輝きを求めて㉔『さあみんなの前で』

「グッ……!」


人狼ワーウルフ』は歯噛みしつつ、自慢の脚力で纏わりついた氷を強引に引っぺがし、間合いを取る。


 自身の腕も足も、一瞬にして氷漬けにするほどの氷結速度。

 その能力の強力さに『人狼ワーウルフ』は一旦攻勢を止め、様子見に徹することを選択した。


「あら、いちおう退くアタマくらいはあるのね。

 でも無駄よ。アナタはもう氷漬けにするって決めたから」


 だが『D・D』に扮する楓乃は眉一つ動かさない。


 そのまま静かに左手を掲げ、長さ50センチほどの縦長の氷塊を作り出す。

 そしてそれを砕き、


「――『氷扇ひょうせん』」


 中から氷で出来た扇子を取り出した。


 これこそが『D・D』の代名詞とも言える武器、『氷扇』。

 歴代の作品の中で彼女はこれを手に数々の敵を屠り、凍らせてきた。


「さて、さっさと終わらせましょ」


 そして楓乃はその氷扇を、まるで本当に使い慣れた道具のように軽くそしてしなやかに仰ぐ。

 するとどこからともなく出現したのは、長さ40センチほどの氷柱が数本。


 楓乃は氷扇を再び仰ぎ返し、その氷柱の群れを『人狼ワーウルフ』めがけて射出した。


「グウッ!」


 鋭い風切り音と共に向かって来るそれを、『人狼ワーウルフ』は持ち前の反射神経で何とか躱す。


 しかし、氷の女帝からの攻撃はこれで終わることはない。次々と第二、第三の氷柱を生成し発射していく。


「ほらほら、しっかり避けないと死んじゃうわよ?」


「ク、クソッ……!」


 雨のように降り注ぐ氷柱を前に、『人狼ワーウルフ』は防戦一方。

 このままでは近づく事すらままならず、傷ついていくだけ――『人狼ワーウルフ』に残された選択肢は一つだけだった。


「『人生山あり谷あり』――!」


 それはもちろん、自身の『異能』を使っての瞬間移動。

人狼ワーウルフ』はひとまず別の階へと避難し、態勢を整えた後再び能力で奇襲をかけるつもりだった。


 しかし。


「逃がすわけ、ないでしょ?」


 その直前に楓乃が氷扇を大きく仰ぐ。

 すると突如として『人狼ワーウルフ』の周囲を猛烈な突風と雪が覆い尽くした。


「グ、ガ……!」


 それはまるで、『人狼ワーウルフ』の半径数メートル内だけに発生した猛吹雪。

 そのあまりの威力に口からはうめき声が漏れ、体は徐々に宙を浮く。


「さっき見せた瞬間移動、あれ室内だけでしか使えないでしょ?

 だからわざわざ『ハロウィン会』で賑わっているはずの校庭ではなく、校舎内で暴れることを選んだ。

 違う?」


「ググ……!」


「ほら質問にさっさと答えなさい……って口が凍えちゃって話せない、か」


 再び楓乃は氷扇を仰ぐ。

 すると『人狼ワーウルフ』を覆う猛吹雪はさらに激しさを増した。


「ガアアァッ!?」


「そのまま、外まで吹っ飛びなさいな」


 そして遂に『人狼ワーウルフ』の体ごと窓を突き破り、そのまま校舎外へと吹き飛ばしてしまった。


「……ま、ひとまずはこんなところね」


「な、何だ今のは……!?」


 震えた声で、清治が尋ねる。


「何だって……その位見れば分かるでしょ、愚図ね。

 それよりそこ、邪魔だからどいて」


「あ、ああ……」


 楓乃は畳んだ氷扇をクイクイと動かし、清治を強引に倒れた英人の傍らからどかす。

 そして入れ替わるようにその傷ついた姿を見下ろし、クスリと冷たく笑った。


「フフ……本当、バカね。

 腕を失ってまで戦うだなんて……アナタって本当、自分の命の価値ってものを分かってるのかしら?

 ま、借りを作るのもなんだし、今回は特別よ」


 楓乃は傷口にそっと手をかざし、優しく雪を纏わせる。


「!? 傷口が、凍った……?」

 

「応急処置よ。これで血は止まるわ。

 それじゃあ私はまだまだ用事があるから。後は顔だけ男、アンタが面倒見なさい」


「顔だけ男って……俺のこと!?」


 清治は自身の顔を指さし、愕然とする。

「顔だけ男」となじられたのもそうだが、先程までとは全くキャラの違う楓乃の言動に動揺を隠せない。


 しかし当の楓乃の方はそんな事情などつゆ知らずとばかりに、冷めた表情で言葉を続ける。


「他に誰がいるのよ……とにかく、命令はしたから。

 もし完璧にこなせなかったら、氷漬けにするわよ。本気で」


「は、はい……」


「よろしい。じゃ、駄犬退治に行って来るわ」


「お、俺が言うのもなんだけど……大丈夫なのかい? それも一人で」


 呼び止める清治に、楓乃は髪を揺らして振り返る。


「嘗めないで頂戴……今の私は『ダイアモンド・ダスト』――心さえ凍らせる氷の女帝なんだから」


 そして悪戯っぽい微笑みでそう言い残し、雪風と纏って窓の外へと跳んだ。






 ――――






「グ、クッ……」


 体の雪を払いつつ、『人狼ワーウルフ』は立ち上がる。

 そこは東校舎の正面、校庭全体からすればやや端の場所。


「お、おい……あれ……」


「まさか、あれが今騒いでるバケモノ!?」


「だから俺の言った通りだったろ!?

 さっさと逃げるぞ!」


 そして既に周囲では、生徒たちが『人狼ワーウルフ』を指さして騒ぎ始めている所だった。


 本来ならば、『ハロウィン会』の喧騒によって発見には時間がかかったのかもしれない。

 しかし生徒たちの注意と関心が既に「突如校舎に出現した謎のバケモノ」に移っており、校庭に出てすぐにその存在を察知される事態となった。


「マジかよ……」


「あれ、マジで本物!?」


「とりあえず写真撮ろうぜ写真!」


 しかしその対象があまりにも非日常的であったため、反応は半信半疑といった所。

 なので生徒たちは大多数は『人狼ワーウルフ』から大きく距離をとりつつも、その様子を伺っていた。


「チィ……ッ!」


 それは渦中の本人にとっては何とも言えぬ状況。

 どうしたものか、と『人狼ワーウルフ』が頭を悩ませたその折、


「――逃がさない、と言ったでしょ」


 その言葉と共に数多の氷柱が、突如として飛来してきた。

人狼ワーウルフ』は驚きつつも大きめのバックステップでそれを回避する。


「テメェ……!」


「あらいい逃げっぷり。さすがは負け犬。

 まあいいわ。私の推理が正しければ、もう瞬間移動は使えないはずだし。後は適当に嬲るだけね。

 動物虐待なんて本当は趣味じゃないけど、アナタは何か汚らしいし別にいいわよ……ねっ!?」


 楓乃は下から掬い上げるように氷扇をあおり、地面に氷を発生させる。

 そしてそれはまるで白蛇のようにうねりながら、『人狼ワーウルフ』目掛けて校庭を這った。


「グ……!」


 堪らず『人狼ワーウルフ』は横への跳躍で躱す。


「甘いっ!」


 しかし、その程度は楓乃とて想定済み。

 氷扇を横へ薙ぎ、跳んだ『人狼ワーウルフ』の下へと氷の蛇を追わせた。


「グッ……ナラバ……!」


 このまま避け続けてもキリがない、そう悟った『人狼ワーウルフ』は氷に追われるまま楓乃へと突撃する。


「あら、意外と思い切りある……でもそれも想定内。

 また吹っ飛びなさい!」


「グゥッ!?」


 だが楓乃の発生させた猛吹雪を前に、ただ吹き飛ばされるしかなかった。


 氷と雪と風による、完璧な布陣。

 雪にまみれ片膝をつく『人狼ワーウルフ』の顔に、絶望の色が滲む。


「さ、これで分かったでしょ? 格の違いというやつが」


 対する楓乃は、冷たい微笑みのまま悠然と『人狼ワーウルフ』に向かって歩を進める。

 その外見こそいち女子高校生であったが、纏うオーラはそれとは全くの別物。

 演技で魅せる、とでも言うのだろうか。いつしか周囲の生徒も皆息を飲んで二人の様子を見つめていた。


「ほら見なさい。沢山の人間が私たちを見てる。

 こんな所でやられるなんてアナタ、幸せものよ?

 ひょっとしたら人生で一番目立ってるんじゃない? フフ」


「グ、ク、クッ……!」


 一歩一歩近づく楓乃の姿を前に、『人狼ワーウルフ』はじわじわと後ずさる。

 最早誰の目にも、勝敗の行方は明らかな状況。


「ウ……オオオオオオォッ!」


 しかし『人狼ワーウルフ』はそれを認めないとばかりに、再度楓乃に向けて最後の突貫した。


「……愚図ね」


 それはなおも人を遥かに超越したスピードであったが、今の楓乃には何の脅威にもなりえない。

 小さく溜息を漏らしつつ、楓乃は扇を仰いで迎撃しようととする。


 しかし、


「つ……!?」


 突然全身を襲った疲労感により、思わずその態勢を崩した。


(まさか、『異能』の使い過ぎ!?)


人狼ワーウルフ』を一体丸ごと吹き飛ばすほどの風と雪に、地面を凍らすほどの氷。

 いくら元々が強力な能力と言えども、それは最早この世界における『異能』の平均レベルを大きく逸脱してしまっている。

 だが楓乃は大切な人を守るため、発現してから間もない『異能』を無意識のうちに酷使させて戦っていたのだ。


 そしてその隙を、『人狼ワーウルフ』は見逃さない。

 突進した勢いのまま距離を詰め、爪を楓乃へと向かって振り上げる。


「しまっ――」


「死ネェッ!」


 だが、その時。



「――『再現』」



 その手は、振り下ろされる前にはじけ飛んだ。


「ガアアアアアアッ!」


 校庭中に響き渡る、『人狼』の悲鳴。


(ま、まさか……!)


 楓乃は思わず振り返った。


「命中。

 ……片手でも意外とイケるな」


 するとそこには、校舎の中から投石器を振り回す英人の姿があった。

 傍らには清治が立ち、その左肩を支えている。


「グウウゥッ……、ヤ、八坂アアァァ……!」


「俺が腕一本失ったぐれぇで、リタイアするわけねぇだろ……。

 甘いんだよ」


「せ、先輩! 無事だ『桜木、演技忘れてる』……あ、コホン。

 よく無事だったわね、死にぞこないの癖に」


 英人の復活に、表情をぱあっと輝かせる楓乃。

 しかし英人に指摘され、元の『D・D』へと戻す。


「それでいい……というわけで『ダイアモンド・ダスト』さんよ、辛いだろうがもう少しだけいけるか?」


「あら、私に指図するなんてアナタ何様?」


「一応、お前の一個上の先輩だが」


「知ってるわよ……でもまあアナタの憎たらしい顔見てたら、何故だか少し力が湧いてきた。

 ええいいわ、やってあげる……さて、」


 楓乃はフッと笑う。


「さあ駄犬、今度こそアナタは終わらせてあげる。

 覚悟なさい?」


 そして再び、『人狼ワーウルフ』の前に対峙した。

 

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