輝きを求めて⑬『もう待ちきれないよ!』

 あざみの参加表明から少し時間は過ぎ、現在は一時限目終了直後の休み時間。


 教室内は次の授業の準備だったりトイレだったりで生徒たちは忙しなく動き回っている。

 だがやはり昨日の件が尾を引いているせいか、彼らは一様に普段通りを装いつつもどこかピリピリとした空気を纏っているようだった。


(……まあ、無理もないが)


 そして英人はそんな様子を見回しつつ、小さく嘆息する。

「11年前の母校にタイムスリップする」という異常事態の渦中にいる以上、当然何らかの動きがあると予期してはいた。

 だが、まさかこんなことになるとは。


(……ま、それも来週、29日までの辛抱だ)


 本日が21日の木曜日。

 そして『ハロウィン会』が開催されるのは、10月の最終金曜日である10月29日。

 つまり日曜日を飛ばせば、あと7日。


 それまでに英人たちは何らか証拠を掴むなり対策を練るなりしなくてはならない。

 たとえ犯人までたどり着けずとも『人狼』という危険要素がある以上、少なくとも『人狼』対策に関しては必須だ。


(最悪、『ハロウィン会』自体をぶち壊すことも考えなくちゃな……。

 けど一応はこの学校の伝統行事だし、真っ当な手段じゃまず無理だよなぁ。

 今から猛烈に反対したとしても、「嫌なら出なきゃいいじゃん」の一言で終わるし)


『人狼』の活動時間が夜間である以上『ハロウィン会』そのものを中止に追い込めれば早くて確実ではあるのだが、現状それも難しい。

 どうしたものかな、と考えつつ英人は用を足そうと席を立つ。


「おい、八坂」


「ん?」


 だがその前に、三人組の男子生徒が立ちはだかった。

 中央に立っているのは、ブレザーを着崩した茶髪のヤンキー生徒こと杉田 廉次。

 因みに両脇に立っているのは廉次の取り巻きで、名前は磯子イソゴ大船オオフナという違うクラスの生徒だ。


 いつも三人つるんでヤンチャしている連中だが、それがこのタイミングでなんの用なのか。

 そんなことを思いつつ三人をジロリと見ると、廉次が苛立ったように口を開く。


「ん? じゃねぇ。

 お前に用があるってんだよ。

 昨日浅野が言ってた告白イベントの件でな」


「……ああ、成程。君たち三人も参加希望ね。

 分かった、浅野には俺から言っとくよ」


「ちげぇよ! 舐めてんのか!」


 薄い眉をヒクつかせ、廉次は怒号を放つ。

 その大声にクラスメートたちは一瞬驚いたように体を一度ビクリと震わせるが、もう慣れてるとばかりにすぐに元に戻る。


「じゃあ何だ。

 言っとくが、『青春の叫び』それ自体については浅野に問い合わせてくれ。

 俺じゃ回答は出来ん」


「別にそうじゃねぇ。

 お前の言う通り、参加表明だよ。だだしコイツのな……おら」


 その言葉と共に、廉次たち三人は後ろに隠れていた人影をその前へと強引に引っ張り出す。

 彼らより一回り以上小さい体躯の持つその人物は同じ3-Bのクラスメート、仲木戸 智弘だ。


「うっ……や、やめてよ杉田君……!」


「あ? なんだよその態度は。

 俺らはお前の恋愛成就の為に協力してやってんだぞ、なぁ?」


「そうそう、ハハハッ!」


「智弘の男気、見せてくれよぉ?」


 廉次を皮切りに、取り巻きたちも次々と智弘を囃し立て始める

 智弘に意中の人物がいるのかはともかくとして、彼らがそれを面白がっているのは誰が見ても明らかだ。


 英人は小さく息を吐き、冷めた目で廉次を見つめる。


「盛り上がっているところ悪いが、恋愛が絡んでくる分デリケートな問題だからな。

 参加表明する際は一人の時にお願いしたい」


「あ? でも浅野やお前はクラスの目の前で発表したじゃねぇか。

 だったらコイツだっていいだろーが!」


「俺や浅野と、彼は違う。

 見た感じ本人の了承を得てないようだし、とにかくこれは無効だ。

 いま浅野がちゃんとしたエントリー方法を考えてるし、それに昨日言ってたように飛び入り参加も可だ。

 だから各々他人に迷惑にならない範囲で、好きな手段を選んでくれ……それじゃ」


 英人は三人をあしらうようにはらはらと手を振り、その場を後にしようとする。


「おい!」


 だが廉次はまるで踏みつけるような勢いで脚を前に出し、なおもその行く手を阻んだ。


「……誰が、行っていいっつった。

 まだ話が終わってねぇだろうが」


「いや、終わりだ。

 そもそも話の内容が彼の参加についてだというのなら、お前等三人はそもそも部外者だ。

 最初から話しかける権利すらない、違うか?」


「テメェ……ッ!」


 その言い様が琴線に触れたのか、突如として廉次は英人の胸倉を掴み上げた。


「ちょ、ちょっと杉田君……!」


「うるせぇ! テメェは黙ってろ!」


 突然の出来事に智弘は戸惑いの声を上げるが、すかさず怒声で遮られる。


「おいおい。

 一応は当事者であるはずの人間に、『黙れ』はないだろう」


「うるせぇッ! テメェの方は黙って仲木戸の野郎を参加させときゃいいんだよ!

 もし拒否ったら、テメェ分かってんだろうな!」


 もちろん英人の言葉にも聞く耳なし。

 こめかみに青筋を浮かび上がらせ、廉次はさらに強い力でワイシャツの襟を握りこむ。


「ちょ、どうしたんだよ廉次!」


「マジになりすぎだって!」


 確かに彼は当時からあまり気の長い性格ではなかったが、とはいえこの程度のことで激昂するような人間でもない。

 そのあまりの剣幕に、取り巻きの二人もやや引いた具合で廉次に話しかけようとする。


 さらにその異常を感じ取ったのは彼らだけに限らなかったようで、いつしかクラスの大半が遠巻きに英人たちの状況を見つめていた。


「……けっ。

 別に、マジになんかなってねぇよ」


 さすがの廉次もこの状況下ではやり辛いとみたのか、渋々と襟を掴んでいた手を離す。

 対する英人はようやくか、と言わんばかりの表情で乱れた襟を黙々と直し始めた。


 これで一応の危機は過ぎ去ったわけだが、なおも室内には重い空気が支配し続ける。

 そんな時。


「……ん?

 何やら静かだけど、何かあったのかい?」


 まるでその鬱屈した雰囲気を入れ替えるかのように、清治が扉を開いて教室へと入ってきた。

 おそらくはトイレからの戻りであろうが、昨日といい何とも絶妙なタイミングだ。

 でもやはりトップカーストの人間が来たことによる安心感があったのか、まるでホッと溜息をついたようにして、教室全体が一挙に安堵感に包まれていく。


「……なんでもねぇよ」


 さすがに潮時と思ったのだろう、背中越しに言い捨ててズカズカと自分の席に戻っていく廉次。


 そして数秒後、二限開始を告げるチャイムが鳴り響いた。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「……ふぅ、ようやく終わったか」


「流石に疲れましたね……。

 結局昼休み中には終わらず、放課後まで持ち越しちゃいましたし」


 現在時刻、16時53分。


 西日差し込む本校舎の廊下を、英人と楓乃の二人は並んで歩く。

 ちょうど先程、清治と共に『青春の叫び』の開催場所と時間についての打診を終えた所だ。因みに当の本人である清治とは、職員室を出てすぐに別れている。


「とはいえ、浅野の動向を知る為には付き合う必要があったからな……。

 開催自体は阻止できずとも、ある程度手綱は握っておきたかったし」


「結局開催時刻は『ハロウィン会』が終わる一時間前の午後7時スタートで、場所は校庭ですか……。

 『ハロウィン会』自体が5時半からですから、大体中盤あたりからの開始になりますね」


「ああ。まあ時間に関しては、清治もあまり頓着してない様子だったしな。割とすんなり決まってよかった。

 ……つっても問題は、場所の方だったが」


 窓の外を眺めつつ、英人はぼそりと零す。

 事実、議論が長引いた原因は開催場所の取り決めが紛糾したことによるもの。

 予想以上に清治が自身の主張を通そうとしてきたのだ。


「浅野先輩、やたら屋上を押してましたよね……。

 テレビみたいに、屋上から大声で告白した方が盛り上がるとか言って」


「何故そこまで執着してたのかは知らんがな。

 とはいえ、屋上みたいに出入り口が制限された所は、こちらとしても避けたい。

 それに観客となる生徒たちは校庭にいるわけだから、屋上の俺たちとは物理的に距離が開いてしまう。

 そうなるともし何かあったら、すぐには対応出来ない」


 英人は『人狼ワーウルフ』と邂逅した夜のことを思い出す。


 あの時、『人狼ワーウルフ』は一瞬にして5階から校庭にまで降りて来ていた。

 もし清治がそうであるなら、一瞬で校庭まで移動して集まった生徒たちを惨殺するだろう。

 そうなれば、屋上に取り残された英人は助けに向かえない。


「とはいえ最終的には告白する側も校庭で、ということになって良かった。

 先輩がゴネたお陰ですね」


「ゴネ……ま、事実だが。

 まあ夜中に屋上に立つのも危ないってことで、教師陣も難色示してたしな。

 浅野に発言力があったとはいえ、押しきれて良かった」


 そしてまるでひと仕事終えたように、英人は軽く息を漏らす。


 議論が長引きはしたものの、結局は全校生徒が校庭に集まり、参加者が朝礼台に立って告白するという形に収まった。

 これなら告白する側の英人も生徒たちの近くにいれるので、ひとまずは安心だ。


 とはいえ、英人としても先程の協議の中で引っ掛かる点があった。 


(……仮に奴が犯人として、何故自分の主張を通しやすいようにこの世界自体を調整しなかったのかが気になる。

 もしやこの空間、俺が思っているより融通が利かないものなのか?

 となれば此処はちゃんとルールを遵守する、誠実な彼らしい『異能』であるとも言えるが……)


「それで先輩、これからどうします?

 もう帰りますか?」


 英人が思案していると、楓乃がひょっこりと顔を前に出してきた。


「いや、もう少し残る。

 まだ『ハロウィン会』まで日はあるが、早めに準備しとくに越したことはないしな。とりあえず最低限のことはやっときたい」


「じゃあそれなら、私も手伝いますよ。

 どうせ今から帰っても、すぐに次の日ですし」


「ふっ、確かにそれもそうか。

 よし、じゃあ早速行くとしよう」


「はい!」


 笑顔で頷く楓乃。

 そして二人は来たるべき時に向け、各所に備えを施していくのであった。





 ――――――



 ――――



 ――





「…………は?」


 そこは、3-Bの教室。

 見慣れた景色の中で、英人は自席に座りながら唖然とした声を放つ。


(朝じゃ、ない……!?)


 それは日常でありつつも、この空間のルールからは逸脱した光景。


 視線を横にずらすと、教室内では生徒たちが何やら忙しなく動いている。

 まるで、何か大きなイベントの準備をするみたいに。


 すぐさま英人は正面の時計を見上げた。


「5時、ちょうど……?」


 それは日光の色合いからして、午前ではありえない。間違いなく午後だ。

 だが……。


(校門を出た瞬間、何故か朝じゃなくて夕方に飛んだ……!)


 英人はパニックになりそうな感情を抑えつつ、冷静につい先程までの記憶を掘り返す。


 昨日は清治と楓乃の三人で『青春の叫び』の場所と日時を協議しに行った後、清治とはそこで解散。そして18時前まで楓乃と二人で『人狼』対策の準備を軽く済ませ、そのまま校門を出たはず。


 自分の記憶違いでなければ、これまでと同様に体は10月22日の朝に、そして校門の前に居なければおかしい。

 だが、これではまるで……。


(まさか……!)


 脳裏に、嫌な予感が過る。

 英人は急いでズボンのポケットから携帯電話を取り出し、画面を開いた。


「嘘、だろ……!」


 そして表示された日時を見た瞬間、英人の表情が歪む。



 10月29日 金曜日――画面には、そう映っていた。

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