京都英雄百鬼夜行⑲『予定は未定であり決定ではない』

 翌朝、御守みもり家屋敷。


「えーと準備はこれとこれと……あとこれ?

 んー初めてだから勝手が良く分からん。佐都子さとこ、こんな感じで大丈夫?」


 本日より参加する『大封印』の護衛に備え、湊羅そらはいそいそと準備を進めていた。

 障子と襖で仕切られた部屋にはには、任務用の着物なり式神なりが雑多に広げられている。


「とりあえずは宜しいかと」


「そっか。しかし『大封印』の守護かぁ……。

 一応『龍神泉りゅうじんせん』の効果範囲ではあるから私も力は発揮できはするけど」


「ですが境界線に近い領域ですので、お気をつけなさいませ。

 念の為こちらの龍水筒もお持ちになって下さい。中身は既に入っております」


「ん、ありがと」


 そういって湊羅は、梵字の記された竹製の水筒を受け取った。


『龍神泉』――それは御守家が初代より代々と受け継いできた『異能』の名であり、同時に聖地の名前でもある。

 その能力は屋敷裏にある湧き水、龍神泉りゅうじんのいずみの水を自由自在に操るというもの。

 そしてその水は地下水として京都中の地下水脈を縦横無尽に巡っており、市内であればいつでも『異能』として行使が可能だ。

 つまり御守の歴代当主にとっては、京都市全体が『異能』の効果範囲ということになる。

 さらにもし万が一市内を出てしまう場合であっても、龍水筒にその水を入れて持ち歩けばある程度の時間なら『異能』を使うことが出来る。


「『龍神泉』には、初代様を始め歴代のご当主の意思と力が眠っております。

 現当主として、どうか恥じぬ戦いをされますよう」


「分かってるって。

 これでも当主として一通りの修練は終えてるんだから」


 湊羅は和服の帯を締めて立ち上がり、龍神泉りゅうじんのいずみの方角へと向き手を合わせる。


 佐都子の言う通り龍神泉りゅうじんのいずみの周辺には、歴代の当主たちが埋葬されている。

 何故なら『異能者』である彼等の亡骸は、泉に溶け込んで『異能』をさらに増強させる効果を持つからだ。

 こうして御守は代を経るごとにその能力を強化し、『護国四姓』における地位を確立してきた。

 現当主である湊羅もまた、次代の為いずれはそこで眠ることになっている。


「それじゃ、そろそろ行くよ。佐都子」


「はい、お気をつけて。

 しかし失礼を承知で申し上げますが、ようやく湊羅様にも御守家当主の自覚が芽生えてきたようでございますね。

 まさか京都の危機に際し、自ら『大封印』の護衛につきたいとは。結構なことにございます」


 佐都子は嬉しそうに目を細める。

 湊羅が生まれた時から側仕えしてきた身にとって、その成長を目の当たりにすることは大きな喜びでもあった。


「自覚……か」


 しかしそんな佐都子の表情とは裏腹に、湊羅は複雑な表情を見せる。


「湊羅様にとっては、そうではないと?」


「いや違くないわけじゃないと思うんだけど、何というか……」


 湊羅は腕を組み、うーんと考え込む。

 今の彼女を突き動かすのは、御守家当主としての責務が全てではない。

 脳裏に浮かぶ、ある光景の為だった。


 それは、昨夜見たとある少女の恋する姿――


「……ねぇ、佐都子」


「はい」


「もし私の戦う理由がさ、誰かの恋路の為だとしたら、どう思う?

 御守家とか『護国四姓』とかじゃなくてさ」


 その言葉に、佐都子の目は小さく見開く。

 しかしすぐに優しい微笑みに変わり、


「京都は、恋の都にございます」


「だね」


 そして湊羅はニコリと笑った。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 サークル旅行三日目、昼。


「いやー二泊三日のサークル旅行も、もう終わりかぁ。

 やはり楽しい時は、過ぎ行くのも早いね」


 新幹線の改札の前で、かおるは大きく伸びをしていた。


 因みに三日目の予定は午前中のショッピングのみ。

 あとは今からおよそ十五分後に出発する東京行の新幹線に乗れば、晴れてサークル旅行は終了だ。


「ハジメテの京都、楽しかったです」


「お土産、沢山買っちゃったね」


 美鈴みずずとカトリーヌは笑顔で顔を見合わせる。

 その足元には沢山の土産物やら雑貨の袋が置いてあり、その満喫具合が見て取れた。


「まあ私としても概ね満足だが……しかし八坂君、なんで昨日はサシ飲みをすっぽかしたんだい?

 サークル代表として、そこは見過ごすわけにはいかないのだが?」


「いやすみません、代表。

 どうも高校時代の友達が今京都で働いてるらしくて、急に飲みに誘われちゃったんですよ」


 英人は首を掻きながら弁明をする。

 もちろんその内容は真っ赤な嘘ではあるが、まさかここで本当のことを言うわけにはいかない。


「ふぅん……まあいい。

 それより昨日すっぽかした分、帰ったらたっぷり付き合ってもらうから覚悟し給えよ?」


「はいはい……と、あれ?」


 英人はふと、何かに気付いたようにポケットをまさぐり始める。

 しかし何もないことが分かると、今度は急に焦った表情を見せながら鞄の中を漁った。


「ん、どうかしたのかい?」


「いや、新幹線の切符が見当たらなくて……あ」


「英人さん?」


「あっちゃぁ……多分ホテルに忘れたわ」


 美鈴の言葉に、英人はしまったという顔で返答した。


「ちょ、もう新幹線が来てしまうよ!?」


「つっても切符がなきゃどうしようもないし……すみません俺、一度ホテルに戻ります。

 代表たちは予定通り、次の新幹線で先に帰ってて下さい。俺はその後の自由席に乗りますんで!」


「え、ちょっと八坂君――」


 そのままその場を去ろうとする英人を、薫は引き留めようとする。

 しかし、


「分かりました!

 では私たちはそのまま帰りますので!」


「ココでさようならですね!

 さ、代表も早くしないと乗り遅れてしまいますよ!」


「え、ええっ!?」


 美鈴とカトリーヌが両側からその腕を掴み、改札の方へと引っ張る。


「ああ、じゃあまたサークルで!

 ……二人とも、頼んだ」


「はい!」


「ハイ!」


「えぇーっ!?」


 そして唖然とした表情を見せる薫を尻目に、英人は京都駅を後にしたのであった。




 ――――――




『京都でテロが起きる、ですか……?』


『ああ、実際に犯行予告もあった。

 遅くとも三日後の今頃には何かが起きているだろう』


『デモ、私たちが明日の昼には帰りますよね……?』


『ああ、そのことだが……俺はここに残ってそのテロリストと戦うつもりだ』


『――ッ!?

 で、でも英人さん!』


『キケン過ぎます!

 せめて私たちだけでも――』


『いや、今回は現地の協力も得られることになってるし大丈夫だ。

 それより、二人は代表を無事に東京まで送り帰してくれ』


『……』


『どうした、カトリーヌ?』


『マダ英人さんには言っていませんでしたが、ここに来てからずっと胸騒ぎがしているんです。

 それも今までにないような感覚で……やはり、一人だけでは』


『大丈夫、無理はしないさ。

 それよりも二人は代表を連れて無事に帰る事だけを優先して欲しい。

 俺にとっては、君達に危害が及んでしまうことの方が、耐えられない』


『英人さん……』


『以前とは違って今回は単独での戦いじゃないからな。

 ちゃんと引き際はわきまえるさ。

 だから、頼む』


『……分かりました』


『ハ、秦野さん……』


『でも、約束して下さい。

 英人さんも、ちゃんと無事に早応大学に帰ってくるって』


『ああ、約束する』


『あと頼みを聞いてあげているわけですから、帰ってきたら私ともクラブでサシ飲みですからね?』


『え』


『フフッ、じゃあ私もおねだりしちゃいます。

 八坂さん、帰ったらまた銭湯にいきましょう』


『ええ』


『『約束ですよ?』』


『……あーもう、分かった分かった!

 サシ飲みでも銭湯でもなんでもやってやる!』




 ――――――


 ――――


 ――




 颯爽と京都駅を出た英人は、ふぅと一息をつく。


「さて、一応は昨夜打ち合わせた通り、俺だけ京都に残れたな。

 後は……お、いたいた」


 英人が周囲を見渡すと、地下街へと続く階段の傍らに警察庁『異能課』の警視、義堂誠一ぎどうせいいちが立っていた。


「お、来たか八坂。

 その様子だとちゃんと別れは済ませたみたいだな」


 義堂は腕を組みつつ、安心したように頷く。

 実は昨夜中に義堂宛に連絡を取っており、協力を要請していたのだ。

 もちろんこの話は西金神社にも通っている。


「ああ、これで心配事の種が一つ消えた。

 他にも早くここから避難して欲しい人間はいるが……とりあえずはこれでいい。

 それより義堂」


「ああ。

 早速、有馬の捜索に入ろう。車も既に手配してある」


「分かった」


 そして二人は共に、有馬ユウの捜索へと入ったのだった。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 午後九時。


『サン・ミラグロ』による『大封印』襲撃まで残り二日程となったが、有馬の予告通り大きな動きはなかった。

 有馬についても英人や義堂をはじめ西金にしのかね神社や鹿屋野家の大部分が捜索にあたったが、目立った成果は無し。

 状況は膠着の様相を呈そうとしていた。



 そして、『大封印』では。



「……しかし、本当に立派な神木ですね。

 『大封印』は」


「当然だろう、永木ながき殿。

 ここは鹿屋野の聖地なのだから」


 古くよりこの地を守護してきた茅木かやき家に加え、永木ながき陽明ようめいの一党と御守家当主 御守湊羅の手による厳戒態勢が布かれていた。

 普段の夜間警備は二人体制とつつましやかなものであったが、現在は周囲に大量の篝火が炊かれ、茅木家総出にて周囲を警護している。


 古くからこの地を護る伝統一家。

 対『怪異』の最前線にて活躍している『呪術師』の一党。

 そしては百代続く御守家の現当主。


 これらの前では、いくら『サン・ミラグロ』であっても隙をつくことは困難であると言えた。


「……そう言えば茅木様、御守様はどちらに?」


「ああ御守のご当主なら、ついさっき休憩に入った。

 今頃は少し遅めの夕食といったところか」


 茅木家の屋敷を指さしつつ茅木家の現当主、茅木かやき吉政よしまさはそう言った。

 彼もまた優秀な呪術師であり、もし本家にいたならば永木と同様に『呪術師』の高位、『青衣あおえ』を賜っていただろうと目されるほどの人物である。


「そうですか……しかしそれにしても、この神木は大きいですね。

 内包している『呪力』も圧倒的で、最早我々の警備など必要ないと思えるくらいです」


「この『大封印』の樹齢は、京都の中でも最古に近い。

 つまりは数千年もの間、地中の『呪力』を溜め込んできたということだからな。そこらの樹木とは格が違うさ」


「なるほど……」


 永木は茅木からの説明を聞きつつ、『大封印』の巨大な幹を見上げる。

 普通、樹齢数千年の樹木ともあれば樹皮の表面には深いシワだったり樹皮の剥離が見られるはずだが、この神木にはそれが全くない。

 瑞々しいまでの若さと生命力がこの樹木には満ちているようだった。


 永木は感心したように声を上げる。


「奴等が封印を解放するには、たとえ我等をどうにかしたとても次はこの大木を倒さなければならない……。

 いくら国際的なテロリストとは言え、これは骨が折れそうですね」


「まあ物理的に倒すのは、不可能に近いだろうな。

 それこそミサイルのような兵器がいる」


「となると……可能性があるとすれば『呪術』による封印の解除、あたりですか?」


 永木は顎を撫でながら、茅木に尋ねる。


「ああ。だがそれも実質不可能だ。 

 解呪の法は茅木の、それも当主だけに伝わる秘術中の秘術だからな。

 余所の連中が数年練ったところで編み出せるような代物じゃない」


「成程、そうですか……っと失敬、世間話が過ぎましたね。

 茅木殿、そろそろ交代のお時間です」


 思い出したように茅木が合図を出すと、屋敷の方からは永木の一党を中心とした交代人員が列をなしてやって来た。

 今夜は茅木一族の体力温存の意味も込め、主に永木の一党が警備を務める手筈となっている。


「おお、もうそんな時間か。

 それでは永木殿、後は頼んだ」


「分かりました……ああそうだ茅木さん。

 一点ご報告が」


「ん、何だ?」


 永木に呼び止められ、茅木は振り向く。

 すると永木は眼鏡を直し、


「二日後の『サン・ミラグロ』による襲撃にですが――たった今からに変更となりました」


「な」


 瞬間、鋭い痛みが茅木の腹部を貫いた。

 何事かと視線を下げると、一本の剣が綺麗に突き刺さっている。

 そしてその持ち主は他ならぬ永木であった。


「き、きさ……」


「やれ」


 その冷たい言葉とともに、永木の一党は次々と茅木一族を切り伏せていく。

 辺りは、一気に鮮血へと染まった。


「ぐ、く……」


 血の泡を吹きながら、茅木は必死に自身の木札に手を伸ばす。

 しかし永木は体から剣を抜いてその腕ごと斬り落とし、


「失敬」


 さらに間髪を入れず、その首までもを斬った。

 頭を失った茅木は血を吹き出しながら力なく倒れ、首は嫌な水温を立てながら地面を転がっていく。


「茅木の当主も、存外隙が多い」


 永木はそれを気怠そうな足取りで追いかけ、髪を掴んで持ち上げる。


「さあ、百鬼夜行を始めるとしようか」


 その返り血を浴びた表情は、人ならざる者のそれであった。


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