の妨げになってもいけないし、これ以上迷惑を掛けられないよ」
「そうですか……」
英人は俯き、口ごもる。
喉まで出かかった問いを聞いてよいか、迷ったからだ。
しかし中年男性はそれを悟ったように小さく笑った。
「……僕のことは心配いらない。
真正面から自分の罪と向き合えたんだ。
その事実だけで、僕は何度でも頑張れるよ。これから先何が起ころうとね」
「そう、ですか……」
英人は眼を
今回の件、被害者である律希は許すと宣言してくれたことで警察沙汰にならずに済んだわけであるが、社会的なこととなれば話は別だ。
念の為はマスクをして舞台に出てもらったが、知っている人が見れば確実に特定されるだろう。それが会社に知れ渡り、クビになることだって大いにあり得る。仮にクビにならずとも、相当に居心地が悪くなるだろう。
彼の今後はお世辞にも明るいものとは言えない。
「大丈夫ですよ」
しかしそんな英人の葛藤を察したのか、男はぎこちない笑みを浮かべた。
「ですが……」
「何とかしますよ。幸い妻子もいなくて身軽な身ですし。
それにそこそこ人生経験積んでますからね。こういう時の踏ん張りは効くんです。
だからその代わりに今のが色々と落ち着いて、整理が終わったら……本当にいつのことになるか分かりませんが、その時はまた会いましょう。
僕は今よりもっと胸を張れる自分になって、皆さんに恩返しがしたい。
いいでしょうか?」
男は真っすぐと英人の目を見つめる。
まだ社会人でない英人にとって、彼が今後受ける苦難は想像に尽くし難いものがある。
だがそれでも、この人は「大丈夫」だと言っている。その勇気を振り絞って。
ならば答えは一つだった。
「ええ、絶対に」
「はい!」
その提案に深く頷く二人。
「……ありがとうございます」
中年男性は満足そうな笑みを浮かべ、その場を去って行った。
「……楽しみですね、恩返し」
「ああ」
「――さぁ、いよいよ最後の大技ですよぅー……はい!
あっちゃあ、失敗してしまいましたぁ……残念ですぅ」
舞台では
ああいう抜けている所は、彼女のキャラ的にもむしろアピールポイントになるのだろう。
そして最後のトリは、現役アイドル『Queen's Complex』のセンターこと
「さー最後は私!
アイドルらしく歌とダンスで猛アピっちゃうよ~!?
それではミュージックスタート!」
「「「「「うおおおおおおっ!!!! くるみん!くるみん!!!!」」」」」
音楽が掛かった途端、会場内にいた彼女のファンがペンライト両手に盛り上がり始める。
照明といい突然現れたバックダンサーといい、力の入れようが段違いだ。
これも芸能界パワーというやつだろうか。
「さすがに現役アイドルのパフォーマンスは派手ですね……」
「……ああ」
ボーっとその光景を眺めながら、英人は今回の事件の事を考える。
実家で起きた集団撮影に、中年男性への盗撮教唆。
これまでの状況を鑑みる限り、この二つは無関係ではないだろう。
必ずどこかで黒幕が糸を引いているに違いない。
罪なき人を操り、手を汚させる。
『異世界』にもそういう手合いがいなかったわけではないが、やはり湧き上がる嫌悪感は拭えない。
英人は軽く拳を握る。
――誰が犯人かは知らんが、このままでは済まさん。
その瞳には、覚悟の炎が宿っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の晩、一日目の集計結果が発表された。
内容は以下の通り。
得票率 前回差
一位:
二位:
三位:
四位:
五位:
五位:
昨日に引き続き矢向来夢が単独首位で、高島玲奈が次点。
しかし各ファイナリストで票の分散が進んでおり、両者共に得票率を若干落とした。
その中でも票を伸ばしたのが一年の登戸ひよりであり、スキャンダルのない安定感と今大会唯一と言っていい後輩キャラで堅実に票を獲得。二位である高島玲奈に肉薄した。
特技であるジャグリングの披露においてドジをかましてしまったように、天然なお茶目さが男子を中心に指示を伸ばした要因と考えられる。
四位は小田原友利で得票率は14%。
彼女も特に醜聞はなく堅実に票を重ねたが、登戸ひよりほどのパンチはなく一歩リードを許した形となった。
最後は同率五位で辻堂響子、久里浜律希。
両者はスキャンダルのこともあり一時は票を著しく落としたが、その後は回復基調を見せ最下位ながらも得票率9%と食い下がった。
やはりどちらもスキャンダルからの禊という経緯があり、かえって身の潔白が証明されたという側面が大きい。
未だ上位との開きはあるが、回復基調の伸びに上手く他の要因が重なれば上位に食い込む可能性も十分ある。
結果は以上。
田町祭は三日目を迎え、いよいよクイーン早応は第一ステージの最終日を迎える。
土曜日となって来場者はますます増加すると考えられ、票争いは更なる熾烈を極めるだろう。
今年のグランプリに選ばれるのは誰なのか。
誰が伝説と最強に挑む資格があるのか。
大いなる期待と緊張を抱えながら、少女たちは明日へと備えるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、土曜日未明。
ひとつのニュースがSNSを中心としてネットメディアを騒がせた。
『クイーン早応ファイナリスト、小田原友利の父親は元暴力団の人殺し』――様々な証拠写真と共に挙げられた呟きは、瞬く間に炎上。
掲示板、まとめサイトを中心に凄まじい勢いで拡散される。
田町祭三日目となる朝は、衝撃的なスキャンダルから幕を上げた。
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