京都英雄百鬼夜行⑪『会議は踊る』

 平安期の意匠を残す、鹿屋野大社の大広間。

 だがその荘厳な雰囲気をぶち壊すかのように、金髪の男は盛大に笑っていた。


「ハハハハハ! 懐かしい!

 今でもお前と組んで仕事してた時のことはよく思い出す!

 いやぁあの頃、特にソヴィエト崩壊あたりの混乱期などは……うん、非常に心が躍ったよ」


「……儂の方は戦々恐々だったがな。

 それより、さっさと席についたらどうだ?」


「なんだ、つれないな。

 こうしてはるばる京都まで旧交を温めに来てやったというのに」


「いまさら温める程の縁もないだろう」


 白秋は鬱陶しそうにリチャードを一瞥する。

 その様子を見、リチャードは両手を上げてわざとらしく首を傾げた。


「私はあると思っているが……全く、頑固になったものだ」


「Mr.ワシントン。

 時間ですのでそろそろ席の方へ」


 リチャードの後ろから声を掛けたのは、青い和服に身を包んだ、30手前くらいの眼鏡をかけた男。

 どうやらあの男も鹿屋野家の関係者らしい。

 その男の言葉にリチャードもいい加減場を茶化すことを止め、軽く返事をして所定の席へ悠々と歩き始めた。


「……白秋さん、あの金髪の男は?」


「合衆国の『国家最高戦力エージェント・ワン』だ。

 それにあの青衣の男は鹿屋野の『呪術師』、名は永木ながきという」


「ということは……あの双子の老婆のどちらかが、鹿屋野の当主と?」


 義堂の耳打ちに、白秋は僅かに首を振る。


「違う。だがあの二人は宗家の長老格で、鹿屋野家全体の実権を握っているのは事実だ。

 代表だと思って差し支えない」


「なるほど……」


 義堂は小さく頷きつつ、北の方の席を見る。

 座っているのは双子の老婆と、永木という男だけだ。しかし、その威圧感や貫禄は他家の比ではない。

 鹿屋野大社の規模といい、この家が『護国四姓』全体をリードしているというのは明白だった。


(四姓といえど、その勢力には偏りがある、か……」


 義堂は小さく息を吐きつつ、今度は大広間の中央を見つめた。

 東西南北に『護国四姓』が座し、そして中央では合衆国の『国家最高戦力エージェント・ワン』が悠然と着席する。

 異例中の異例とも言える環境、そのような中で『四姓会議』は開始された。






「『国家最高戦力エージェント・ワン』を、早急に復活させてもらいたい」


 開始の一声、リチャードの口から放たれた一言は広間内に小さくない波紋を呼んだ。

 特に双子の老婆たちは不快そうに眉を吊り上げ、いの一番に反論する。


「そんなもん、東京の連中に言いや」


「そうや、儂らに言ってどないする」


 それは、ある意味ではもっともな反論。

 しかし合衆国における最強の『国家最高戦力エージェント・ワン』は、それを意に介することなくさらに返す。


「その程度のこと、前々から言っているに決まっているだろう。

 そもそも前任の『国家最高戦力エージェント・ワン』が死亡してから何年になる? そう、三年だ。

 それだけの期間こちらは待ってやったというのに、ここの政府はまだ悠長に待ったをかけようとする。

 だから直接、こちらから候補となりそうな人間へ話をつけにいこうと思った次第だよ」


「……何?」


「つまり、儂ら『護国四姓』の中から、その候補とやらを出せと?」


「そういうことだ……それより、そう交互に喋られるとややこしくて敵わないな。

 すまないがもう一度、どちらか分かるように自己紹介をしてくれないだろうか?」


「「貴様……!」」


 リチャードの挑発ともとれる言動に、老婆たちは一斉に目を見開く。

 しかし傍らに座っていた永木が手で制し、


金麗きんれいさま、銀麗ぎんれいさま。どうかお静まりいただけますよう。ここは私めが」


「ああ、君が代わりに応えてくれるのかい? 永木よ」


 永木は、眼鏡を直しつつリチャードに向き直る。

 そして場の緊張をほぐすように、微笑みながら口を開いた。


「ええ、今回は私が当主の代理ですから。

 して、銀麗さまのおっしゃったように、其方の要求は我らが『護国四姓』から『国家最高戦力エージェント・ワン』を任命するということで宜しいでしょうか?」


「ああそうだ。

 表だった対外戦争もなくなりつつある今、『国家最高戦力エージェント・ワン』は今まで以上に国防の要であると言っていい。

 そして我が合衆国とこの国には、永らく同盟を結んで極東アジアにおける睨みを効かせてきたという歴史がある。

 まあ、なんだ。つまり何が言いたいかというと……これ以上サボるなということだ」


 そう言うとリチャードは目を細め、『護国四姓』の面々を回し見る。

 非公式ではあるが、これは合衆国からの明らかな非難であった。


 そして義堂は、ここにきて事の全貌を察する。


(……成る程。

 合衆国からの圧力があったからこそ、俺に指令が下ったのか)


 おそらく、上層部も合衆国がそろそろ痺れを切らすであろうことを察していたのだろう。

 だからこそ建前だけでも『国家最高戦力エージェント・ワン』を復活させるべく、義堂に今回の京都行を命じたのだ。 

 しかし合衆国、もといリチャードの動きは上層部の予想をも遥かに超えるものだった。

 結果彼は今、外国人の身でありながらも四姓会議に出席するなどという暴挙に出ることが出来ている。


「サボる、か……随分と言ってくれるな。

 我が国の状況は知っていただろうに」


「それだけではどうにもならなくなったということだよ、白秋。

 今の極東情勢がかなりキナ臭くなりつつあることぐらい、知ってるだろう?

 もし君が戻ってくれるというのなら、話は早いのだが」


「15年も前に引退した老いぼれを出す程、この国は人材難ではないわ」


「ほう、じゃあ……」


 リチャードは視線を義堂へと移す。


「この隣にいる男が、そうだと?」


 当然だが、それは完全に値踏みをしている目つきだった。

 義堂も組織の人間である以上、その手の視線には慣れている。

 しかし彼のそれは、従来の人間が向けてきたものとは、その迫力がふた回り以上も違った。

 まるで神の視点から、義堂誠一という一個人を覗いているかのようだった。


 義堂が緊張で僅かに身を震わせると、今度は永木が口を開く。


「……そう言えば、まだ貴方の名前を聞いてませんでしたね。

 何者です?」


 義堂は横目で白秋を見る。

 そして白秋が小さく頷いたのを見、義堂は懐から警察手帳を取り出した。


「私は警察庁異能課所属、義堂 誠一と申します。

 今は訳あって刀練 白秋さんのお世話になっています」


「ほう、異能課。 

 そう言えば新入りが入ったという情報は耳に入っていたが、君だったのか。

 それで、この男は『国家最高戦力エージェント・ワン』が務まる程、やれるのか?」


「……それは当人次第だろうよ」


 白秋は腕を組み、そう返す。

 その言葉を聞いたリチャードは眉を上げ、


「ほう……」


 今度は興味深そうに、義堂の姿を眺めた。


「……とにかく鹿屋野家としては、貴方の要求に即答はできません。

 これは長年培った我々の伝統にも関わる話。

 御守家と荼毘家、そして西金についても、それでいいですか?」


「鹿屋野家がそう言うのなら、我々に異存はない。

 とは言え我ら荼毘の真骨頂は治癒と浄化。つまりは後方支援だ。

 選ぶとするなら他の家……特に鹿屋野か御守からの方がいいだろうな」


「ええー、面倒くさい。

 私はあまりやりたくないなぁ……」


「……検討だけなら、しよう」


 永木の言葉に、渋々ながらも三人は頷いた。


「……というわけですが、これでいいですか? Mr.ワシントン。

 一旦各家で検討をする、これが現状我々に出来る最大限の譲歩です」


「まあ異論はないが……当然、期限は決めさせてもらうよ」


「期限?」


「貴様……まだ儂らに要求するか」


 鬼の形相で睨みつける両老婆に、リチャードは薄ら笑いを浮かべる。


「当たり前でしょう、長老方。

 元々が其方の尻を叩くためにやって来たのだ、悠長に構えてもらっては困る」


「悠長やと?

 せっかく東京の面子を立ててやろう思て、儂らは検討すると言ったんや」


「それすら儂らにとっては古くからの慣例を破る行為。

 それ以上の要求なぞ聞けまへん。あんたらは儂らからの返答をただ待ってればよろし」


 金麗と銀麗は、きっぱりとリチャードの要求を拒絶する。

 彼女らから見れば、ただでさえ一方的な注文を突きつけられているような状態、態度を硬化させることは当然と言えた。

 しかしリチャードはそれすら分り切っていたかのように不敵に笑い、次なる手札を切る。


「ふむ……確かに、それも一理ある。

 少々わがままが過ぎたかもしれないな。これは失敬。

 ならば、報酬の前払い代わりに私から一つプレゼントをさせてもらおう」


「報酬? それは何です?」


「情報だよ。

 それもこの国、もとい京都に関わる重大な、ね」


「情報だと?」


 リチャードの言葉に、荼毘光耀は眉をひそめる。

 彼の疑念はもっともであり、今更情報ひとつで鹿屋野の長老たちが譲歩するとも思えなかった。


「まあ、聞くだけ聞いておいてくれ。

 貴方たちにとってもこの話は、決して損するものではない。

 むしろ――」


「そんなに話したいのなら、もったいぶらずに話したらどうだ」


 白秋がキッパリとその前口上を遮ると、リチャードはわざとらしくネクタイを整え、


「これは手厳しい。流石は白秋。

 ならば簡潔に言おう。『サン・ミラグロ』……この名は知っているな?」


「……無論だ。儂がその名を忘れる訳ないだろう」


 白秋はリチャードを睨みつつ、明らかに怒気を含んだ返答する。


 義堂自身、その名は聞いたことがあった。

『サン・ミラグロ』――それは、『異能者』を主体とする国際テロリスト集団の名。


(かつて『国家最高戦力エージェント・ワン』であった白秋さんが、知っていて当然の名だ。

 しかし、今の反応は明らかに……)


 白秋らしからぬ言動に義堂が内心戸惑うが、リチャードはなおも言葉を続け、


「そうだ。

 そしてその首領と幹部だが……こぞってこの京都に入ったという情報をCIAが掴んだ」


 その事実を淡々と言い放った。







 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







 サークル旅行二日目、午前。


「ふう……」


 手洗い近くにあるベンチに、英人はそっと腰掛ける。

 ここは京都上京区、晴明神社。

 文字通り日本一有名な陰陽師、安倍晴明あべのせいめいを祀った神社であり、近年ではパワースポットとしても有名な観光地だ。


 薫は「やはりファン研なら、ここは行っとかないとね」と二日目の予定の初っ端に組み込み、朝一でいきなり直行。

 そして着いてからは見て回ることおよそ二時間。

 これでもかというほど境内を歩き回る羽目になり、特にオカルトマニアである美鈴は終始目が輝きっぱなしだった。


 とはいえようやく次へ行こうという話になり、今は女性陣のトイレ待ちという状態だ。


「午前中から、ハードだな……」


 英人はふぅと息を吐き、空を仰ぎ見る。


 昨夜ヒムニスから有馬ユウが京都にいるというメールが来たが、それ以降の続報はなし。

 一応英人の方でも『千里の魔眼』で市内をざっと見はしたが、それらしき人影は見当たらなかった。

 というより、この状況で探すのはいくら英人と言えど中々しんどい。

 どうしたものかな思いつつ、ふと視線を横にやると。


 白いハットを深々と被った、サングラス姿の女性が目に入った。

 髪は灰色のミディアムで、何やら色紙に書いている様子が見える。

 もしかしたら、有名人か何かであろうか。


(いや、というよりあれは……)


 英人は自身の記憶と照らし合わせようとするが、それよりも先に女はこちらに気付いた。

 そして無言のままこちらへと近づいてサングラスを上げ、


「あらこんな所で奇遇ですね、先輩。

 後輩への返信ほっぽり出して、優雅に京都観光ですか?」


「げ、桜木さくらぎ


 英人は露骨にしまったという顔をする。

 今の楓乃かえのの表情は笑ってこそいるが、内心怒っているであろうことはハッキリと分かる。

 このモードになってしまった彼女は、非情にめんどくさい。


 そしてさらに追い打ちをかけるように楓乃の傍らからは、


「な、な……なんでアンタがぁ!?」


 昨年のミス早応こと、東城とうじょう 瑛里華えりかが色紙片手に顔を出したのだった。

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