京都英雄百鬼夜行④『メシどこ行く?』

 拝殿の奥の間に、張り詰めた空気が漂う。

 それは目の前に座する達人、刀煉白秋から発せられる気からか。

 はたまた、その口からでた意外な事実からか。


「元、ですか……?

 しかし……」


 しかし今の義堂には、それを判断する余裕などなかった。


「なんだ、あやつから聞いてないのか。

 全く、上の連中も勝手なことだな……」


 白秋は小さく溜め息をつく。


「? どういうことなんですか?

 言い分が真っ向から食い違っているようですが……」


「……致し方ない。儂の口から説明しよう。

 ここまで来て何も知らずというのも、それはそれで不憫だしな。

 義堂とか言ったな、まずは其処に座れ」


「は、はい」


 義堂は静かに障子を閉め、白秋の前に正座した。


 視線の高さを合わせてみると、先ほど以上にこの達人の凄さがありありと伝わってくる。

『異能』の内容自体は知る由もないが、高い戦闘能力を持っていることは間違いない。

 年齢を差し引いても、まだまだ現役でやれる筈だ。


 なのに、何故。

 義堂がそう考えていると、白秋は静かに口を開いた。


「……元、と言ったように、儂はかつて『国家最高戦力エージェント・ワン』だった。

 だがそれも15年ほど前までの話でな、とうに引退して後進に地位を譲っている。

 今は只の、旬をとうに超えた老人に過ぎんということだ」


「つまり、今はその後進の方が現『国家最高戦力エージェント・ワン』である、と?

 ならその人物は――」


 はやる気持ちのまま義堂が言葉を続けようとすると、白秋が右手でそれを制す。


「急くな。まだ続きがある。とはいえあまり話を先送りにしても仕方ない、か。

 ならば、先に結末だけ言おう。

 その儂の後を継いだ男、刀煉……いや、長津ながつ 金秋かねあきだが、そ奴は任務中に死んだ。

 今から3年ほど前にな」


「! そ、そんな……! 

 それに長津って、まさか……!」


 その事実に、義堂は我を忘れて思わず身を乗り出す。

 だが白秋は眉一つ動かすことなく、淡々と言葉を続けた。


「ああ。

 お前のところの上司、長津ながつ 純子じゅんこは彼の妻だ」


「長津さんが……!」


 義堂は思わず絶句しつつも、心の奥でこのような行き違いになった経緯に納得した。


 今の話が事実なら、彼女にとって白秋、もとい西金家は義理の実家のようなもの。

 だが夫が亡くなってしまった以上、西の事情についてあまり多くを語らなかった。

 そして自身で直接出向くということも、心情的に難しかったのだろう。


「そしてそれ以降、後を継ぐ者は現れず、3年間この国の『国家最高戦力エージェント・ワン』の座は空いたままとなっている。

 ……だが、上層部はそれを嫌がっているようでな。

 とうに引退した儂の名を引っ張り出し、勝手に『国家最高戦力エージェント・ワン』へと登録しているという状況だ。

 無論、儂はそれを承諾してなどおらんが」


「我が国の『国家最高戦力エージェント・ワン』が3年も空席のまま……。

 しかし、貴方ほどの達人であれば再び現役に戻ることだって」


「いいや、無理だ」


 白秋は静かに首を横に振る。


「何故!」


「……見れば分かるだろう、齢だ。

 先程からお前は儂を高く評価しているようだが、そんなことはない。

 駿馬も老いれば駄馬に等しく、この体たらくではそこらの『異能者』ならまだしも、彼等には完全に後れを取ってしまうだろう」


「彼等?」


 義堂が首を傾げると、白秋は僅かに眉を動かす。


「他の『国家最高戦力エージェント・ワン』達だ。 

 既に話程度は聞いてると思うが、彼等はただの『異能者』たちとは一線を画す。

 それは持っている『異能』自体ももそうだが、身体能力や思考力に於いてもだ。まさしく次元が違う。

 別に彼等と直接戦ったり競い合ったりするわけではないが……国防や外交の要である以上、下手な人間はだせん。

 そしてかつて『国家最高戦力エージェント・ワン』だっただけの老人が通用する程、彼等の世界は甘くはない」


「ですが……」


 義堂は歯噛みし、長津から下された指令を思い出す。

 その内容は、「京都にいる『国家最高戦力エージェント・ワン』を、東京まで送り届けること」。期日は特に指定なし。

 あまりに簡単、というより拍子抜けする内容に義堂も一度は戸惑ったが、国内最高の『異能者』もある意味では国家の要人。

 しっかりとこなして見せよう、と思った矢先にとてつもない壁が立ちはだかってしまった。


(でも、長津さんはこうなる事を承知で俺を選んだ……。

 それに今は、俺自身の思いもある。

 つまりここで俺がやるべきことは……)


 義堂は小さく息を吐いて表情を直し、板の間に両手をつく。

 それは、人が頭を下げる際の準備の姿勢。


「確かに、貴方のお気持ちも理解できます。

 それに本来、既に引退された方を無理やり引っ張り出すのではなく、あくまで現役の自分たちで解決すべきでだというのも重々承知しています!

 ですが……」


 そして義堂はその頭を、床へと伏せる。


「どうか、我々に力を貸して下さい!

 『異能者』による犯罪は日々その規模も件数も増加しており、我々だけで対処するにはどうしても限界があります! 

 この国の安全の為、どうしても貴方の力が必要なんです!」


「いくら頭を下げられようと、聞けんものは聞けん。

 それに『国家最高戦力エージェント・ワン』の主任務は海外派遣だ。基本的に国内は管轄ではない」


「それでも、お願いします!」


 義堂はその額を床と向き合わせつつ、必死に懇願する。

 その様子に白秋は小さく息を吐き、


「……お前の上司には、儂の方から連絡しておく。

 その様子から察するに、無理難題に近い命令だったのだろう?

 ならば儂の方から口添えしておけば、お前の失態ということにはならん筈だ。

 お前は安心して東京に戻り、今後も己の仕事に励むがいい」


 立ち上がって部屋を後にしようとする。

 しかし、義堂も譲らない。


「いえ、これは上からの命令云々ではなく、私自身が望んでいることでもあります! 

 これからの『異能』犯罪に対処していう上で、貴方のような方の協力が絶対に必要なんです! 

 ですから、どうか……!」


 白秋の前に先回りし、再び頭を下げる。


「……こだわるな。

 お前にそこまでさせる理由が、何かあるのか?」


「それは……」


 その質問に義堂は一瞬口ごもった。


 一瞬頭に過ったのは、魔法を使って人知れず戦う親友の姿。

 だが『異能』側の人間であろう彼に、それを易々と言うわけにはいかない。


「ただ……この国の平和と安全を考えてのことです」


 なのでただ一言、そう漏らす。

 それは決して嘘ではないが、唯一の真実でもない言葉だった


「ふむ……」


 その様子を見下ろしながら、白秋は顎を撫でる。

 そしてしばし考え込み、


「嘘は言っていないが、真実は肚の中……と言ったところか。

 何を隠しているのかは知らんが……まあいい、熱意自体は認めよう」


「な、なら……!」


 顔を上げる義堂を、白秋は再び右手で制す。


「だから急くな。誰も東京へ行くとは言っていない。

 でもせっかくだ、そんなに力を求めるなら儂が少々手ほどきをしてやる。

 義堂よ、ついてこい」


「は、はい!」


 義堂は顔を明るくさせ、即座に立ち上がる。

 当初の目論見とは大幅に逸れてしまったが、かつては国の代表でもあった『異能者』に指導をもらえるというのはまたとない貴重な機会。

 僅かの緊張と大きな期待を膨らませながら、義堂はその老いた背中を追うのだった。


「純子め……こうなる事が分かっていて、この男を送りおったな」


「? 何か、言いましたか」


「……唯の独り言だ、気にするな」







 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







 サークル旅行一日目、正午。


 清水寺門前から東大路通まで伸びる清水道を、一行は練り歩いていた。


「……そういや先生って、京都は何度目なの?」


「二度目だな。

 一度目はお前等と同じように、修学旅行で来た」


「ふーん」


 それは男一人に多数の女子という、あまりに圧倒的な女子比率をした奇妙な集団。

 とはいえ行楽シーズン中の喧騒ゆえか、そこまで悪目立ちすることない。

 至って平穏無事なまま、英人たちは左右に広がる商店街を眺めていた。


「でもいいのか? 俺らとほっつき歩いてて。

 俺らはともかく、そっちは色々時間制限とかあるだろう」


「ん、大丈夫。今日は自由行動の日だし。

 大まかな予定は決めてるけど、急いではないよ」


「そうなのか」


「そーなのさ」


 美智子は人ごみを歩きつつ、チラリと後ろの彩那や唯香と眼を合わせる。

 すると二人は「はいはい分かってますよ」といった表情で、一様に笑って小さく頷いた。


「……もう」


「ん?」


「いやなんでも。

 それよりさせっかくだからさ、一緒にお昼食べない?」


「あー……」


 美智子の提案に、英人は一瞬考え込む。


 時刻はちょうど正午であるし、昼食にはちょうどいい時間だ。

 女子高生の、それも修学旅行中の集団と一緒に食べるというのは若干気が引けるが、これはこれで巡り合わせだろう。


 英人は早速薫に判断を仰ごうと振り向くと、


「ああ、いいんじゃないかい?

 せっかくだし皆一緒に食べた方がいいだろう」


「了解です。

 ってなわけで、一緒に食うか」


「うん!

 泉さんもありがとうございます!」


「なに、礼には及ばないさ」


 薫は得意そうに笑い、手を振る。

 これで昼食の件は決まりだ。


「となると……問題はどこで食うかだな。

 どこか当てあるか?」


「一応彩那たちが、事前に目ぼしいお店はピックアップしてるみたいだけど……」


 しかし、いきなり大所帯になった以上、すぐに決まるわけでもない。

 どうしたものか、と思いつつ二人が歩を進めていた矢先。


「……ん、何だあれ?」


「何かの撮影、かな……?」


 観光客でごった返す人ごみの中に突如として、半円状の人だかりが出現した。

 そして、その内側には――


「さあ! 今日も始まりました『おいでやす、京都まちさんぽ』!

 本日は観光客で大いに賑わう、清水通りからお送りしています。

 そして今日は、なんと超豪華なゲストがいらしてくれました!

 それでは、早速どうぞ!」


「はい、水無月 楓乃です!

 今日は宜しくお願いします」


「というわけで、今日のゲストは水無月みなづき 楓乃かえのさん!

 いやー、やっぱり間近で見ると本当に美人ですね!」


「ふふ、ありがとうございます」



 英人の高校時代の後輩で、今は国民を代表する大女優。

『水無月 楓乃』こと桜木さくらぎ 楓乃かえのが、カメラを前に笑顔を振りまいていた。

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