京都英雄百鬼夜行⑬『総長は私です』

 西金神社の離れにある一室。


『――おう義堂、私だ』


「お疲れ様です、長津課長」


 そこで義堂は純子宛てに電話を掛けていた。


「すみません、こんな時間に。

 今、大丈夫ですか?」


 義堂が腕時計を見ると、時刻は夜の七時を回ろうとしていた。

 本来なら、定時などとっくに過ぎている時間だ。

 しかし純子は電話越しにクククと笑い、


『こんな仕事に定時もクソもあるか。

 んで、何か報告でもあんのかい?』


「ええ。 

 そのことですが――」


 義堂は丁寧に、今日の出来事を報告した。


 『護国四姓』の件。

 リチャード・L・ワシントンの件。

 そして、『サン・ミラグロ』の件。


 その全てを話し終えると、電話口からは小さい溜息が聞こえてきた。



「……課長?」


『ん? ああ大丈夫だ。

 まあ『国家最高戦力エージェント・ワン』についての件は、こっちにも既に話は来てる。

 といっても事後承諾に近い形だが』


「上層部は何か手を打たないのですか?」


『ちょうど今、それで紛糾してるよ。

 確かに三年もの間空席だった『国家最高戦力エージェント・ワン』の座を勝手に埋めてくれるんだ、この国としちゃあ願ってもないことではある。

 しかもその人材を『護国四姓』から引っ張ってきてくれるというのなら猶更だからな。

 だが――』


「それを合衆国主導でやられてしまうとこちらの面子が立たない、ということですか」


『そういうことだ』


 電話口からはきいい、と椅子の軋む音が響いてくる。

 おそらく、勢いよく背もたれに寄りかかったのだろう。


「なら上の意向が決まるまでは、下手に動かない方がよさそうですね。

 『護国四姓』の各家もこの件については一旦持ち帰って検討するようですし。

 それで、もう一つの件ですが……」


『ああ、『サン・ミラグロ』だろ?

 しかし日本の、それも京都に入ったとはな……』


「今、鹿屋野家を中心として京都中に厳戒態勢を敷いている状況です。

 しかし長津さん、今の言い方だとそれは……」


『お前の考えている通りだ。

 少なくとも私の知る限り、幹部連中がこぞって日本に入ったなんて情報は今まで入ったことがない』


 純子の言葉に、義堂は思わず息を飲んだ。

 今まで日本と関わりを持ってこなかった国際テロ組織が、わざわざ京都までやってくるという事実。考え得る可能性は一つしかない。

 連中は何かを始めるつもりなのだ。それも、とんでもない事を。


「……奴らの目的は、一体何なのでしょうか?」


『……さあな。

 元を辿れば無駄に歴史の長い組織だが、ああもテロ思考に染まったのはここ数年ってとこだ。ある意味テロ組織としては新興に近い。

 それ以前の特徴はまあ、少しばかり過激な秘密結社という感じかね。

 ほらフリーメイソンの目的なんざ聞かれてもピンとこないだろ?』


「ですが日本に来た以上は我らも……」


『分かってる分かってる。

 だから上のゴタつきが終わり次第、私も向かうよ』


「長津さん自ら、ですか……?」


 義堂は神妙な表情を浮かべる。

 予断は許さない状況である以上、東京からもなんらかの応援はあってしかるべきだろう。

 しかし既に『護国四姓』が動き始めており、異能課の長が直々に行くというのはやや行き過ぎにも思えた。京都で何が起きようが当然、管轄である東京においても『異能者』関連犯罪は日々起こっているのだ。


 だが純子はそんな義堂の疑念を見透かしたように豪快に笑って、


『大丈夫だよ。行くのは私一人、残りは置いていく。それで十分回るさ。

 異能課はそこまでヤワじゃないことくらい、お前だって知っているだろう?』


「確かにそれはそうですが……」


『まあお前が何と言おうと、私は行くがね。

 千載一遇の機会、みすみす逃しなどしないさ』


 純子はそう冗談めいて言うが、電話越しでもその決意の硬さがはっきりと分かった。そこまでする理由に触れるべきか触れないべきか、と義堂が一瞬悩むと純子は続けて口を開く。


『……もうそっちで聞いたと思うけどさ、私の旦那、この国の『国家最高戦力エージェント・ワン』だったんだよ。

 でも三年前にうっかり死んじまってね。それも『サン・ミラグロ』に関する任務中に。

 おかげでこっちは未亡人のシングルマザーさ』


「……!」


 義堂は表情をしかめる。

 これまでの情報の断片からそうではないかと薄々よそうしていたが、辛くも的中してしまった。


『まあ、というわけだ義堂。私は絶対に京都へ行かなくちゃならない。

 もちろんその時はお前にも働いてもらうから、そっちでちゃんと力磨いときな』


「……了解です」


「ああ、じゃあな」


 そして通話は切れた。


「……『国家最高戦力エージェント・ワン』、か……」


 スマホを胸ポケットにしまいつつ、おもむろに義堂は呟く。


『護国四姓』にリチャード・L・ワシントン、そして『サン・ミラグロ』という驚異。

 もしかしたら、この国は今重大な岐路に立たされているのかもしれない。

 義堂はふと、此処にはいない筈の盟友の姿を思い浮かべる。

 

 (八坂……お前ならどうする?)


 すると、部屋の障子が静かに開いた。


「義堂、いるか」


「白秋さん」


 入ってきたのは、袴姿の白秋だった。

 鞘に入った刀片手に、鋭い眼光が夜闇に光っている。

 稽古の時以上の迫力に義堂は一瞬身震いした。


「どうやら、市街の方で騒ぎがあったらしい」


「まさか、『サン・ミラグロ』が」


「それは分からん。

 行くぞ、義堂」


「はい!」


 義堂は急いで立ち上がり、白秋の後を追いかけた。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 夜の京都市街では、数多の影が入り乱れていた。


 電柱から電柱へ。

 屋根から屋根へ。


 まさに夜空を覆わんばかりの勢いであったが、道行く人間は誰もその非日常には気付かない。


「くそ、面倒なことになった……!」


 英人その中でただ一人、追いすがる黒子の集団をひたすらに捌き続けていた。


 彼等の主な武装は刀剣に弓矢、それと木札。

 そのどれにも『呪術』によるなんらかの効果が付与さされている。


(完全に初見の相手だな……だが、)


「喰らえ……なぁっ!?」


「この程度なら、問題はない」


 英人は刀を振り下ろす黒子を軽く受け流し、その勢いのまま後方に放り投げた。

 そしてすぐさま体勢を整え、次なる攻撃へと備える。


「「おおおッ!」」


「「はああっ!」」


 今度は前後左右から、四人同時。

 英人は一気に足を開いて地面に伏せ、迫りくる左右の刀をその腕ごと下段から掴み取る。

 そしてそのまま、時計回りに回転し、


「うおおっ!?」


「きゃあっ!?」


 前後の敵もろとも吹き飛ばした。


「くっ……総員、遠距離から破魔矢で射撃!」


 接近戦での不利を悟ったのか、リーダー格と思しき男は指示を変更し、黒子たちは一斉に遠距離から弓を構え始める。


「放てぇっ!」


 そしてその号令とともに数十もの矢が一挙に放たれた。

 速度自体はそれほどでもないが、そのどれもが魔力によく似た光を纏っている。おそらくは『呪術』の一種だろう。


「『エンチャント・ウィンド』!」


 それを見た英人はその詠唱と共に風の魔法を身に纏い、向かって来る矢を弾く。

 いくら『呪術』の力が付与されていようと、矢は矢。暴風の中を突き進めるはずもない。


「ちっ……、狼狽えるな!

 このまま放ち続けろ!」


 その後も引き続き矢が雨あられと降り注ぐが、風のベールがそれを弾き返す。

 結局英人はその全てを防ぎ切り、矢玉の方が先に尽き果ててしまった。


「ぐ、ぐ……!」


「なあ、もういいか?

 俺はその『サン・ミラグロ』というテロ組織の一員じゃないし、夜出回ってたのも人を探してたからだ。

 まあ昨日の今日で誤解を招くような真似した俺も悪かったと思うから、ここは双方大人しく退くという形にしてくれると助かるんだが……」


「黙れ!

 テロリストの言い分など聞かん!」


 リーダー格の黒子は刀を抜き、なおも徹底抗戦の構えを見せる。

 だがその時包囲の一部がざわめきと共に開き、青衣を着た眼鏡の男が入ってきた。


「……ほう、貴方が静枝しずえ様の言っていた自称フリーの『異能者』とやらですか」


「永木様……!」


 男は軽い足取りで屋根を飛び越え、英人の前に立つ。


「まずは、自己紹介をしておきましょうか。

 私の名は永木ながき陽明ようめい。鹿野家の『呪術師』であり、青の位を賜っています」


「……八坂 英人。

 フリーの『異能者』で、後は大学生をやってる」


「なるほど、そうですか」


 永木は微笑んだまま、うんうんと頷く。

 どことなく毒気を抜かれるような表情だが、その一枚下には強い警戒心が潜んでいるのを英人は見逃さなかった。


「永木様、危険です!

 早くこちらに!」


「なに、大丈夫ですよ。

 相手がテロリストであろうとまずは交渉、話し合いありきです。

 その方が貴方も都合が良いでしょう? 八坂さん」


「……まずは俺がテロリストだという前提をどうにかして欲しいのだが」


 その言葉に永木は小さく肩をすくめ、


「なら、少々切り口を変えましょうか。

 ご存知かどうかは知りませんが、今京都では厳戒態勢が布かれています。『サン・ミラグロ』という国際テロ組織を摘発するためにね。

 だからこの古の都の平和と安全の為、貴方を一旦拘束させてもらいます。 

 もちろん、無事疑いが晴れたら釈放はしますよ?」


「警察でもない人間に拘束される謂れはないんだがな」


「この京都では我々『護国四姓』がそれを担っているのです。

 貴方が口を挟むことではない」


 そして無言のまま、両者の視線は交差した。

 まるで抜き身の刃物のような鋭い緊張感が、周囲を支配する。


「八坂!」


 そしてその静寂を打破したのは、義堂の一声だった。


「ぎ、義堂……?」


「お前、なんでここに……?」


 義堂は民家の傍まで駆け寄り、屋根の上にいる英人を見上げる。

 さらに、その後ろからは白秋も姿を現した。


「……どうやら、人違いだったようだな」


刀煉とねり様まで……ここは鹿屋野家の管轄ですよ?」


「お前達では荷が重いと思ってな。

 助太刀しに参ったまでよ」


「ほう……」


 永木は微笑んだ表情のまま、眉をピクリと動かす。

 しかしその目は欠片も笑っておらず、一触即発の雰囲気が流れる。

 その時。


「……あーもしかして、僕のせいでこうなっちゃってる?」


 子供と大人の中間のような、青々しい声が周囲に響いた。

 全員が一斉にその方向へと振り向くと、そこにいたのは学ランを着た、中肉中背の少年。

 英人は思わずその名を呟く。


「有馬、ユウ……」


「やあ元『英雄』。

 翠星高校以来だね」


「……誰だ、お前は」


 白秋は静かに刀を抜き、構える。鹿屋野家の黒子たちも同様だ。

 目の前に立つ少年は、そうさせるだけの不気味さがあった。


 しかし対する有馬はそんな彼らの姿を嘲るように笑い、


「はっははは……ああゴメン。

 改めまして、僕の名前は有馬 ユウ――『サン・ミラグロ』の総長さ」


 その邪悪な微笑みを、英人たちに向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る