京都英雄百鬼夜行⑤『ご飯は静かに』
「あー……」
突如現れたその光景に、英人は思わず目を覆う。
美智子一行にバッタリ会っただけでも十分お腹いっぱいだというのに、さらに高校時代の後輩まで上乗せされるとは。
「ん? 先生、水無月 楓乃のファンなの?」
「いや別に……」
英人はやんわりと否定しつつ、群衆に紛れながら遠巻きに楓乃の姿を眺める。
確かに一応は親しい知り合いであるのもあってそれなりに応援こそしているが、それは世間一般でいう「ファン」とはまた別の感情。
だが英人としてはなまじプライベートでの彼女を知っている以上、こういうタイミングで会うのは非情に気恥しい。
「あー! あれって水無月 楓乃じゃん!
修学旅行先で芸能人と会えるなんて、めっちゃラッキー!」
「うわヤバ!
さっすが京都ってカンジ」
「おいおい、今は撮影中なんだから静かにし給えよ?」
「二ホンのテレビって、こんな感じなんですね!」
そして、そうこうしている間に続々と残りのメンバーも到着。
やはり女子が多いからか、間近で見るテレビカメラと芸能人にみな興奮を隠せない。
そして当然こうなれば、こんな人ごみの真っただ中でもそれなりに目立ってしまうわけで。
「そう言えば水無月さん、京都にはよく来られるのですか?」
「いえ、この前の撮影を除けば、実はこれで二回目なんですよ。
修学旅行で一度だけ行ったきりで……ん?」
(……あ)
ふとこちらを向いた楓乃と、うっかり目が合ってしまった。
「あ、こっち見た」
「気のせいだろ」
だがその言葉と裏腹に、英人は内心驚きつつも知らぬ存ぜぬとばかりの表情で自然に目を逸らす。
それは自身の本能が告げる危険信号に、従った結果である。
「へぇーそうだったんですねぇ。これは意外!
じゃあ学生時代を懐かしむ意味も込めて、ぶらりと京都を歩いていきましょう!」
「……ええ」
「……なんか、めっちゃこっち見てくるんだけど」
「ロケの目的地が、こっち方面なんだろう。
昼飯のこともあるし、邪魔しないうちに行こう」
君子、危うきには近寄らず。いや、この場合は三十六計逃げるに如かずといった所だろうか。
どちらにせよ、英人がさっさとその場を後にしようとした時。
「あの、地元の方ですか!?」
横からずいっと、マイクを持った華奢な腕が飛び出してきた。
明らかに見覚えのある手と爪であるが、今はまともに構うわけにはいかない。
英人はそのまま無視して去ろうとすると、
「あ、違いますか。
じゃあ、観光客の方ですか? ですよね!?」
「くっ……!」
まるで英人の行動を予測しているかのように、楓乃は即座に間合いを詰めてきた。
だがどうやら番組の打ち合わせにない行動であったようで、司会のご当地芸人らしき人物が慌てて間に入ってくる。
「ち、ちょっ水無月さん!?」
「あぁすみません、いきなりマイク取っちゃって。
でも一度やってみたかったんです、こういうインタビュー。
……もしかしてダメ、でしたか?」
「い、いえ全然!
むしろ絵になる絵になる!」
しかし日本を代表する美貌が見せた微笑みに、そのまま押し切られてしまった。
おそらく生中継の番組だろうが、こんなアドリブを許していいのだろうか。
英人はふとそう思ったが、楓乃からの即席インタビューはなおも続く。
「では気を取り直して……じゃあ観光ということで、宜しいですか?
それもおひとり?」
「いえ……実は自分、こう見えて大学生でして、サークル旅行でここまで」
「なるほどー……」
ここで楓乃は隣に立っている美智子の顔をチラリ。
「……でも隣にいる子は、どうやら高校生みたいですが?
おかしくないですか?」
「……これはちょっとした知り合いで」
「別にちょっと、って感じの関係でもないでしょ私たち」
英人の言いように、美智子はややムッとした表情を浮かべる。
「この子はこう言ってますが?」
「あー……まあ本当の所を言ってしまうと、こいつは家庭教師の生徒なんですよ。
ここで会ったのはたまたまで。な?」
英人は横目で美智子をジロりと見、返答を促す。
ほぼ100パーセント真実である以上、美智子も素直に頷くしかない筈だ。
そんな期待を込めた視線を美智子の頬に突き刺す。
「まあ、そんな感じかな」
それに対し美智子は、やや不満げな表情で小さく頷いた。
「ふーん……なるほど……」
しかし、当の楓乃本人はどうにも納得しきれていない様子。
そして今度は英人たちの後ろに控える女子たちに視線を定め、
「あれ……男性は、貴方おひとりですか?」
「まあ……成り行きでそんな感じに」
「へぇ成り行きで……それはすごいですね。
多数の年下女性の中に、アラサー男性がひとりだなんて。
普通に考えたら、相当やり手な方でないとこうはなりませんよ。
もしかして、そうとうモテます?」
「ははは、別にそんなことはないと思いますよ」
英人は何とか返答するが、目の前の一流女優からの圧はどんどん強くなってくる。
最早、マイクを顔に押し付けてきそうな勢いだ。
「でも傍目から見たら、両手に花どころじゃにように見えますよ?
それこそ、女ったらしに思えてしまうくらい。
そのあたりについては、どう思われますか?」
「いやどう思うって……」
楓乃からの休みない攻勢に、英人は思わず背を反る。
どう思うも何も、こうなってしまったもんは仕方ないだろと返したい所だが、おそらくこのモードの楓乃はそれで納得してはくれないだろう。
下手な虚飾や開き直りが通用するような相手ではないことは学生時代を通じて身に染みている。
つまり、完全な否定や開き直りはむしろ逆効果。
ならばどう答えるべきか――
小さく呼吸一つ。
そして英人が出した結論は、
「……そうですね。恵まれていると思います。
特にサークルの子たちなんかは、自分の誕生日ということでこの旅行をプレゼントしてくれましたから。
皆、いい子だと思いますよ。それこそ俺なんかには、もったいないくらいです」
彼女たちに対する、純粋な評価だった。
内心色々考えたが、やはり彼女たちの前で突き放すような嘘はつけない。
だからこそ、直球すぎるほどにそれを言い放った。
(そもそも最初から、俺は彼女たちに対して大きな隠し事をしてるしな)
それは、英人自身が常々持っていた一種の「引け目」のようなものだった。
人間、誰しも隠し事の一つや二つはあるだろう。
しかし英人にとってのそれは、『異世界』にて戦争に身を投じてきたという過去そのもの。あまりにも特殊過ぎた。
いくら周囲に隠しているとはいえ、客観的に見れば自分はもう「普通」などではないし、「普通」には戻れない。だからこそ今の日常を支えてくれる彼女たちの存在は、英人にとって宝そのものなのだ。
「あ、え、えと……そうですか」
英人が再び前に目を向けると、そこには目を丸くする楓乃の表情があった。
「ええ」
それは彼女にとっても予想外の返答だったのだろう。
周囲には、なんとも言えない空気が流れる。
しかし楓乃はいち早く立ち直って小さくため息をつき、
「その、なんというか……昔から、時々そういう歯の浮くようなこと言っちゃう習性ありますよね、先輩?」
「ちょ、おま」
「……あ」
生中継のテレビカメラの前で、とんでもないことを口走った。
一瞬、その場の空気が凍る。
「え、水無月さん、今のって……?」
「え、えーと……というわけで、こちらの観光客の男性からは貴重なお話を頂くことが出来ました!
人生初の街頭インタビュー、緊張しましたけど楽しかったです!
それでは一旦、スタジオへとお返しします! それでは!」
ご当地芸人が恐る恐る口を開くが、楓乃は持ち前の機転で即座にカメラをスタジオへと戻す。
本来はそんな権限などないはずだが、まるで熟練のリポーターのような口さばきで無理やり押し切ってしまった。これも、演技力がなせる技なのだろう。
「ちょ、ちょっと水無月さーん!
困るよぉ!」
「あ……すみません。
熱が乗っちゃって、つい」
とはいえ流石にここまでのことをした後だと、多少の騒ぎにはなる。
英人はその隙をついて女性陣の方へと向き直り、
「よし、終わったしもう行くか」
「え!? なんか今先生のこと先輩とか言ってた気がしたんだけど……」
「まあそのあたりは後で話すから。
ほらほら代表たちも」
英人は手を仰ぎながら、薫たちの移動を促す。
「え、ああ……よく分からないけど、行こうかみんな」
対する女性陣は釈然としない表情ながらも、渋々とそれに従う。
こうして、英人たちはこのまま強引にその場を離脱したのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「「「「「「ええええっ!?」」」」」」
老舗の蕎麦屋の個室に、少女たちの驚き声が響き渡る。
あれからおよそ三十分、一行は場所を移し昼食を取っていた。
「ちょ、静かに」
「ああすまない……でそれって本当なのかい?
あの水無月 楓乃と、君が知り合いだなんて」
「高校時代の後輩ってだけですけどね。
しかもあっちは二年の時に転校してきたから、実質一緒に居たのは一年未満ですよ」
そう答え、英人は茶をすする。
日本を代表する大女優と、知り合いであるという事実。
隠せるなら隠した方が良かったのは確かだが、他ならぬ本人がボロを出した以上仕方がない。
下手に誤解を生んで女優「水無月 楓乃」の名前に傷がつくのもまずいと考え、英人はあえて暴露するという行動に出た。
これも美智子や薫たちを信用してのことである。
「確かに年は近いですけど、まさか先輩後輩の仲だったとは……」
「ビックリ、です」
とはいえ彼女たちにとっては十分衝撃であったようで、みな一様に目を見開いて驚いている。
特に美鈴や美智子あたりは、驚愕のあまり箸がほとんど進んでいない。
「……」
「だいじょぶ、つづみん?」
「……ん、大丈夫」
美智子は思いだしたように目の前の鰊蕎麦をすすった。
「というかヤバくない?
有名人と知り合いって」
「……言っとくが、SNSとかで言いふらすのは厳禁な?
俺はともかく、あっちに迷惑はかけられん」
「分かってるって。
ワタシ、一応菓子メーカーの娘だから風評の怖さは分かってるし」
そう言って唯香は笑顔ではにかむ。
ついそのギャルっぽい見た目で忘れそうになるが、彼女も社長令嬢だ。
そこらの女子高生より、よっぽど情報の取り扱いには長けているのだろう。
英人はほっと胸を撫でおろす。
「……そうか。なら、良かった。
あ、もひとつ言っとくけどサインとかねだられても困るからな。
そういうのは正規のルートで頼むぞ」
「とか言って、実は自分だけこっそりもらってるんじゃないかい? 八坂君」
「いやいやそんなことはないですって」
英人は苦笑しつつ、椅子から立ち上がる。
「ん、どうしたの先生?」
「ちょっとトイレにな」
そして小さく手を振り、英人は一旦個室を後にした。
「しかし……まさか、旅先でこんなことになるとはな」
頭を掻きつつ、英人は蕎麦屋の廊下を歩く。
因みに席を外したのは、英人自身も落ち着きたかったからだ。
「なんか、ここに来てから色んな連中に会うな……なんかの予兆か?」
英人は窓から、蕎麦屋に似つかわしくないほどの豪勢な中庭を眺めた。
二度あることは三度ある、という。
これは単なることわざではなく、英人の経験則から見てもそうだ。
こういう時に限って、問題というものはこぞってやってくる。
「なんつーか、呼び合うんだよな……似たようなもの同士って」
英人はどことなく、この旅行における波乱を感じていると、
「ア、八坂さん……!」
個室の方からカトリーヌが小走りでこちらにやってきた。
「ん? どうした」
「スミマセン……突然、あの胸騒ぎが」
「!?」
その言葉に、英人は表情を硬くした。
カトリーヌの言う胸騒ぎとは彼女の持つ『異能』、『スーパーヒーロータイム』のもの。
つまり、何らかの危機が発生することを示している。
「場所は、分かるか?」
「……ココです。
コノ、店内です」
「マジか……」
カトリーヌから告げられた言葉に、英人は思わず歯噛みする。
危機の種類にもよるが、店内で暴力沙汰にでもなったら色々厄介だ。
「取り合えず、行くぞ」
「ハイ!」
しかし、迷っている暇はない。
二人は急いでその現場へと向かった。
「あの……お客様。
他のお客様のご迷惑となりますので、静かにしていただけると……」
「『アァ!? 何言ってるか分かんねーよ!
英語喋れ英語!』」
「『ったくおもてなし? とやらはねぇのかよ!』」
「『さっさと酒持ってこい!』」
入り口近くのテーブル席へと来てみると、そこではガラの悪い外国人の集団が騒いでいる姿があった。
鍛えているのかやたらガタイが良く、シャツの下からはこれまたゴツいタトゥーが顔を覗いている。
今時外国人の客など珍しくないだろうが、店員の方もこんなマフィア一歩手前の人間の相手は初めてだろう。
「どうやら、危機ってこれか……」
「デスネ……どうしますか?」
カトリーヌは神妙な面持ちで英人に尋ねる。
「しょうがない、俺が何とかするよ。
カトリーヌは一応、個室に戻って伝えといてくれ」
「エ、ダイ丈夫ですか?」
「大丈夫。
ほら、行った行った」
「ハ、ハイ」
カトリーヌは小さく頷き、個室へと戻っていく。
そして廊下に一人残った英人は首をコキりと鳴らす。
「ま、あの程度ならどうとでもなるか」
相手は体格で上回る外国人複数名であるが、『異能』もないただの人間。
これならこちらも『再現』や『魔法』使わずに、対処できる。
そう思い、英人が一歩踏み出した時。
「『――待ち給え』」
他のテーブルから、一人の男が英語と共に立ち上がった。
それはグレーのチェック柄のスーツを着た、煌々と光る金髪の男だった。
「『ああ!? なんだテメェ』」
集団の一人が早速突っかかるが、男は気に掛ける素振りすら見せずスタスタと集団へ近づいていく。
「『あまり当たって欲しくない予想だが君達、
「『ハァ!? 何言ってんだお前?』」
「『そうか……ならば仕方ない』」
男はそう零すと、溜息一つ。
そして間髪を入れずに、集団の一人のみぞおちへその拳を躊躇なく突き込んだ。
「グ、ウ……!?」
「『喜べ、諸君』」
突然の攻撃に、苦悶の表情を浮かべながら成す術もなく崩れ落ちる。
「『……は?』」
「『お、おい……!?』」
あまりのことに、騒然とする店内。
しかしそれとは対照的に、
「『私自ら、教育を施してやろう。
同じ国民として』」
その男は、薄く笑みを浮かべていた。
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