輝きを求めて⑫『名女優』

「ん? 本格的に動くのは明日からじゃなかったか?」


 かつての二人の居場所に突如として現れた、招かれざる来訪者。

 だが英人は特に表情を変えることもなく、さも普通であることを装って応対をする。


「いや、確かにそうは言ったんだけどね。

 でも一応、今後どうするのかをさらっとでも共有しといた方がいいと思って。

 なに、そんなに時間をかけるつもりはない。

 というわけで桜木さん、少しだけ彼を借りてもいいかい?」


 そう言って英人を連れ出そうとするが、楓乃が言葉で制す。


「あ、そのことですけど浅野先輩。

 私もその『青春の叫び』の段取り、協力してもいいですか?

 詳細は八坂先輩から聞いてますし」


「それはありがたいけど……いいのかい?」


 困ったような笑みを浮かべる清治に、なおも楓乃は椅子から立ち上がって畳みかけ始めた。


「はい! だって全校生徒の前で告白する……それって文字通りホントに青春っぽくて、素敵じゃないですか。

 私そういうの、すっごい好きなんです!

 それにそもそも『ハロウィン会』自体が二年生主体ですから、協力者も必要でしょう!?」


 そのウットリとしながら語る様はまさに少女漫画に憧れる女子高生、そしてもっと言ってしまえば恋に恋する少女そのもの。因みにもちろん、演技である。


 よくも、そんな出まかせが言えるな……と英人は横目で見つめるが、あえて口には出したりしない。何にせよ、彼女も首を突っ込んでくれるというのなら、それはそれでアリだと思ったからだ。


「そうか……じゃあ、お願いしようかな?」


「はい!」


 先程英人に見せた妖艶な笑みとは違った、明るい笑顔を見せる楓乃。

 いずれにせよ、『青春の叫び』推進メンバーはさらにもう一名増えたのだった。





「……それで、明日からは具体的に何をすればいいんですか?」


 そして引き続き、図書準備室。

 晴れて3人体制となったことで、『青春の叫び』推進会議はこのまま行われることとなった。

 室内正面にあるホワイトボードの傍らには、書記をする気満々といった感じの楓乃が立っている。


「ああ。とりあえず大きく分けて三つかな。

 一つ目はイベントの周知、二つ目は参加者の募集、そして三つ目は当日の時間調整と場所の確保。

 こんな感じでどうかな、八坂?」


「ああ、俺もそれでいいと思う。

 となると、次の問題は分担と優先順位だな。

 時間調整と場所確保は急務として……」


「それは俺がやるよ。さっきも言った通り、発案者だしね。

 教師陣や生徒会に依頼するにしても、それが一番筋が通ってる」


 英人のセリフを遮るようにして清治が口を開く。

 動機云々は不明としても、今の彼の姿勢にはこのイベントを自身が主導していきたいという気持ちが表れていた。


「つっても直接依頼する時は、俺たちも一緒にいた方がいいだろう。

 ある程度頭数揃えた方が、説得力も増すだろうし。

 な、桜木?」


「はい、そうですね」


 とはいえ、英人としても完全に主導権を握られる訳にはいかない。勝手な行動をしないように、遠回しに釘を刺す。

 楓乃もその意図をすぐに察し、柔らかな笑みで頷いた。


「そうか。じゃあそれについては全員で。

 それで他の二つはどうする?」


「それらはイベントのセッティングが終わってからでもいいんじゃないか?

 まずは時間と場所を確定させないと、周知も募集もしようがないし。

 とは言え、募集方法くらいは今から考えた方がいいかもな。

 内容が内容だし、やり方によっちゃ揉めるぞこれ?」


「確かに、八坂の言う通りだな……うん、その辺りは俺がもう少し練っとくよ。

 出来るだけ公平、そして匿名性が保たれるような手段をね」


 そう言って清治は机の上で手を組み、二人の顔を見渡す。

 窓から入る西日により端正な横顔が眩く照らされるが、両手とその陰影のせいでその表情までは完全に見えない。

 どことなく、今の彼には何か得体のしれないものが纏わりついているようにも感じられた。


「……そうか。じゃあ頼むわ。

 一応俺らも考えてみるが……とりあえず何か案があったら早めに教えてくれ」


「もちろん。

 じゃあ予定通り、明日から本格始動だね。

 全員、高校生活に悔いを残さないように頑張ろう」


 清治は話を終えるとニコリと微笑み、立ち上がった。

 最初の宣言通り本当に手短に済ませてくれる辺り、彼の性格が出ている。


「ああ、そうだな」


「それじゃあ二人共、また明日……おや?」


 そしてドアノブに手をかけた瞬間、清治の視線はとある方向で止まった。

 その先にあるのは、机の上に乗っかった一冊の本。


 それは英人が準備室に来るまでの間、楓乃が手持ち無沙汰に読んでいたものだ。


「あの、その本が何か……?」


 当の彼女は、キョトンとした表情を浮かべる。

 そもそもその本はいつの間にか鞄に入っていたものであり、おそらくは11年前の自身が実際に図書室から借りて読んでいたもの。

 なので少しでも当時のことを思い出せれば、と思い目を通していたに過ぎないものだ。


「いや、別にその本がどうということじゃなくてね。

 いつもと使ってる栞が違うような気がして」


「え、そうですか?」


 楓乃は本を開いて栞を取り出すが、そこにあるのは緑色をした布製の地味なもの。

 それは彼女が高校時代使用していた、普段使いのマイ栞だ。


「そうか……いや、そうでないならいい。変なことを言ってすまない。

 それじゃ、俺はこれで」


 楓乃の返答に清治は何やら考えるそぶりを見せたが、それも一瞬。

 すぐにいつもの爽やかな笑みに戻り、そのまま準備室を後にした。





 ………………



 …………



 ……






 そして現在時刻、17時55分。


「しかし、突然準備室まで来るなんて。

 少し驚きました……まさか、私たちの会話が盗聴されてたり?」


「どうだろうな……ま、『ない』とは断言できん。

 この特殊な世界においては、何でもアリの可能性があるわけだし。

 しかしそうなると、最早対策のしようもなくなるわけだが」


 二人は本校舎を出、校門までの道を並んで歩いていた。


 完全下校時刻も5分前となり、帰宅を促す校内放送が敷地内にけたたましく鳴り響いている。そして日没前の夕日は一層赤く映え、部活終わりを中心とした生徒の群れがポツポツと帰宅の列をつくり始めていた。


「しかし思わず私も『青春の叫び』に協力したのはいいですけど、これからどうしましょう?

 やっぱり先輩と同じく、付かず離れずで捜査ですか?」


「ま、今の所それしかないな。 

 まあ学年が一つ違う分、見えてきやすい部分や動きやすい部分もあるだろうし。

 にしても、あんな出まかせをさも当然のように言い切るとは……やっぱお前、女優なんだな」


「そりゃあ当然。これでも、国内じゃトップクラスの知名度と実力を持ってますから。

 元の世界じゃあ、ハリウッドからアメコミ映画シリーズのオファーだって来てるんですよ?」


「マジでか」


 英人は感心した表情を見せる。


 それもそのはず、11年後の世界ではハリウッドのアメコミ映画が空前の大ブーム。

 その証拠に少し前に公開されたヒーロー大集結の作品などは、歴代の記録を追い抜きそうな程の勢いで興行収入を伸ばしている状況だ。

 そんな映画シリーズからも直接オファーが来る辺り、11年後の彼女の実力は業界でも相当なものと言えるだろう。


「マジです。

 国内のドラマ撮影と並行しつつ、只今絶賛役作り中ですからね。

 このまま順調にいけば……そうですね、再来年くらいには映画館でお目に掛かれますよ。まあ、あくまで順調にいけばですけど」


 楓乃の表情に、一瞬の影が差す。

 なまじ元の世界における地位がある分、不安もより大きく感じてしまうのも当然なのかもしれない。


「順調に、か……それじゃあ猶更早く戻らないとな

 そのシリーズ、俺も結構好きだし」


「ですね」


 そして二人は、校門の目の前で立ち止まる。

 この線を越えれば、一瞬で明日だ。


「それじゃ先輩、また明日……といってもすぐですけど」


「まあな。

 それじゃ、また後で」


「はい」


 名残惜しくも、嬉しそうに微笑む楓乃

 そして二人は、同時にその境界線を跨いだ。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 10月21日。


 これまでと同様一瞬のうちに日付が変わり、再び英人は早朝の校門に立っていた。

 そしてこれまた昨日と同じく付近で待機していた楓乃と会い、道中会話を交えながら無事に3-Bの教室前まで到着。


 英人はいつも通りにその扉に手をかけ、いつも通りに引く。

 もちろんその奥に広がっているのは、机と黒板のあるこれまたいつも通りの風景。


 だが……



「おい、来たぞ……」


「まさかアイツがな……」


「浅野君もそうだけど、誰に告るんだろ……?」


 中にいる生徒たちの反応は、いつも通りとはいかなかった。

 ここに来るまでの廊下でもそうだったが、どうやら学校の話題は既に『青春の叫び』の件で持ち切りらしい。


(ま、とはいえメインは浅野の方だろうから、俺はそのオマケ扱いだな。

 同学年ですら俺をよく知らない奴がいるわけだし、おかげで被害が少なくて助かる)


 だが英人は特に気にする素振りも見せず、クラスメートの様子を横目に自身の席に鞄を置く。そして席に座り、一時限目の授業の準備を黙々と進めた。


 その時、誰かが後ろから英人の右肩をポンポンと二回叩いた。

 

「ん?」


「あ、おはよう英人君」


「ああ。おはよう山手さん」


 そこにいたのは、もちろん後ろの席に座る山手 あざみ。

 朝から彼女に話しかけられるのは、おそらく学生時代で初だろう。そしてまさかそれがこんな特殊な状況の中であろうとは。 


「で、何か用かい?」


 そんな皮肉を心の中で自嘲しつつ、英人は言葉を返す。


「ええ、そのことなんだけど……」


 あざみはその小さく白い手を口に添え、そっと机から身を乗り出す。

 英人も意図を察し、横を向いて耳を近づけた。


「……私も当日、『青春の叫び』に参加したいの。

 もちろん、告白する側として」


 静かに発せられたその言葉に、英人は彼女だけが分かる程度に小さく頷いたのだった。



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