第五部:元『英雄』の戦う理由

京都英雄百鬼夜行①『誕生日おめでとう』

「――『国家最高戦力エージェント・ワン』、という言葉を知っているかい?」


 机上にその長い脚を放り出しながら警察庁『異能課』課長、長津 純子は呟くようにそう言った。


 その日は、10月の最終週。

 外は思わず体を動かしたくなるような秋晴れ。

 だが窓のない地下室においては、ただ蛍光灯のみが寂しく照っていた。


「……一応は。

 といっても、本当に知っているだけですが」


 その言葉に、義堂は神妙な面持ちで答える。


 先程までは上機嫌に上層部との会議に臨んでいた筈だが、帰ってくるなり仏頂面でこの質問。

 腹の虫が悪い、というわけでもないのだろうが、その会議でなにやら大きな問題を持って帰って来たであろうことは明らかだ。

 普段はやや浮ついた感のある部署であるが、さすがにその変化を察したのか、室内にはピリピリとした空気が張り詰める。


「ふぅん、そうかい。

 ならキャリアのエリートらしく、分かるように説明してもらおうじゃないか。

 出来るだろ?」


「……ええ、分かりました。

 『国家最高戦力』とは主要先進国に登録されている、その国で最も強力とされている『異能者』のことです。

 その主な任務としては、国外における諜報活動及び『異能』犯罪の捜査。

 しかし昨今では冷戦の終結と『異能』犯罪の国際化に伴い、捜査の方が専らであると聞いています」


「そうだ。まあ国内での活動もないことはないが、基本国外での活動がほとんど。

 というより国外に派遣される『異能者』はそいつらだけだ。

 それじゃあ、一国につきたった一人だけを登録している理由は?」


「それは主要先進国といえど『異能者』捜査官の絶対数は少なく、どうしても国内の『異能』犯罪にかかりきりになってしまうからだと。

 加えて『異能』は人によって千差万別ですから、異国という慣れない地において『異能者』同士で連携を組むのはあまり効率的ではない。

 ならばいっそ強力な『異能者』ひとりを国外に派遣し、それを全力でサポートした方がいい。

 そのような各国の事情から、この『国家最高戦力エージェント・ワン』制度は自然発生的に確立したと」


 義堂からの説明を聞き終えると、純子は満足そうに頷く。


「うん。教科書通りの、そして及第点の回答って感じだね。

 まあどこの教科書にも『国家最高戦力エージェント・ワン』なんて出てこないだろうけどさ。

 じゃあついでにもう一問、我が国における『国家最高戦力エージェント・ワン』は誰か、知ってるかい?」


 そして机上の足を組みなおし、純子はまたも義堂に尋ねた。

 心なしか、その視線はいつになく鋭い。


「それは……分かりません。そもそも知らされてませんから。

 異能課に在籍する私にすら伏せられているというのは、やはり最重要機密だからですか?」


「うーんまあそれも、あるんだけどねぇ……つっても『異能』犯罪に関わる人間にまで秘密と言うことはない。

 原因はもうちょっと別の所にあるのさ。この国に限ってはね」


「と、言うと?」


 義堂は僅かに表情をしかめる。

 いつもは豪快と言うか、実直な言動が特徴的な人物の筈だが、今回はどうにも話の要領を得ない。

 義堂がやや不審に思っていると、純子は重々しくその口を開く。


「……実はさっきの会議で、ウチに一つの命令が来た。

 その『国家最高戦力エージェント・ワン』関連でね。

 内容も、その原因に絡んだものだ」


「……! それは……!」


 義堂は目を見開く。

 着任してからまだ日の浅い義堂でも、彼女が『国家最高戦力エージェント・ワン』に関する話を避けているという印象自体は感じていた。

 それをいきなり話題に出したというのがやや疑問だった訳だが、上層部からの指令と言うことなら合点がいく。


 しかし、『国家最高戦力エージェント・ワン』に関する依頼とは……?


 義堂がそう疑問に思っている中、純子はさらに言葉を続ける。


「という訳でだ、義堂。

 私はお前にこの任務を任せたいと思ってる」


「私が、ですか?

 しかし……」


 義堂は横目で室内にいる異能課メンバーを見渡す。

 別に命令されること自体に不服があるわけではない。

 だがこの国の最高機密に関わるような任務を新参者の自分がやるという事に戸惑いを覚えていた。


 しかし、それでも純子はその眼差しを義堂から外そうとしない。


「いや、今回はお前みたいな奴の方がいいだろう。

 先方の性格から言っても、あまり大人数で押し掛けるのは得策じゃあないし。

 だから義堂、今回はお前単独での出張だ」


「はい、了解です」


 なぜ自身に白羽の矢が立ったのかは不明瞭であったが、義堂はその指令をふたつ返事で承諾した。


 長津 純子という人物は警察官としては不真面目であるが、異能課を統べる能力自体は本物。

 短い付き合いながらもそれを信頼している以上、義堂には頷く以外の選択肢はなかった。


 一方でその義堂の様子を見た純子は机からようやく脚を下ろし、立ち上がる。


「いいねぇ話が話が早くて。

 じゃあ改めて指令を下そう――義堂、京都へ行け。

 我が国最高の『異能者』は、そこにいる」


 そして、いつも通りの不敵な笑顔を浮かべた。







 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 義堂に京都出張の指令が下ったのと同じ日。

 私立早応大学のキャンパスは、今日も今日とて多くの学生で賑わっていた。


 秋学期が開始してから早ひと月。

 夏休み明け特有の浮ついたテンションはさすがに加減落ち着き、学生たちはおおよそ普段通りの学生生活を送っている。


 そんな中、周囲よりも一回り上の年齢のせいかやや悪目立ちしてしまっている男が一人。


「あ、あの人……」


「うん、だよね……」


 好奇の視線やヒソヒソ話が刺さるが、気にする素振りもなくキャンパスを練り歩く。

 これでもピーク時に比べればかなりマシになった方だ。

 このように八坂 英人――『異世界』帰りのアラサー男子大学生は、ある意味ではこの大学における有名人であった。


(ま、つっても昨年のミス早応との絡みからそうなっちまった訳だが)


 英人はポケットからスマホを取り出し、画面を確認する。

 すると時刻は既に午後の三時を回ろうかという頃。

 あまり遅いとあのウザ絡みが特徴のファン研代表が機嫌を悪くしかねない。


 英人はスマホをズボンの左ポケットに突っ込み、目的地へと急ぐのだった。



 ………………


 …………


 ……




「……ん?」


 英人は部室のドアに手の甲をつけまま、首を傾げた。

 いつもならノックをすればこの向こうからファン研部長、イズミ カオルの返事が聞こえてくるはずだが、今日はそれがない。


(今日は絶対に来いと言ったのはあの人だし、休んでる訳はないと思うんだが……)


 それに休んだら休んだで、残りのメンバーである秦野ハダノ 美鈴ミスズかカトリーヌ=フレイベルガのどちらかが代わりに返事をくれるはずだ。

 英人は少々疑問を感じつつ、ドアを開けて中に入ると、



「「「誕生日、おめでとー!」」」



 突如その掛け声と共に、クラッカーが三つ鳴った。


「お、おう……」


「いやー確か今日だったろ? 誕生日。

 ファン研の代表として、是非祝っておかねばという話になってね。

 どうだい、驚いたろう?」


「それにせっかくならサプライズで祝おうということで、実は私たち三人で密かに準備を……」


「ダイ成功ですね!」


 キャッキャッと喜ぶ女子三人。

 そしてそれを唖然とした表情で見つめる英人。


 あまりに突然の出来事に、再び動き出すまでに数秒ばかりの時間を要してしまった。


「え、えーと……どうも?」


「んんー!?

 せっかく女子三人が男一人を祝っているというのに、なんだいそのつれない態度は?

 ここは男子学生らしく、もっと喜んでもいいと思うのだが? なあ秦野君」


「ま、まあ突然のことだったので英人さんもビックリされてるだけだと思います」


「確かにその通りなんだけどな。

 しかし……」


 英人は頭を掻きつつ、いつも通り鞄を中央の机に置いて定位置につく。

 よく見てみると、上には菓子やらケーキ屋やらが置いてある。


「ア……チョットしたバースデーパーティをやろうと思って、色々買って来ました」


「まあ全部コンビニで買ってきただけなんだけどね。

 ほら、部室じゃあまりご大層な準備もできないだろう?

 だから少々安っぽくてアレだがこれも我々ファン研からの日頃の感謝の気持ちだ。遠慮せずに食べて欲しい」


「そうですか……ありがとうございます」


 英人はパイプ椅子に腰かけ、いま一度机の上を眺める。


 市販のお菓子に、コンビニのケーキ、そしてペットボトルのジュース。

 さらに目の前には紙コップと紙皿が丁寧に置かれてある。

 いかにも学生が即席で作ったパーティー会場感がありありだが、ある意味こっちの方が親しみが湧きやすい。

 それに英人自身、まさか彼女らが祝ってくれるとは思ってもみてなかったので嬉しさもひとしおだった。


「さ、英人さん」


「ん? ああ」


 とりあえず紙コップを持ってみると、美鈴が隣に座ってジュースを注いでくる。

 やはりクラブで慣れているせいからか、その動作は流れるようにスムーズだ。

 心なしか、纏う雰囲気もいつもの美鈴というよりはホステス「スズ」の様だった。


「んむぅ、なんだか自然と二人の世界に入ってしまっているのは激しく気になるが……まあいい。

 せっかくだし、ここでプレゼントも渡してしまうとするか!」


「え、プレゼントまであるんですか?」


「そりゃあもちろん。

 いくら学生身分とはいえ、私たちは大学生だよ? 市販のお菓子とケーキだけ振舞って終わり、ではいくらなんでも寂しいじゃないか。

 というわけでカトリーヌ君」


「ハイ。

 八坂さん、これが私たちからのプレゼントです!」


 そう言ってカトリーヌはニッコリと笑い、鞄から横長の封筒を取り出して机に置く。


「開けてみたまえ」


「はい……」


 薫の勧めるまま、その中を開いてみる。

 すると、そこにはいっていたのは新幹線の切符だった。


「京都行の指定席券……!?

 日付は……今週の土曜日って」


「ああ、そうだ。 

 我々からのプレゼントは二泊三日の京都旅行さ!

 ま、メインは我らがファン研のサークル旅行ではあるのだが」


「ああ、だから次の三連休は予定を空けとけと……」


 英人は得心した表情を浮かべる。

 先月からいやに予定を空けろ空けろとうるさかったが、この時のためだったのだ。

 まさか、それが二泊三日のサークル旅行とは思いもしなかったが。


「そういう事。

 突然で、しかも我々も一緒だけど……大丈夫かい?」


「ええ、もちろん」


 英人が微笑むと、三人は表情をぱあっと明るくさせる。


「よかったぁ……!」


「ヤリマしたね、泉さん!」


「ふふっ、私に掛かれば八坂君の一人や二人、余裕さ。

 ああそうそう、宿や旅程についても私たちの方で決めてあるから安心してくれ。

 君はただ純粋に、旅行を楽しんでほしい」


「はい、ありがとうございます」


「うん……じゃあそれでは」


 薫はジュースの入った紙コップを持ち、代表席から立ち上がる。


「八坂君の誕生日を祝って……乾杯!」


「「「カンパーイ!」」」


 そして四つの紙コップが、天井へと小さく掲げられたのだった。







「……もちろん、夜は私とのサシ飲みもあるよ?」


「あ、夜は実家に帰るんで結構です」


「むむむむ……!」

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