京都英雄百鬼夜行⑫『お前は包囲されている!』

「うわ、マジか」


 さらなる知り合いの登場に、英人は思わず眉を吊り上げる。

 昨日の早応女子や楓乃に引き続き、今日は大学の同級生である瑛里華。

 この不自然なまでの連続、呪われていると思う他ない。


「マジかって、何よそれ。

 私が京都にいちゃダメなわけ?


「いやそんなことはないが……」


「んん……?

 ちょっと先輩、まさかこの娘と知り合い?」


 二人の様子を見た楓乃は再びサングラスを掛け直し、その間に割って入る。


「同級生だ。

 まあ語学のクラスは違うけど、学部は同じだからちょくちょく講義で会うんだよ」


「ふぅん……」


 楓乃は顔を上げ、今度は瑛里華の顔を覗き込んだ。


 片や日本が誇るトップ女優に、片や昨年のミス早応。

 異性どころか同性が見ても眼福以外でしかない光景であるが、当事者にとっては全く以て別。何とも言えぬ緊張感が、三人の周囲を覆う。


「あ、えと……」


「……かなり、可愛い。

 それに、黒髪もすごく綺麗……」


 だが楓乃の第一声は、意外にも純粋な賞賛の言葉だった。

 思わず、瑛里華はポカンと口を開ける。


「え?」


「そりゃそうだろう。

 そいつ一応、ミス早応だし」


「一応って何よ」


 瑛里華は振り返り、脊髄反射の如く反論する。

 その様子を見、楓乃は小さく眉を吊り上げた。


「ふーん、なるほどねぇ……」


「どうした?」


「いや何でも。

 それより、結構仲いいんですね」


「桜木お前、今のやり取りでそう見えたのか?

 大学じゃ俺ら、険悪だって評判なんだが」


 英人はそう言いつつ、チラリを瑛里華に視線を移す。

 すると、


「…………」


 ゴゴゴ、という効果音が聞こえてきそうな形相で瑛里華が英人を睨んでいた。

 なんだか先程よりもかなり機嫌が悪くなっているような気がするが、ただの気のせいだと英人は自身に言い聞かせる。


「……な?」


「私が言うのもなんだけど先輩、本当にデリカシーないですよね。

 そこも高校時代から全く変化なしって……怒りを通り越してもう呆れの感情ですよ、呆れ。

 先輩、この間二十九になったばかりでしょ?」


「滅茶苦茶ディスってくるな……まさか京都まで来て、後輩に説教されるとは思わなんだ」


「お待たせ八坂君、ってあれは……」


 英人がやれやれと溜息をついていると、ちょうど手洗いからは薫を始めとしたファン研女子一行が戻ってきた。

 そして楓乃と瑛里華の姿を目にした瞬間、


「水無月 楓乃!?

 それに東城君も! 何故!」


「エット……どうしましょう……!」


「いやどちらも英人さんとお知り合いのはず。

 だから二人共、どうか落ち着いて……!」


 美鈴は驚く二人を宥めようとするが、かく言う本人も声が震えている。


「あ……ファン研の人たちまでいたのね」


「まあ、サークル旅行だからな」


 英人はベンチに座ったままうなだれるようにして薫たちの方を見る。

 すると楓乃はおもむろに三人へと近づき、


「どうも皆さん。私は桜木 楓乃。

 『水無月 楓乃』という名前で女優をやらせてもらってるわ。どうか宜しくね?」


「え? あ、ああ……こちらこそ」


 薫はややたじろぎながらも挨拶を返し、美鈴とカトリーヌは無言で頭を下げる。

 普段あまり物怖じしない薫であっても、その相手が全国的な有名人、それもプロの女優の前だと少し分が悪いらしい。


「確か、昨日も八坂先輩と一緒にいた子たちよね? 同じサークルだとかで」


「ああ。『ファンタジー研究会』というサークルで、私が代表を務めさせてもらってる。

 今は彼の誕生日プレゼント兼サークル旅行で京都まで来てる次第だ」


「成程ね……。

 ああもしかしたら先輩から既に聞いてるかもしれないけど、私この人とは同じ高校の先輩後輩だったの。

 それからはいろいろ紆余曲折あったけど、まあ10年以上ずるずる続いている腐れ縁みたいな関係ね」


 いやその10年年以上の内ほとんどの期間は会ってないだろ、と英人は楓乃の顔を見上げるが、口には出さなかい。

 おそらくそんなことを口に出したら最後、もうこの場は収拾不可能になるだろう。


「う、嘘……!?

 アンタ、楓乃さんと知り合いだったの!?」


「ああ一応な。

 てかお前の方は一人旅行か?」


「ちょっとした趣味みたいなものよ。

 それより……」


 瑛里華は再び楓乃の顔を、今度は神妙な表情で見つめる。

 実は彼女、自身と同等以上の美貌を持つ女優水無月 楓乃の隠れファンだった。

 京都まで来たのも、『比留間ひるま 寝子ねるこは夢の仲』の新作映画公開に先駆けて聖地巡礼をしに来たにすぎない。

 そして奇跡的に当の本人とばったり出会い、直筆サインをもらってぬか喜びをしたのも束の間、この事態だ。


「何というか、複雑……」


 憧れの有名人が知り合いの知り合いであった――確かにこの事実は、いちファンとして嬉しくはある。

 だが同時に、身近に感じすぎてしまって少し辟易してしまう部分があるのも事実。

 しかもその知り合いというのが、


(もう……!)


 瑛里華はまるで行き場のない感情をぶつけるように、英人の横顔にやや険しい視線を突き刺した。

 一方で楓乃は何やら独りでに納得したように頷き、


「……ま、大体は分かったしもういいかな。

 それじゃあ先輩、私はもう行きますから」


「ん? 用事か?」


「ええこの後すぐに別の収録が。

 午前中は束の間のオフだったってワケ…………本当は、一緒に回れたらと思ったんだけど」


 楓乃がぼそりと吐き捨てるように漏らした呟きに、英人が反応する。


「ん、誰とだよ?」


「内緒です。

 というか、こういう時だけ地獄耳にならない! それじゃ!」


 そして楓乃はヒラヒラと手を振り、その場から歩き出す。

 しかし数歩歩いた所でふと立ち止まり、


「あ、今度私からのメッセージ無視したら全国ネットで先輩のこと晒し上げますから!

 覚悟していおて下さいね!」


 そう捨て台詞を残していった。


「イッテ、しまいましたね……」


「ああ……」


「やっぱり間近で見ると、綺麗な人でしたね。水無月さん」


 そう余韻に浸りながら、その可憐な背中を見つめる三人。

 しかし一方の瑛里華は大きなため息をついた。


「……なんか、疲れた」


「奇遇だな、俺もだ」


 英人は頷きつつ、小さく呟く。

 その顔はまるで嵐が過ぎ去った直後のような、ひどくやつれたものであった。





 ………………



 …………



 ……





「……ふう」

 

 神社を出てすぐ、楓乃は近くの塀に背中を預ける。

 今彼女の心臓は、飛び出そうな位バクバクと鳴っていた。


「うん、まあ第一印象としてはこんなものでしょ……有名人という身分は活かさないとね。年齢では負けてるわけだし」


 正直、怖くて怖くてたまらなかった。

 もしかしたら、あの中に彼とそういう仲の人がいるのかもしれない。

 たとえそうでなくても、いずれはそうなってしまうのだとしたら……そう思うと、気が気でなかった。

 彼女らに対する、あの人の全ての視線と言葉が気になってしまった。


「もう……こんなの私らしくない」


 楓乃はくしゃりと横髪をかき分ける。

 あの事件以来、ずっとだ。ずっと自身の心は揺らぎっぱなし。

 クールさが売りの女優『水無月 楓乃』は何処へ行ってしまったのだろう。

 

 そうだ高校の時から、ずっと自分の人生はこの人に振り回されてばかりだ。

 女優になったのも、『異能者』になったのも。

 もうこうなったら、彼には何らかの責任をとってもらう他ないだろう。


「本当、嫌な先輩。

 いや……後輩も、か」


 楓乃は空を仰ぎ、小さく肩をすくめる。

 この時女優、水無月 楓乃は、ただ一人の乙女となっていた。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 サークル旅行二日目、夜。


「さぁて今日もサシ飲みサシ飲み~♪」


 即興の歌を口ずさみながら、薫は宿の廊下を跳ねるような足取りで歩いていた。

 本日の観光も終わり、美鈴とカトリーヌも今は部屋の中で思い思いの時間を過ごしている状況。

 因みに瑛里華とはあの後行動を共にしたが、さすがに宿は別であったので一旦解散することになった。


「祇園でたっぷり飲み歩くぞ~っと、ここだな。

 おーい、八坂くーん」


 薫は英人の部屋の前に立ち、軽くノックする。

 しかし、いくら待っても反応が返ってこない。


「……まさか、居留守? 

 おいおいそんなふざけた行動は、このファン研代表である私が許さんぞ!」


 薫は表情をむっとさせながら、今度はもう少し強く扉を叩く。

 だがそれでも反応は返ってこない。

 代わりにその衝撃で扉の上に挟まっていた紙がヒラヒラと足元に落ちてきた。


「ん……書置き?」


 薫はおもむろにそれを拾い、開く。

 するとそこには『すみません、野暮用で外に出ます。サシ飲みはまた明日』と、簡潔に記してあった。






 ――――






「ふう……」


 電柱の上に立ち、英人は首をコキリと鳴らす。

 宿をこっそり抜け出してから、かれこれ一時間。英人は夜の京都を駆けまわっていた。


「そろそろ、代表が置手紙に気付いた頃かね……」


 そう呟きつつ、英人は電柱から大きくジャンプする。

 わざわざ薫とのサシ飲みを断ってまでこんな事をしているのは、ひとえに有馬 ユウを探すためだ。

 なので先程から常時『千里の魔眼』を展開しながら動き回っている訳だが、これが中々見つからない。


(まあ目当ての人物に関係する品物でも持ってなきゃ、建物の中や地下までは追えないしな)


 とはいえ、ずっと屋内に潜伏しっぱなしというのも考えずらい。

 とりあえず明け方辺りまでは張ってみるか、と英人が思った矢先。


「っ……! またこの感覚か……!」


 身に覚えのある違和感が、一筋の風と共に通り抜けた。

 これは昨夜鹿屋野家の人間が使っていた、人払いの結界。


「まさか、また『影狼かげろう』が出たのか……?」


 英人は『千里の魔眼』で周囲を中止するが、『影狼かげろう』らしき姿は一向に現れる気配はない。

 不思議に思っていると、代わりに黒子の集団が結界の内部から突如として現れた。


 黒子は登場するなり迅速に英人を包囲し、限界態勢を敷く。

 そして、


「見つけたぞ、テロリストめ!」


「昨夜に続いて京の町を飛び回るとは……やはり貴様が『サン・ミラグロ』の幹部か!」


「大人しく投降しろ!」


 と口々にそう声を荒げた。


「は、はぁ……!?

 何言ってんだ?」


 テロリストという全く身に覚えのない言葉に、英人は思わず困惑の声を上げる。

 しかし、対する黒子たちにそれを聞き入れる様子はない。

 全員が刀や弓、木札といった道具を携え、


「覚悟ぉ!」


 その掛け声と共に一斉に英人へと襲い掛かった。

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