京都英雄百鬼夜行⑦『へぇ、あんたもヤサカって言うんだ』
「八坂君! 大丈夫だったかい!?」
「ええ、一応は」
リチャードなる男が去った後、廊下からはファン研及び早応女子の一行が走ってきた。
カトリーヌによる説明が切羽詰まったものだったのだろうか、その表情には一様に焦りが浮かんでいる様子が見える。
しかし英人が両手をぶらりと上げて無事を証明すると、全員がほっと胸を撫でおろした。
「そっか……なら良かったんだけどさ。
んもぅこっちはビックリしたよ。
突然カトリーヌさんが来て『ヤサカさんが屈強な外国人相手に喧嘩を!』なんて言うんだもん。
まあ先生なら大丈夫だとは思ってたけどさ」
「喧嘩って……まあ可能性はあったが、すぐ手が出るほど俺は瞬間湯沸かし器じゃねぇって」
「ス、スミません……早とちりしてしまいました」
申し訳なさそうな表情で、カトリーヌはペコペコと頭を下げる。
「はは、別にカトリーヌ君は悪くないさ。
店の様子を見る限り、非常事態だったのは間違いなかったみたいだしね。
とにかく八坂君、君がやってくれたのかい?」
「いや、俺じゃないですよ。
何というか……知らん外国人の男が、勝手に収めてくれました」
「全員キレイに気絶してますね……」
美鈴は恐る恐る、床に倒れ込む暴漢たちの姿を覗き込む。
未だにピクピクと小さく痙攣していることから生きていることは確かだが、意識を完全に刈り取られており目を覚ます気配が一向にない。
自慢の筋肉も、これでは形無しだろう。
「っと美鈴さん。
万が一のことがあるかもだから、これ以上は近づかない方がいい」
「あ……そうですね」
英人が手で制すと、美鈴はゆっくり顔を上げる。
そして、けたたましいサイレンの音が聞こえてきた。
どうやら、通報を受けて来たらしい。
「パトカーと、それに救急車か。
うん、後は警察と救急に任せて一旦俺らは個室に戻りましょう」
「そうだね。
もしかしたら軽い事情聴取くらいはあるかもしれないし、それに今この大人数で出るのもかえって迷惑だろう。
八坂君の言う通り、一旦戻って待機するとしようか」
「あー、貴重な修学旅行の時間が……」
美智子は少々残念そうな表情で口をむにゃむにゃとさせる。他の早応女子も同様だ。
人生一度きりの修学旅行、無駄なく楽しみたいという気持ちがあるのだろう。
それを見た英人は美智子の肩をポンと叩き、
「まあゆっくり茶でも飲んで待とうじゃないか。
俺の見立てじゃ、そう長くは掛からないだろうし」
「うーん……じゃあ先生、代わりにこの後も一緒に行動しようよ!
せっかくだし!」
「いや何が代わりなのか全く分からんが……」
突然の提案に英人は戸惑うが、当の本人はいいことを思いついたとばかりに押し切る気満々。
今度は薫の方へと向き直り、
「いいじゃんいいじゃん。
それで泉さんたちはどうですか!?」
「うーむ……まあ今日の私たちの予定も、これで狂うのは決定だしなぁ……。
まあ初日がメインというわけでもないし、その提案もやぶさかではないか。
秦野君とカトリーヌ君はどうだい?」
「私は構いません。
人数多い方が楽しいですし」
「ア! ワ、ワタシも大丈夫です!」
薫の言葉に、二人は笑顔で頷く。
「というわけで後は君だけだが、どうだい?」
そして残るは英人ただ一人。
女子たちの視線が一身に注がれる。
「はぁ……しょうがない。
はいはい俺も別に大丈夫だから、午後は一緒に回ろう」
英人は少々考え込んだ後、ため息交じりに頷いた。
瞬間、美智子の表情はパアっと明るくなる。
「やたー!」
「やったねつづみん!」
「うん! 言ってみた甲斐あった!
アドバイス通り、意外とイケるもんだね!」
「んん?」
「いやいやこっちのハナシ! じゃあ先生、戻ろ!」
美智子は笑顔のまま英人の後ろへと周り、その背中を押す。
そして一行は一旦個室へと戻ったのだった。
しかしカトリーヌだけがただ一人、ふと立ち止まって後ろを振り向く。
(事件は解決した……でも、このまだ続いている微かな胸騒ぎは、何だろう……?)
それは胸を打つ、微かな鼓動。
「おーいカトリーヌ君!
早くし給え!」
「ハ、はい!」
しかしそれはいつもの『異能』とは比べ物にならないほど弱々しく、指向性がない。
きっと、気のせいだろう――カトリーヌはそう見切りをつけ、そのまま廊下を小走りに駆けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
英人の予想通り、騒動の後処理は比較的スムーズに終わって、午後は再び観光の時間となった。
――
「お、これが有名な恋占いの石か」
「この二つの石の間を目を瞑って歩き、無事たどり着ければ恋が成就する、という伝説ですね」
「つづみん! やってみたら!?」
「えぇっ!? うーん……よし、やる!
じゃあ先生は向こう側に立ってて!」
「は? 何で」
「いいから!」
「……せんせー、今どこ!?」
「……こっちだこっち」
「つづみんがんばれー!」
「根性出せよ美智子ー!」
(周り、それも石に立ってる人間が声掛けるのって、ルール的にはアリなのか……?)
「あ、都築さんの後は私たちもやるから、八坂君は引き続きそこに立っていてくれよ?」
「……マジすか」
――
「ほう、ここが……」
「確かここって、豊臣秀吉の奥さんが建立したお寺でしょ?」
「ああ秀吉の菩提を弔うためにな……ってよく知ってるな」
「そりゃもう勉強してますから……誰かさんのお陰で」
「いいなー美智子。
なあなあ八坂先生、私にも勉強教えてくれよ。
最近ウチも色々成績に厳しくてさー」
「だめだよ唯香。
八坂先生はつづみん専属だし」
「勝手に専属にするな」
そして、
「さあ、ここが全国にある八坂神社の総本山、通称『祇園さん』だ!
どうだい八坂君。君への誕生日プレゼントとしては、おあつらえ向きだろう?」
「オナジ名前……八坂さんって実は神社の家系なのですか?」
「さあ……? 少なくとも、家の両親や祖父母は違うな。
もっと遡れば関係あるのかもしれないけど」
「確か、ここはあらゆるご利益があって、敷地内には20近いお社があるとか。
様々な神さまがいるみたいですね」
「ああ。それに本殿の床下には龍穴なるものがあって、そこには青龍が住みついているんだと。
どうやらこの地下には平安京を縦横無尽に伝う水脈がある、という言い伝えから来てるらしいんだけど……」
「へぇーよく知ってるね、先生」
「まあ自分の苗字の神社だし、一応な」
「よし!
じゃあせっかくみんなで来たわけだし、本殿をバックに記念写真を撮ろうか!
ほら皆集まってくれ」
「え、いきなりですか」
「そりゃあ撮るに決まってるだろう。
せっかくのサークル&修学旅行だぞ。ほら皆こっちこっち」
「はーい!」
「イイですね!」
「やれやれ……」
「よぅしみんな集まったな。
ハイ、チーズ!
……うん、良く撮れた!」
「ちなみに代表は映らなくていいんですか?」
「……あ」
――――――
――――
――
そしてサークル旅行一日目、深夜。
「いやあ今日はイベントが盛り沢山だったね、八坂君?」
「……その締めが代表とのサシ飲みとは、どうなんすかね」
英人と薫の二人は、夜の祇園を練り歩いていた。
既に早応女子の一行とも別れ、カトリーヌと美鈴も今は宿の中。
なので薫はここぞとばかりに英人を連れ出し、この歓楽街へと繰り出していた。
そして今はサシ飲みも終え、酔い覚ましにブラブラと散策している所である。
風情ある石畳の路を、ぼんやりと光る数多の灯篭が彩る。
京都でも指折りの観光スポットは、夜になってまた違った趣を見せている。
「なんだ、不満かい?
せっかく毎夜こうして飲み歩こうと、この近くに宿を取ったというのに」
「もしやとは思ってましたが……マジでそれが理由だったんすか」
「当たり前だろう?」
薫は酒で上気した頬を吊り上げ、ニンマリと笑う。
旅先だからというのもあるだろうが、いつもみたく悪酔いしていないのは英人にとってありがたい。
「そんなドヤ顔されても……」
「もちろん明日も付き合ってもらうから、そのつもりでいてくれよ」
「……一応これ、建前としては俺の誕生日祝いですよね?」
英人は酒気交じりの溜息を吐く。
そしておもむろにスマホの画面を確認すると、もうかなりいい時間。
明日のことを考えると、そろそろ戻った方がいいだろう。
そう思った時、一件のメッセージが届いた。
『先輩、なんで京都にいるんですか?
周りにいた女の子たち含め、詳細な説明求む。
おかげでこっちは大変でした。責任取れ』
「……」
「ん? どうかしたのかい?」
薫が首を傾げて尋ねてくるが、英人は静かにスマホをポケットにしまった。
もちろん高校時代の後輩からのありがたいメッセージは未読のまま。
おそらくこの時間なら、寝てたで言い訳が通じるだろう。それを信じるしかない。
「いや、なんでもないです」
「ならいいんだが……」
「それより、もうそろそろ宿に戻りましょう。
あまり遅いと明日に響きますし」
「むぅ……少し癪だが、それもそうか。
しょうがない、今日はこのくらいにしておこう」
「はいはい」
英人は小さく頷き、夜の祇園を再び歩き始める。
ここから宿までは十分もかからない。
今日はもう風呂に入ってそのまま寝よう――そう、英人が思った時。
一筋の風が、石畳の上を通り抜けた。
「……ん?」
微かな違和感を感じ、英人は思わず立ち止まる。
そして周囲をジロリと見渡した。
依然として祇園の夜道を照らす灯篭に、行き交う人々。
目に入る限りにおいては、特に異変はない。
たが、英人の直感はその違和感を確かに感じ取っていた。
(空気が、変わった……?)
「どうした八坂君? 戻るんじゃないのかい?
もしかして、具合でも悪いかい・」
「いえ……」
心配そうに声を掛けてくる薫の言葉を、英人は片手間に返す。
今この男のほぼ全神経は、この異常を解明することに使われていた。
そして刹那、英人はその「異変」に気付く。
(あそこか……!)
視線の先は、数十メートルほど先の料亭の屋根の上。
そこに、「それ」はいた。
体は腕、脚、胴の全てが黒く、赤い瞳だけがまるで浮いたように鈍く光る。
そしてまるで影がそのまま飛び出てきたようなその姿は、雲の如く一秒ごとに形を歪に変えていた。
(魔獣、ではないな……!)
英人は『再現』を使い、体を酒が入る前の状態に戻す。
対する「それ」も英人の存在に気付き、
「ア¨ア゜ぁ嗚ーあ……?」
人の呻き声と電子音が混ざったような不快な鳴き声を、上げた。
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