京都英雄百鬼夜行③『タツジン!』
「うお、マジかよ」
「先生、何でここに……ってなにその反応?」
教え子に会うなり微妙そうな顔を浮かべる英人に対し、美智子はジト目で見つめ返す。
数多の観光客で賑わう清水の舞台で、不満げな表情をしているのは今この二人だけだった。
「別に変な意味じゃない。
しかし、確かに今週末から修学旅行とは聞いてたが……いきなり会うかね」
英人は額に手を当て、溜息をつく。
一応は家庭教師として指導している以上、美智子の大まかなスケジュールは当然把握している。
修学旅行の日程なんて、それこそ夏休み前から織り込み済みだ。
だからサークル旅行の話を聞いた時は一抹の不安があったわけだが……まさか早くも的中するとは思いもよらなかった。
別に会うこと自体が嫌だというわけではないが、旅先で出くわすとなれば話は別。気恥ずかしいったらない。
こんなるんだったら前もって詳細な旅程を聞いておくんだった、と英人は後悔した。
「むむ。
でも先生だって京都に行く予定があるなら、言ってくれればよかったのに。
なんかズルくない?」
「突然決まったからな。
言うヒマがなかったんだよ」
「ほんとにぃ?」
美智子はずいっと身を乗り出し、英人の顔を覗き込む。
家庭教師を始めた頃から考えると、ずいぶん自然に距離を縮めてくるようになった。
だがそうこうしている内に、
「あ! 八坂先生じゃん!
奇遇ー!」
「うわマジじゃん。
十月祭以来だから……一ヶ月ぶりくらい?」
「やべぇ、ぞろぞろ来やがった……」
人ごみの奥から、
さらには後ろからも、
「おーい八坂君。
カメラは大丈夫かい……ん?」
「あ……都築さん?」
「ア! お久しぶりです!」
ファン研の面々が様子を見に登場した。
こうなったらもう収集がつかない。
一人のアラサー男の周囲を、女子高生と女子大生の集団が取り囲む。
端から見たら羨ましいことこの上ない絵面であったが、当の本人はこの場をどう捌くかで頭がいっぱいだった。
「あ、泉さん。
お久しぶりです!」
「ああ、沖縄の時は世話になった。
ところでこれは……修学旅行かい?」
「あ、はい……まあそんな感じで」
美智子は小さく頷く。
するといきなり彩那が後ろから抱き着き、
「ねえねぇつづみん、この人たちは!?」
「あーもういきなり……先生お願い!」
「そこで俺に振るのかよ……まあいいか。
とりあえずこの人たちは同じサークルのメンバーで、一番左が代表の泉 薫。
そして順に秦野 美鈴とカトリーヌ=フレイベルガだ」
「宜しく」
「宜しくお願いします」
「ヨロシクです!」
英人が溜息交じりに紹介すると、三人は一様に会釈をする。
「あ……私はつづみんのクラスメートで、綾瀬 彩那って言います!
修学旅行の班も一緒です!」
「アタシは根岸 唯香。
同じく美智子のクラスメートさ!」
「ああ宜しく……しかし、八坂君」
「はい?」
英人が振り向く間もなく、薫はその耳元へと顔を寄せる。
「君、なんでこんなに女子高生の知り合いが多いんだい?
一歩間違えれば犯罪だよ?」
「……単純に美智子からの流れですよ。
それも学際で会ったくらいですし」
「まあ口では何とでも言えるが……うむ、これはサシ飲みの必要があるな。
今日の夜は楽しみにしてい給え」
「いや何でっすか……」
英人は露骨に嫌そうな顔を浮かべる。
最早彼女の持ちネタと化しつつあるサシ飲みだが、英人にとってはやる度にひと悶着もふた悶着もあった思い出しかない。
「うわすご。髪真っ白でキレー!
んでこっちはスゴイ艶とキューティクルの黒髪……どんなシャンプー使ってるんです?」
「トクにこだわりは……でも根岸さんも、とても髪お洒落です」
「私も市販で安くなっているのを適当に……」
「ウッソー!
それでこんなになるの!? ヤバくない!?」
そして一方では、カトリーヌたち三人はガールズトークっぽい会話で盛り上がっている。
女三人いれば姦しいとは言うが、本当に仲良くなる速度が異常だ。
「な、なんか……変な感じになっちゃね、つづみん。
それにしても……」
彩那はファン研の女子一行を見つめる。
王子様タイプの麗人に、地味ながらもスタイルいい系の美女。
果ては北欧系の美人までいる。
「なんか……みんなやたらレベル高くない?
それにそんな人たちを侍らせて……今更だけど、八坂先生って何者なん? つづみん」
「そんなん私が聞きたい位だよ……」
小さくため息を吐きながら、美智子は英人の様子を眺める。
沖縄旅行で彼の周りに綺麗どころが多いのは知っていたが、いざ再び目の当たりにするとそれはそれで複雑なのは確か。
「なんというか……まあ頑張って、つづみん。
ルックスなら全然負けてないと思うし、後はJKブランドで押せばイケるイケる」
「いやいや……」
美智子は雑に背中を押してくる親友に親友に苦笑しつつ、
(……でも、これもある意味チャンスかも)
密かに心の中でやる気の炎を滾らせるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ここか……」
山肌を一直線に上る石階段を見上げ、義堂は小さく呟く。
京都市左京区。
嵐山近辺の山中をさらに奥深く進み、鬱蒼と茂る竹林を抜けた先にそれはあった。
その名は
そしてこの石段を上った先に、我が国最高の『異能者』がいるという。
一体、どういう人物なのか。
義堂はやや緊張しつつも早速石段に足を掛け、上り始めた。
(しかし京都、もとい大昔の都にこんな場所があったとは……。
『異能者』の歴史も古いと言うわけか)
一歩一歩上りながら、義堂は純子の言葉を思い出す。
『――義堂、この国における異能の常識を知ってるかい?』
『……何でしょうか』
『西高東低、だよ。
つまりは関西、特に京都の連中の方が完全に上なのさ。
実力はもちろん、その歴史においてもね』
『ですがその割には、京都関連の情報はほとんど耳に入ってこないのはどういう事でしょうか。
実力があるというのなら、もう少しこちらに影響なり何なりがあってもいいと思うのですが』
『まあ完全にないわけじゃないんだけどね。江戸時代にこっちに移った分家筋もいるし。
といってもそれはほんの一部の例外で、基本は京都にこもってばかり。
奴ら力はやたらあるくせに、何故か古の都を守ることばかり優先しやがるからねぇ。
全く、今のこの国の首都は東京だというのに……』
『そうですか……しかし、それならどうして京都の人間が国家最高戦力になれたのですか?
今までの話を考えるなら、京都のスタンスは国家最高戦力の職務と相反するようなのですが』
『おおいい質問だ。鋭いねぇ。
ま、つってもその答えはいたって簡単。
それはな、』
『それは?』
『ただ単にその人物が、京都において異端中の異端だったからさ』
そして純子が言うに、京都には四つ『異能』の大家が存在する。
北の
東の
南の
そして西の
その中で北東南は世襲制であるが、西だけは襲名制。
なのである意味では異端が生まれやすい土壌だったのかもしれない。
ともあれこの『
(しかしこの階段、想像以上に長い……!)
義堂は少々息を切らしながらも、黙々と石段を上っていく。
ちょうど、七割ほど登ったあたりだろうか。だがまだまだ距離があるようにも思える。
京都が誇る『護国四姓』の洗礼を、義堂は早くも受けたような気がした。
「ここか……」
長い長い石階段を何とか上り切り、鳥居をくぐると、古風ながらもしっかりとした境内が広がっていた。
その敷地は中々に広く、手水舎や狛犬、拝殿等のお馴染みの施設はそれなりに掃除や手入れがされているような印象を受ける。
ただ、気になることが一点。
「誰も……いないのか?」
義堂は境内を見回す。
これだけの規模の神社だというのに、参拝客はおろか神職や巫女の一人もいないというのはおかしい。
まさか、拝殿の中にいるのだろうか。
そう思い、義堂が歩を進めようとした瞬間。
「――何か、御用ですか?」
「!?」
突如、後ろから声が聞こえてきた。
義堂は慌てて振り返る。
「失敬。
驚かせるつもりはなかったのですが」
「い、いえ……」
義堂は小さく頭を下げる。
そこにいたのは、白衣を着た細目の神職だった。
「おや……もしかして、警察の方ですか?」
「え、ええ。
警察庁所属の、義堂と申します」
警察手帳片手に自己紹介をすると、細目の神職は得心したような表情を見せ、
「ああそうでしたか! ええ、話は伺ってます。
早速ご案内いたしましょう」
「は、はい」
「では、こちらに」
そして義堂は細目の神職の案内に従い、拝殿へと上がっていく。
話が早いのは助かるが、身構えていただけに肩透かしを食らった感が否めなかった。
だが、それでも。
(この神職も、おそらくは『異能者』……!)
義堂は神妙な目つきで、神職の背中を見つめる。
全く人の気配のなかった筈なのに、突如として背後をとられた。
義堂とて武術の心得はある。敵地ではないと言えど、こんな特殊な場所で完全に警戒を解くことなどありえない。
だがそれでも、彼の接近にはまるで気が付かなかった。
(これが、京都の『護国四姓』。
いにしえの時代からの『異能』一家と言うわけか)
初めて踏み入るその領域に、義堂は緊張を大きくする。
そして、
「こちらです」
義堂はその場所へとたどり着いた。
そこは拝殿を奥に行った小さな部屋で、障子で簡易に仕切られているだけの簡素なもの。
一方細目の神職は、どうぞとだけ言い残して早々に去っていってしまった。
おそらく、気を使ってくれたのだろう。
義堂はネクタイを軽く直し、深呼吸一つ。
「……失礼します」
ゆっくりと、その障子を開いた。
そして入るなり人影を認めると、先んじて口を開く。
「警察庁異能課所属、義堂 誠一と申します。
貴方が……我が国の『
西金家当主――
するとその人影は小さく息を吐き、
「……違うな」
正座のままこちらへと向き直る。
おそらくは70を超えたあたりの、一人の老人だった。
だがそれは顔に刻まれた皺や白一色の頭髪からそう判断しただけで、肉体や纏う雰囲気の方はそうではない。
全くとしてぶれない体幹に重心に、袖から覗く
そして瞳に宿る気勢は、老いというものを微塵も感じさせない。
「元、『
その姿は、途方もない鍛錬と修羅場を重ねた末に至るであろう到達点。
まさに、達人そのものであった。
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