京都英雄百鬼夜行②『今はいないです』
――初めて会った時のことは、今でもはっきりと覚えている。
そうこれまであった、それこそどんな記憶よりも鮮明に。
「……なんか、大変なことになっちまった」
とある屋敷の裏庭で、一人の少年が呆然と立ち尽くしていた。
それは何処にでもいそうな、やや陰気がちなことだけが特徴の少年。その名も八坂 英人。
高校を卒業したばかりの、18歳の浪人生だった。
英人はそわそわと体を震わせつつ、幾度も首を振って周囲を見渡す。
だが何度見ても、そこはまるで海外の観光名所のような宮殿。
さすがに裏庭ということで正面庭園ほどの華麗さはないが、英人にとってはまるで別世界の景色だった。
……「別世界」という言葉が比喩であったのなら、どんなに良かったことだろう。
「マジで、異世界に来ちまうなんて……!」
英人は声を震わせる。
それはずっと、アニメやマンガ、ライトノベルの中だけの絵空事だと思っていた。
確かに十代の英人とて、『異世界』という言葉自体に全く憧れがなかった訳ではない。
寝る前にくだらない妄想をしたことなら何度だってある。
しかしいざ実際にその身ひとつで訪れてみると、全然違った。
自分はいま、この未知なる世界でたった一人とういう事実。
その孤独感と恐怖感で、足がすくみそうになる。
「やってけるのか、俺……!?」
幸い、この王国――ユスティニアが国を挙げて召喚したお陰で、現状生命と身分は保証されている。
つまり、当面は野垂れ死んだりする可能性は低い。
異世界転移した場合の相場など分かるはずもないが、おそらくはマシな部類に入るのだろう。
だが、王宮にいた偉い方の話によると、この世界は『魔族』との戦争の真っ只中にあるらしい。
「そして俺は、そこで戦う為に喚ばれた……!」
どうやら偉い方の言い分では、かつて『魔族』の軍勢を退けた『英雄』がいて、その人物がが現実世界からの転移者だったという。
今回はそんな大昔の伝説に倣った結果というわけだ。
つまり、自分は近いうちにその戦争へと駆り出されることになる。
英人にとっては『異世界』の存在よりも、その事実の方が途方もなく非現実的に感じた。
この世界に来てから二日目。
今のところ、自身に特別な力が発現している兆候はない。
そのことにお偉方は嘆息していたが、それでも味方の士気の上げるための神輿に利用されるであろうことは容易に想像がつく。
だが、そんなことは今はどうでもいい。
問題は今が戦時中である以上、力がなければ生きていけないということだ。
その残酷な事実に、英人は思わず絶望で膝から崩れ落ちてしまいそうになる。
その時。
「――ヤサカ、ヒデト殿ですね?」
前方から、凛とした女性の声が響いた。
「あ、はい!」
そうだ、今日から戦闘訓練ということで教官が来る約束だった。
思い出した英人は急いで顔を上げる。
「あ……」
それは白く、そして美しい騎士だった。
兜も、鎧も、外套も、その全てが眩しいほどに白い。
まるで、雪国の新雪をそのまま身に纏っているようだった。
白騎士は英人の姿を確認すると、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「……待たせてしまい、申し訳ありません。
私はユスティニア王国上級特別騎士、リザリア=ブランシール。
勅命により、貴方の教官を務めさせて頂きます」
白騎士はそう言って英人の前に立ち、兜を脱いでその輝くような金の長髪が解き放つ。
さらにその下からは、清廉さと力強さと可憐さ全てを兼ね備えたような、まさに完全無欠とも言える美貌が姿を現した。
「あ……」
英人は一瞬、息をすることすら忘れてしまう。
それほどまでに彼女は美しく、そして気高かった。
「あの……?」
「ああすみません! はい俺、八坂 英人です!
えーと……今日は、宜しくお願いします!」
その女神の如き美女が僅かに首を傾げているのを見、英人は慌てて背を正す。
一人の女性を前にして、ここまで取り乱してしまったのは初めてかもしれない。
だがそんな彼の動揺すら優しく受け止めるようにリザリアは微笑み、
「ええ、宜しくお願いします。
『魔族』の軍勢を倒すため、共に頑張りましょう」
そっとその右腕を差し出した。
――そう、この日。そしてこの時。
後に『英雄』となる少年は、後に最愛となる騎士と、出会ったのだ。
――――――
――――
――
「――ん……」
「おや、起きたかい?
とりあえず、もうそろそろ京都に着くよ」
「そうですか……」
英人は新幹線の座席から身を起こし、窓を覗く。
目に入るのは、都市の郊外にありがちな住宅街と小型の雑居ビル。そして古の都らしく、年季の入った寺社や邸宅等もちらほら見える。
どうやら薫の言ったようにもうすぐ京都というのは本当らしい。
「しかし、本当によく寝てたよ。
最初は代表として居眠りするような輩は叩き起こしてやろうと思ったんだが、二人に止められてね」
「いやさすがに今回のメインである人を、無理やり起こすというのは……」
「デ、デスよね」
美鈴とカトリーヌは互いに顔を見合わせ苦笑する。
因みに座席は二人一列の席を回転させ、四人席にしている状態。
今回は英人への誕生日プレゼントという部分もあり、英人自身は窓際の特等席に座らせてもらっている。
「うーん、もしかしたら疲れが溜まってんのかな?」
「全く……いくら誕生日プレゼントと言えど、サークル旅行でもあることを忘れないでもらいたいね。
ちなみに、良い夢は見れたかい?」
薫は体を前のめりに寄せ、英人の顔を覗き込む。
「いや別に、ただ昔の思い出ってだけですよ」
もちろん、英人としてはその質問に馬鹿正直に答える訳にはいかないので、適当にぼかした。
だがその返答に納得いかなかったのか薫はさらにジト目になり、
「ふーん……じゃあ寝言で言ってた女性の名前はなんだったんだい?」
「……はぁ?」
「ほら、何度も言ってたじゃないか。
元カノか何か?」
穏やかな目覚めから一転、いつの間にやら座席の周囲はまるで取り調べのような空気になっている。
しかし、英人としても退くわけにはいかない。
「……確認ですけど、もし言ってたなら教えてくれません?
その名前とやらを」
「……」
「どうなんです?」
そしてしばしの間、座席には沈黙が流れる。
その間もまるでポーカーのような心理戦が続いていたが、
「……ふぅむ、駄目だったか」
先に薫の方が音を上げた。
「やっぱりハッタリでしたか」
「まあね。あーあ、もう少しでいけると思ったんだがなぁ。
秦野君もカトリーヌ君も知りたいだろう? 八坂君の過去もとい女性関係」
「いやいや、旅の余興気分で人の過去掘り返さんで下さいよ。
それに、俺の女性関係なんて知ったところで――」
面白くないだろ、と言おうとして英人は美鈴たちの方を横目で見た。
しかし、
「確かに代表の言う通り、かもしれません」
「チョット興味あるかも……」
予想に反してかなり興味深々なのか、二人はコクコクとしきりに頷いている。
「ほら、ね?」
「えぇ……」
思わず、溜息を漏らす英人。
『間もなく京都、京都です』
そしてその微妙な空気を切るように、到着を知らせるアナウンスが鳴る。
兎にも角にも、ファンタジー研究会のサークル旅行がここに幕を開けるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
サークル旅行一日目、午前。
「にしても初っ端から清水寺とは……修学旅行か」
「二泊三日だしね。
ある程度こういう定番どころも回っておかないと」
英人の言葉通り、ファン研一行は古都京都における名所中の名所、清水寺に来ていた。
行楽シーズンの、しかも連休真っ只中ということで周囲にはかなりの観光客が押し寄せている。
気を付けていないと、うっかりはぐれてしまいそうなほどだ。
「といっても中学の時に一度行ってるからどうもありがたみ、というか新鮮さが……」
「まあ私も中学で行ったクチなんけどね。
でも二人の方は、ほら」
薫は手で左の方を示す。
「すごい、ここが……!
今まで年越しの番組でしか見てなかったけど、昼間はこんなに人多いんだ……」
「スゴイ……来て良かったです」
するとそこではカトリーヌと美鈴が共に目をキラキラさせ、その風景を楽しんでいる姿があった。
英人は歩きつつ、美鈴に声を掛ける。
「ああそうか。
カトリーヌはともかく、美鈴さんも京都初めてだったか」
「はい。
中学も高校も、そういう行事をやる所ではなかったですから」
「そうか……」
伊勢崎村での一件で、美鈴の境遇については大方聞いている。
確かにその状況であれば、修学旅行どころか普通の旅行すらも夢のまた夢だったろう。
それなのに誕生日だからと自身の旅費を出させてしまい、英人は申し訳ない気持ちになる。
しかし美鈴はその様子を察したように口を開き、
「あ……でもあれ以来、お詫びということで村から仕送りが来るようになりましたから。
クラブのお給料も合わせると、今では結構余裕あるんですよ?」
「そうか……ってことはクラブの方はまだ続けてるんだな」
「はい。
これまで色々とお世話になった所ですし、それに……」
「おーい! 二人ともこっちだこっち!」
声のした方へ視線を向けてみると、薫とカトリーヌがいつの間にやら先行していた。
おそらく、人の流れに押されてしまったのだろう。
「あ、いつの間に……行きましょうか、英人さん」
「ああ」
美鈴は小走りで掛け、二人の下へと向かう。
だが数歩歩進んだ所でふと立ち止まって振り返り、
「それにクラブだけで見せる『スズ』という側面も、結構好きなんです」
柔らかくも色気のある微笑みを浮かべた。
……………
…………
……
「タカイですね!
ソシテ、いい景色!」
「ここが、清水の舞台……!」
舞台から望む景色に、カトリーヌと美鈴は感動に身を震わせる。
あれから十数分。一行は清水寺のメインスポット、本堂の舞台にまで来ていた。
「見給え八坂君、あの二人のはしゃぎようを。
旅行に来た甲斐があったというものだ」
「ですね。
しかし、ここは特に人が多いな……」
「行楽シーズンだからね。
国内はもちろん、海外からも大勢来るしそれに今の時期は……ほら、修学旅行の学生も沢山いる」
人ごみを避けながら、英人は周囲を見渡す。
確かに大勢の観光客に混じって、学生服の姿もあちこちに見える。
英人や薫にとっては、少し懐かしい光景であった。
「よし! せっかくだし、景色をバックに集合写真でも撮るか!
八坂君、カメラの準備するから撮ってくれる人、探してきてくれるかい?」
「分かりました」
英人は頷き、早速人ごみの中を物色し始める。
しかし、無駄に選択肢が多いせいで逆に迷ってしまった。
(外国人と高齢者は避けた方が無難だよな……)
なら学生とかがいいか、と思った時。
モデルのような長身に、僅かに青みがかったショートのルーズウェーブヘアをした、何やら見覚えのある女子高生とばったり出くわした。
「……あ」
「……先生?」
それは、英人の家庭教師の生徒。
早応大学女子高等学校二年生、
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