京都英雄百鬼夜行⑳『ファーストアタック』
それは誰もが目を背けるような惨状であったが、同時に不気味な程の静けさを保っていた。
永木は剣を地面に突き刺し、空いた右手で和服の胸をはだけさせる。
「く……!」
そして一気に指を突き刺し、肉ごと強引に胸を開いた。
めきめきと嫌な音を響かせ、さらなる血しぶきが地面を濡らしていく。
すると胸の中からは突然二本の腕が飛び出し、
「ん、失礼するよ」
一人の少年の顔と胴体が姿を現した。
「――っ!」
「あ、痛かった?
ゴメンゴメン、すぐ出るから……っと」
そう言って少年はさらに永木の胸を開き、みりみりと胴と脚をひり出す。
そして膝まで出た所で一気にジャンプし、地面へと着地した。
「ふー、出れた出れた。
いやこれ身を隠すのには便利なんだけど、毎回出る時がしんどいね。
入る時はそうでもないんだけどさ」
「はぁ、ハァ……
「おお永木君、辛そうだね。
大丈夫?」
「いえ……」
永木は息を整えつつ、有馬に頭を下げる。
胸には巨大な穴が空いてはいるが、既に再生が始まっていた。
「ま、その様子じゃあ死ぬことはないでしょ。末席とは言え『使徒』なんだし。
それで、そいつが解呪の方法を知っているって首?」
「はい。
茅木家の当主のみが、代々伝え聞いていると」
永木が
「ふーん、へーぇ。
まー歴史ある家のご当主様と言っても、最期の表情はこんなものか。
よし、じゃあここでちょっとクイズ。
ねぇ永木君、この顔って怒ってると思う? それとも驚いてると思う?」
有馬は子供のように目を輝かせ、永木に尋ねた。
対する永木は一層その瞳の闇を濁らせ、
「……絶望、ですね」
「その心は?」
「今宵、我々はこの京都に住まうもの全てを絶望の淵に叩き落とす。
全てです。例え死者とて、例外は許さない……!」
「ハハハッ、いいねそれ。大好きだよそういうの。
んじゃテンションも上がってきたところで、早速始めようか」
有馬はひょいと茅木の首を取り上げ、さらに頭頂部を上から鷲掴みにする。
「さて、名家のご当主の脳みそはどうなっているのかな?」
そしてそのまま瓶の蓋を開けるように、頭蓋を強引に捻った。
べき、という骨のねじ切れる音と共に、茅木の額が横一文字に割れる。
さらに頭の上半分を一周させて取り上げると、現れたのは未だに微量の血が巡る脳髄。
それを見た有馬は何の躊躇もなくその一部を手でむしり、口に運ぶ。
そして口内を血と髄液で満たしながらぐちゃぐちゃと咀嚼し始めた。
「ふんふん……まあ、まずまずかな。
それで……うん成程」
「見えましたか?」
「うんバッチシ。解呪の方法は完全にマスターしたよ。
しかしこの『呪術』とかいう技術体系、レベルひっくいなぁ。
封印関係以外お話にもならないよ、まったく。記憶の無駄だね」
そう言って用済みとなった茅木の首を放り投げ、有馬は『大封印』へと向かう。
「んーと、こうか」
そしてその樹皮にそっと手を置き、詠唱を始めた。
その呪文はまるで仏教の経典のようであり、抑揚の小さい一定の音階で周囲に響いていく。
そして詠唱開始から数分、
「――『解呪』」
その言葉と共に、『大封印』は解かれた。
瞬間、あれほど生命力に満ちていた神木は一瞬の内に葉を落とし、樹脂は乾いたようにひび割れる。
その様子は、まるで樹齢数千年という年齢のありのままの姿をその神木が思い出したかのようであった。
また同時に、地面からは強い地響きが鳴り始める。
永木とその一党がそれに動揺した瞬間、
「お、来た来た」
凄まじい轟音と共に、黒い閃光が地中から噴き出した。
「こ、これが……!」
「ああそうだ。
僕が、そして何より君が待ち望んだ絶望だよ」
その『大封印』を消し飛ばすほどの勢いを見て、有馬はニヤリと笑う。
それは怨念、殺意、驕慢、狂気――およそ「悪意」呼ぶようなもの全てを含んだような、邪気の奔流だった。
千年もの永きにわたり『大封印』の下に蓄積し、純度を増していったのだろう。
邪気は雲を突き抜け、夜よりも黒く空を塗り替えていく。
時間にしておよそ数十秒。
地中に溜め込まれていたであろう邪気もひとまず出尽くしかけた時、
「――やぁはじめまして、かな? 『
人のカタチをした「何か」が四つ、『大封印』のあった場所に立っていた。
「地上……か。
幾年ぶりだろうか」
「おおよそ一千年、といったところかの。
しかしこの辺りは、思うておうた程変わっておらぬな」
「しかしああ……はっきりと分かるわ。
人の世の何と醜く弱き様を。千年前と何一つ変わっとらんわぁ」
「久方振りの地上、心が躍る……しかし困った。
出たは良いがやるべきことが多すぎる。
食わねば殺らねば嬲らねば暴れねば……実に困った」
それは外見の特徴だけで言えば、三男一女の集団だった。
軍服に似た服を纏う長身の偉丈夫に、
そして純白の死装束に身を包んだ女に、獣と人のちょうど中間のような出で立ちをした大男。
そのいずれもが、およそ人とはかけ離れた眼光を放っていた。
「して、貴様らがこれをやったのか」
「ま、そういうことになるのかな?
『
酒呑童子と呼ばれた軍服姿の偉丈夫は、有馬を訝し気な瞳で睨む。
だが大男が割って入るように前に出、
「食わねば食わねば食わねば食わねば」
有馬の頭の倍ほどはあろうかという高さにまで、あんぐりと口を開いた。
「待て」
しかし酒呑童子は言葉でそれを制す。
すると大男は困惑したように振り返った。
「困った、食おうとしたが止められた。
やるべきことを手際よくやろうとしただけなのに、何故」
「いいからよく見ろ。
この少年はおそらく……」
「それでそっちは『
うんうん、中々おあつらえ向きな名前じゃないか。君結構ラッキーだよ?」
そう言って笑う有馬の顔を、鵺と呼ばれた大男は顔をずいっと近づけてまじまじと見る。
そして数秒後、鵺は大きく目を見開き、
「……そうか、理解した。嗚呼そうだったのか。
だが困ったことに、さらに困ってしまった。
何故この姿なのか何故此処にいるのか、嗚呼理解が追い付かない。思考が混ざる」
頭を抱えて逡巡した。
その間彼の体はまるで中に何種類もの生物が潜んでいるかのように、代わる代わる変化を遂げていく。
「ハハハ、すごいね。
牙が生えたり毛が伸びたり色が変わったり、体中の細胞が目まぐるしいスピードで変化してる。
確かに君、『鵺』だよ」
「ほう……この男が食うのを止めるとは、珍しいわぁ。
となるとお前さんが、そうなのかえ?」
「まあそんな感じかな、『
有馬が肩を竦めると、氷姫と呼ばれた死装束の女はクスクスと笑い始めた。
「ああ可笑しい。
あんさんのようなお方がそのような姿だなんて……全くええ趣味しとるわぁ」
「これはこれで結構気に入ってるけどね。
それで後は……っと、あっちはあっちで取り込み中か」
有馬が視線を移すと、そこには狩衣を着た男に跪く永木とその一党の姿があった。
「……お会いできて、光栄に御座います」
「この感覚……成程、
「はい。
私めの名は永木 陽明。永木家の末裔であり、そして現当主です。
永木の血を引くものとして、この日を待ち望んでおりました……!」
涙ながらに頭を下げ続ける永木を、狩衣の男はニヤリと笑って見つめる。
「そうか。
我が憎悪は千年の時を経てようやく花開くか」
「ええ。存分にお恨みを晴らして下さいませ……!」
「無論そのつもりよ。
して、あの男が協力者というわけか……おい、名は何と申す?」
「有馬、ユウだよ。
そう言う君は『
瞬間、『驩兜』と呼ばれた男から夥しい量の殺気が漏れた。
「解放してもらったことには感謝するが、二度とその名で呼ぶな。
虫唾が走るでな」
「それは失敬。
じゃあ何て呼べばいい?」
「
しかし兄は……成程外界の者であったか」
「まぁね。ビックリした?」
飄々とした顔の有馬に木蓮はフンと鼻を鳴らし、
「外界の者など、とうに見飽きておるわ。
それより有馬とやら、我らはこれからどうすればいい?
恩がある以上、ある程度ならば聞いてやらんこともないぞ」
「いやあアナタ方に注文だなんて滅相もない。
もう思うがまま、好きなように暴れてくれればそれで結構。
この京都、ひいては日本全体を滅茶苦茶にしちゃってよ」
有馬の言葉に、『四厄』全員の瞳が妖しく光った。
その様子を端から見ていた永木には分かった。
この四人全員は、心から血と破壊に飢えているのだと。
「ならば結構。
それでは手始めに……」
驩兜は太刀を取り出し、視線を林の方へ移す。
「そこな童女から、始末するとしよう」
「――っ!」
そこには、木の陰から有馬たちを伺う御守 湊羅の姿があった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――あまりにも、格が違う。
それがその四体の『怪異』を見た時に浮かんだ。
(なんで、永木の人が……!?)
湊羅は木の陰から、かつて『大封印』があった場所の周囲を伺う。
そこには既に鹿屋野の聖地たる神木は跡形もなく、代わりにあるのは地獄まで続いていそうな大穴と、それに死体のみ。
状況は絶望的。ならば自分が御守家百代目当主として、京都を護るために戦わねばならない。
しかし、
(体が、前に進まない……!)
想像を遥かに超える相手の戦力に、湊羅の体は委縮してしまっていた。
あれは『影狼』のような今もこの都に蔓延っている『怪異』では断じて、ない。
存在としての純度、大きさ、強度があまりにも違い過ぎる。
(あれが、『四厄』……!)
湊羅は胸に手を当て、乱れる呼吸を整える。
永木 陽明の裏切りにより、『大封印』を守護するという予定は大幅に狂ってしまった。
しかし『護国四姓』本来の使命は何一つ変わっていない。
(私が、やらなくちゃ……!)
きゅ、と歯を小さく食いしばり、拳に力を込める。
そしていざ『四厄』たちに立ち向かおうとした瞬間、
「そこな童女から、始末するとしよう」
まるで深淵の闇の如き双眸が、湊羅の姿を捉えていた。
「――っ!
くぅっ!」
その迫力に気圧されながらも、湊羅は意を決して『四厄』たちの前に出る。
機先を制された形にはなったが、怯んでなどいられない。
「『
湊羅は今出せるありったけの力を用い、地面から大量の水を噴出させた。
彼女の周囲に空いた大穴は、合計六つ。
「
そこから間欠泉のように水柱が立ち上り、湊羅の周囲を覆う。
これは御守家に伝わる奥義。
しかし木蓮はそれを冷めた目で見つめた。
「成程、
「あらあら。
このまま服を水浸しにされたら、かないませんなぁ」
「やるのか? 『氷姫』」
「そやなぁ……」
そうクスクスと笑いながら氷姫は湊羅を見つめる。
だが湊羅自身ははその瞳に絶対零度の殺意を予感した。
「――っ! させるか!」
湊羅は直感に任せるまま、六本の水柱を『四厄』に向かって突撃させる。
それは瞬間的な水量、圧においては河川の洪水にも匹敵する威力。
並みの『異能者』や『怪異』では、防ぐどころか避けることすら不可能な一撃の筈だった。
「水とは凍るものですえ、お嬢さん?」
しかし六つの水柱は『四厄』たちへと届くことなく、全てが一瞬にして氷漬けとなってしまっていた。
「……嘘」
絶望的とも言える光景に、湊羅は思わず手を下げる。
「……ふむ。
水守の現当主でこれなら、残りも問題はなさそうよの。
ならば、そろそろ征くとしよう。『氷姫』よ」
「はいはい。
せっかちなお人やなぁ……ほぅら」
クスクスと笑いながら氷姫が手を振り上げると、氷漬けとなっていた水柱が粉々に砕け散った。
もはや湊羅自身を守るものは、何もない。
さらに『大封印』跡の大穴からは、次々と大小様々な『怪異』たちが溢れ出てくる。
その様子に有馬は吹き出すように笑った。
「ハハ、まさに百鬼夜行だ」
「うむ。
これなら京都の街を殲滅するのに数刻もかかるまい」
「嗚呼困った。
人間共が消え失せるまでに、食わねば暴れねば」
そして酒呑童子と鵺もまた、京都市内に向けて発とうとする。
それをなんとか食い止めようと、湊羅は必死に手を伸ばす。
「あ、く……!」
しかし恐怖のせいか、相手の力のせいか、水は一向に湧き上がる気配がない。
そんな湊羅の足掻く様子に氷姫は溜息ひとつ、
「ほな、まずはお嬢さんから始末しましょ」
再び手を振り上げ、湊羅の体もろとも氷漬けにしようとした時。
「『
まるで閃光のような、一筋の水の槍が氷姫の胸を貫いた。
「か、は……!
な、何や……!?」
一瞬、何が起きたのか分からないという面持ちで氷姫は自身の胸元を見る。
するとそこには直径数センチほどの孔が、綺麗すぎる程に開いていた。
まさしくそれは、晴天の霹靂とも言うべき一撃。
「来たか……!」
有馬はニヤリと笑いつつ、西の上空へと眼を凝らす。
そこは京都市内中央部、上空およそ200メートル。
「ハハハッ! いいね、やろうよ!」
『
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