京都英雄百鬼夜行⑨『あいつも京都来てるって』

「確かに貴方の言う通り、其方の国と我が国は永らく同盟関係にあります。

 ですが、それとこれとでは話は全く別。

 我が国、それも京の都で起きた事件に首を突っ込まれる謂れはありません」


 笑みを浮かべるリチャードに対し、静枝は真顔でキッパリと言い放つ。

 そして視線を僅かに上げ、今度は英人の方を仰ぎ見た。


「……そして、そこな方。貴方は一体何者です?

 リチャード・L・ワシントンの部下ですか?」


「……いや、ただの大学生ですよ。サークル旅行中の」


「侮るの大概になさい。

 この状況でそのような冗談が通じると思うほど、貴方も未熟ではないはずです。

 さぁ、大人しく所属と名前を」


 氷のような冷たい眼差しで、静枝は英人を睨む。

 それは『護国四姓』の持つ責任感からか、はたまたただ単に排外意識が強いだけなのか。

 どちらにせよ下手な言い逃れは不可能であると悟って、英人は静かに古民家の屋根を飛び降りた。


「嘘は一つも言ってないつもりですけどね」


「ですが、本当のことも言っていない。違いますか?

 もし答えづらいというのなら……リチャード・L・ワシントン、貴方の口から聞きますが」


「フッ、ご指名光栄だが、それは無理だな。

 私と彼は、今日会ったばかりの仲だ」


 リチャードは両手を上げ、苦笑しつつ首を振った。

 英人はそれを横目で一瞥し、


「……俺は、八坂 英人って言います。

 職業は大学生……それと、フリーの『異能者』を少々。

 といってもそんな大層なもんでもなくて、時折国から来る依頼を受けては、それでせこせこと学費を稼いでるだけの身分です」


「そうですか。確かに、そのような存在がいることも聞いてはいます。

 ですが、貴方がそれだという証拠は?」


「証拠と言われても……非公式の依頼だから、基本的に記録の類は残らないんですよ。

 それにその依頼も仲介を挟んでますから、俺自身は国の方と直接コンタクト取ったことないですし」


 英人は前髪をかき上げながら、困ったように言葉を続ける。


 一応、今述べていることはほぼ全てが真実だ。

 違いがあるとすれば、それは報酬を得ているという一点のみ。だが無給でやっていると馬鹿正直言うと流石に不審がられると判断し、ここだけは変えることにした。

 その返答に静枝は静かに目を瞑り、口を開く。


「……成程、そうでしたか。

 ですが我らの領域で勝手に『影狼かげろう』を狩るというのは、あまり感心しませんね」

 

「なにぶん、緊急事態だったもので。

 それに普段は関東の方で活動してますから、あまりこちらの事情には明るくなくて……。

 知らぬこととはいえ、ご迷惑をおかけしました」


 そして英人は静枝に向かって深々と頭を下げた。

 せっかくのサークル旅行、英人としてはこんなことで大事にするつもりはない。

 明日以降の予定がポシャる位なら、頭など何度でも下げる算段である。


 その様子を見たリチャードはクスリと笑い、


「……とまあ、彼もこう言っている訳だ。

 いい加減許してやったらどうかね? 静枝。

 まさか鹿屋野における最高峰、『紫衣しえ』の位にある『呪術師』が、これしきのイレギュラーも許容できないほど、狭量ではあるまい?」


「他国の人間だからと、好き勝手言ってくれますね……しかし、一理あります」


 静枝はここで小さくため息を吐き、言葉を続ける。


「……仕方ありませんね。

 今回は不慮の事故として、大目に見ましょう。

 双方、それで異存はないですね?」


「ああ、もちろん」


「……ありがとうございます」


 静枝の言葉に、英人は再び深く頭を下げる。

 どうやら、状況は何とか丸く収まりそうだ。


「それでは、俺はこれで。

 今後、そちらの件には勝手に首は突っ込まないように致しますので、どうか」


「……ええ」


 静枝は目を細めたまま、小さく頷く。

 そして英人は最後に小さく礼をしつつ振り返り、宿に戻ろうと歩を進め始める。


「……近いうちに、また会おう。英人よ」


 すれ違いざまにリチャードはそう呟いたが、英人は沈黙だけを返し、そのまま足早に去っていった。



「……それで、貴方の方はどうしましょうか? リチャード・L・ワシントン。

 フリーの『異能者』とやらはとにかく、貴方はそう易々と解放するわけにはいきませんが」


 静枝は視線だけじろりとずらし、リチャードを睨む。 

 英人はあくまで国内の人間であるが、合衆国の『国家最高戦力エージェント・ワン』であるリチャードはれっきとした海外の人間。

『護国四姓』の面子の為にも、気安く見逃すことが出来ないのは明白だった。


「フ……当然、それ位のことは承知しているとも。

 だから謝罪と釈明も兼ねて、また改めて其方に伺いたい……おおそういえば確か明日、四家が集まって会議をするそうじゃあないか。

 ちょうどいい、私もそこに出席させてもらおう!」


 リチャードはそんな静枝の状況を知ってか知らずか、ポンと手を叩いてわざとらしく笑みを浮かべた。

 しかし一方の鹿野家側は、驚愕に表情を歪める。

 

「し、四姓会議に……!?」


「ふざけるな! 外人の貴様如きが、何の権利あって……!」


 四姓会議とは、その名の通り『護国四姓』の四家が集って行う会議。

 主に各地域の情報交換であったり、人材や戦力の配分、さらには京都にて発生した『異能』・『怪異』関係の諸問題に対する協議も行われる。

 なのでリチャードのような外国人はおろか、日本人でも四家以外の人物は出席すら許されることは殆どない。

 それに彼は堂々と土足で出席しようというのだ。


「お前達、鎮まりなさい……して、今の言葉は本気なのですか?

 こればかりは本当に外交問題になりかねませんよ?」


「なに、心配には及ばないさ。

 本国からの許可も下りてるし、今頃はこちらの政府にも通知が来てるだろう。

 せっかく君達と膝を突き合わせて話が出来るんだ、これ位の根回しはしておかなくては非礼にあたる」


「……!」


 飄々と語るリチャードを前に、静枝は僅かに目を見開いた。

 合衆国も了承済みで、日本政府の方にも既に話が行っているとなると、半ば独立した集団である『護国四姓』と言えども拒絶は難しい。

 日本の『異能』は西高東低と言えども、あくまで国あってこそのものなのだ。

 ここで無暗に首を横に振ってしまえば政府相手に大きな軋轢と借りを残してしまうことになりかねない。


(思えば、この『影狼かげろう』の件も彼にとって都合が良すぎる。

 騒動を利用してこちらに要求を押し付け、それでいて判断する時間を与えない……まさに絶妙な時機)


 リチャードの真意に思い至り、静枝は小さく歯噛みする。

 対するリチャードはその内心を見透かしたかのように目を細め、


「……というわけだ。

 無論、拒否しないでくれるな? わが友よ」

 

 飄々とそう言い放った。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 宿に戻った英人が風呂を終えると、時刻は夜の0時を回ろうとしていた。


「ふう……」


 さっと浴衣に着替え、英人は布団に身を投げる。

 窓は少しだけ開けており、そこから入る秋の夜風が湯上りの体には心地いい。


「『護国四姓』、それに『呪術』か……」


 天井を見上げながら、英人はぼそりと呟いた。


『呪術』とは、一言で言ってしまえばこの日本における『魔法』だ。

 呼び方こそ違えど、どちらにも共通しているのはそれは『魔素』というリソースを活用し、あらゆる現象を引き起こさせる技術体系だということ。


 確かにこの世界は『異世界』に比べ、『魔素』濃度は圧倒的に薄い。しかし、全くない訳ではない。

 特に京都のような比較的『魔素』の濃い場所は世界各所にある。

 そして古来より、そのような場所を中心として人々はこの不思議な物質の活用を目指してきた。

 それが『異世界』における『魔法』であり、日本における『呪術』、そして西洋における『魔術』であった。


(まあ、それらも元々の『魔素』リソースが少な過ぎたってのと、『異能』と混同されたりってんで歴史の表舞台には立てなかったがな。

 そもそも京都みたいな『魔素』の濃い地域以外じゃ、ろくに発展しなかったというのも大きい。

 しかしそれでも、これらの特殊な技術体系は長らくこの世界の裏側で生き続けてきた……)


 英人の知る限り、基本的にこれらの技術体系は『魔法』の足元にも及ばない。

 それは『異世界』の科学技術の類が、この世界のそれと比べて二世紀は遅れているのと同じだ。


 だがそれはあくまで根本的な部分の話であって、枝葉となると話は別。

 もしかしたら長い年月を経たことで、ある特殊な分野だけ『魔法』を上回っている可能性だって十分ある。

 一度本腰を入れて調べてみるのもいいかもしれないな、と英人がぼんやり思い始めた時。


「……ん?」


 布団の傍らに置いておいたスマホが、唐突に振動を始めた。

 もしや薫からのメッセージか、とも思われたが、画面を見るとそこにはヒムニスの名が表示されている。


「こんな時に……旅行のことは事前に言っといたはずだが」


 フリーの『異能者』だと吹いた矢先に本物の依頼か、と英人は寝そべりながら表情を険しくさせる。

 しかし、その内容は――


『君の言っていた有馬 ユウと思しき人物が、京都に現れたという情報が入った』


 英人の予想を、悪い意味で裏切るものだった。




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