夏のせいにして②『水着ピックアップ』

「おおー! こりゃすごいな!」


「ヒロいです!」


「内装はかなり伝統的な感じですね」


 豪華で開放的な空間を前に、少女たちが興奮する。

 ひとしきり砂浜ではしゃいだ後、一行はビーチの傍にある別荘に来ていた。


「すごーい! 見て見て瑛里華! 

 めっっっちゃ豪邸!」


「見たら分かるわよ……。

 というかアンタ、本当にお金持ちだったのね……」


「まーね」


 まるで地中海に来たかのような、白を基調とした巨大な玄関ホール。その佇まいと豪華さは、都内にある実家と比べても見劣りしないだろう。

 改めて都築つづき家が世界有数の大富豪であることを実感する瞬間だった。


「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。

 私は青葉あおばと申します。どうぞお見知りおきを」


 さらにお次は玄関ホールで待機していた青葉の礼儀正しい挨拶。

 一行もそれにつられて深々と頭を下げた。


「あっ、青葉さんも来てたんだ!」


「はい。掃除など諸々の準備がございましたのでひと足お先に。

 それでは、ただ今から皆様のお部屋へとご案内いたします。

 どうぞ私の後に付いてきて下さい」


「「「「「「はい!」」」」」」


 英人たちはそれぞれの個室へと案内された。





「……男は俺だけだから仕方ないとはいえ、この部屋に一人ってのはな」


 とりあえずテーブルに手荷物を置き、英人はぼそりと呟く。

 もちろん案内されたのは英人専用の部屋だった。とりあえずカーテンを開け、外の景色を眺めてみる。


 吹き抜ける爽やかな風。視界一面に広がる澄んだ水色。オーシャンビューとはまさにこのことだ。

 振り向けば、そこは五、六人程度ならなんなく住めそうな豪華なスイートルームが視界いっぱいに入り込む。

 ここは以前VIP専用のホテルとして経営していたのを都築家が買い取ったものらしく、当時の一泊の値段はゆうに五桁を超えるとか。

 そんな部屋を何日も貸してくれるなんて大盤振る舞いもいいところだろう。


「さて、着替えたらまたビーチに集合だったか」


 着替えたらすぐに海で待ち合わせる約束だ。

 準備をするため、英人は早速スーツケースのファスナーを開いた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「……ここまで遅いか?」


 ビーチチェアに仰向けになりながら、英人はスマートフォンを確認した。

 既に別荘で解散してから一時間が経っている。

 女子の方が準備に時間がかかると踏んである程度ゆっくり目に着替えたつもりだったのだが、どうやら侮っていたようだ。


「くそ、もう少し遅くすりゃよかった」


 英人は額の汗を拭った。

 ビーチパラソルによって直射日光こそ避けられているが、やはりじっとしていれば暑い。


「八坂様、こちらをどうぞ」


「え、ああどうも。ありがとうございます青葉さん」


 するとその様子を見かねたのか、青葉が飲み物を差し出してくれた。


 緩やかな曲線を描いた大きめのグラスに、たっぷりと入った青い液体。

 広く開いたグラスの口には、パイナップルやらオレンジやらのカットフルーツがこれでもかと刺さっている。


(あれだ……。名前は知らんけど、南国でよく飲む奴だ……)


「今日は特に気温が高いようですので、適度に水分をお取りになってください」


 一礼して、青葉はまた後ろに控えた。

 その顔には一滴の汗もない。英人は彼女のプロ根性を見た気がした。


「先生、お待たせーっ!」


 英人がストローで優雅にジュースを飲んでいると、横から快活な声が聞こえてきた。

 視線を向けると、美智子みちこがパタパタとこちらに向かってくる様子が見える。


「……本当に待ったわ」


「ははは。

ゴメンゴメン、つい時間がかかっちゃって……で、どうよコレ?」


 美智子は羽織っていたパーカーを後ろにはだけさせた。

 すると下から現れたのは、彼女のスラっとした体を包むダークブルーの水着。

 シンプルなビキニタイプではあるが、だからこそモデル体型の美智子にはよく似合っていた。


「おー、似合ってるじゃん。

 まあなんとなく青系でくるかなとは思ってたが」


「むー、なーんかひと言多い気がするけど、まいっか! 

ふふっ、やったね!」


 美智子はパーカーをパタパタとなびかせて喜びを表現する。

 好きな相手からの欲しかった言葉なだけに、その喜びもひとしおであった。


「お見事です、美智子様」


 傍らでは青葉が小さく拍手を送る。

 いつもは感情の薄いその表情も、今は心なしか微笑んでいるようだった。



「やあやあすまないすまない! つい遅くなってしまったよ!」


 そして今度はファン研の面々が到着した。


「水着なんて……久しぶりに着ました」


 暑い所は大の苦手なのだろうか、ヒィヒィ言いながらこちらにやってくるのは秦野はだの美鈴みすず

 体のラインを出すのは抵抗があったのか水着はフリルの付いたワンピースタイプで、頭には麦わら帽子をかぶっている。


「ううむ……秦野君は出るとこ出た体型なのだから、もっと攻めてもよかったと思うのだが。なあ、カトリーヌ君?」


「ソウですよ! 美鈴さんはとってもいい体をしてます!」


「なんか表現がセクハラ親父みたいになってしまっているが、つまりはそういうことだぞ秦野君!」


「いやどういうことだよ」


 英人のツッコミを笑って誤魔化すファン研代表こといずみかおるの水着は、やや露出多めのバンドゥタイプだった。黒を基調とした色が、(外見は)クールな薫によく似合っている。

 また隣でニコニコ笑っているカトリーヌは白いパレオタイプの水着。

 北欧人ならではの圧倒的なスタイルの良さと相まって、さながらギリシャの彫像だ。


「うわぁ……みんな綺麗……!

というかカッコいい……」


 三者三様の美しさを目の当たりにした美智子は思わず口を手で覆った。

 特に薫は大学内でもその中性的なルックスから女子人気は高く、美智子も同様に見惚れてしまった。


「ふふ、ありがとう……というわけで、どうだい我々の水着は! 八坂君!

 男が君一人な以上、この質問からは逃れられんぞ!」


 美智子の視線にクールに応え、薫は前かがみになって英人の顔を覗き込んだ。

 中性的な顔つきではあるが、やはりそのしっとりと汗ばんだ肌はしっかりと女性らしい色気を醸し出している。


「えーと……」


 どうしたものか、視線を奥の美鈴とカトリーヌに移す英人。


「「……!」」


 するとやはり異性からの評価は気になるのだろうか、二人は神妙に英人の表情を窺っている。


(こ、答えづらい……)


とはいえこのまま黙っているわけにもいかないので、英人はビーチチェアから背を起こした。


「ええとそうですね……じゃあまずは泉代表から」


「おっ、私かい?」


「一目見て、単純に感心しました。水着姿もすごい似合うんだなって。

 代表っていつもはビジネスカジュアルな恰好が多いですから、なんかここにきて新たな一面を見れたって感じです」


「ほうほう……君にしては中々。

 よろしい、報酬としてサシ飲みの権利をあげよう」


「それで次はカトリーヌだけど」


「ハイ!」


「え、さすがの私も無視は辛いんだが」


 薫は真顔で口を開いた。


「いやあんまり反応して変な言質取られるのも嫌ですし。

 んでカトリーヌの方は大きなギャップこそ感じなかったが、それでも想定をかなり超えてきてびっくりしたよ。

 その白い髪に白い水着が合わさって……とんでもない透明感だ。

 綺麗や可愛いよりも『美しい』という表現がピッタリって感じだな」


「フフ……ソコまで言われると、少し照れちゃいますね」


 カトリーヌは両手で赤らむ頬を押さえた。


「それで最後は秦野さんだけど……って大丈夫?」


 英人はそのまま美鈴の感想も言おうとしたが、肝心の本人がカトリーヌの後ろに隠れてしまっていた。


「す、すみません……。

やっぱり今の状態だと、どうしても恥ずかしくて……」


 美鈴はその長身の後ろからひょっこりと顔の上半分だけ出して申し訳なさそうに答える。


「まあ俺は別にいいんだけど……」


「うーむ、文字通り胸を張っていいスタイルだと思うのだがなあ」


「そうだよ! 美鈴さん、グラビアアイドルみたいだし!」


 薫と美智子がフォローするが、美鈴は首をふるふると振り続ける。

結局、その鉄壁の羞恥心を溶解させるには至らなかった。


「あー! もう皆集まってるじゃん!

 瑛里華がモタモタしてるせいだよ!」


「しょ、しょうがないでしょ。

 色々あるんだから」


 そんな中、最後の一組である神林かんばやし瑠璃子るりこ東城とうじょう瑛里華えりかが登場した。

 なにやらモタつく瑛里華を、瑠璃子が無理やり手を引いて向かって来ている。


「おお、さすがは去年のミス早応。

 いいじゃないか」


「ルリコさんも水着、とっても似合ってます!」


「へへ、ありがとー! 泉さんとカトリーヌさんも水着すっごい似合ってる!

 さ、八坂さんこちらもどうぞどうぞ!」


 オレンジ色のオフショアの水着に身を包んだ瑠璃子は、ニコニコ顔で瑛里華の背を押した。


「ちょっ……瑠璃子……!」


「だってせっかくの水着なんだし、男に見てもらわなきゃ意味ないじゃん!

 ですよね泉さん!」


「ああ。全く以ってその通りだ!」


「まあそうかもしれないけど……ハア、分かったわよ。

 ホラ、どう?」


 瑛里華は溜息をつきながら、上に羽織っていたレースのガウンを脱ぐ。

 するとその下からは、美しいワインレッドのビキニが顔を出した。

 

 英人は思わず小さく頷き、


「……いいんじゃないか?」


「ちょっと反応薄くない?

 ……もしかして貴方、『こいつ、気が強いから赤なのかな』とか思ってないでしょうね!?」


「まーそんな感じ」


「はっきり肯定するな!」


 うがー! と瑛里華は先程までの気恥ずかしさを忘れて英人に詰め寄る。

 怒る瑛里華に、それを受け流す英人。

 いつも大学構内で披露しているものと同じ構図の痴話喧嘩が、ここでも繰り広げられた。


(なんか、前とは少し雰囲気が違うような……?)


 一方で、美智子はその様子を神妙な面持ちで眺めていた。

 胸が軽く締まるような息苦しさを同時に感じながら。


 「……頑張らないと」


 誰にも聞こえないように、美智子は小さく呟いた。

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