血命戦争⑮『涙の約束』

「ふぅ……なんとかギリギリ間に合ったか」


 なんとかタッチの差で現場に間に合い、英人は一つ溜息をついた。


(しかしまたこの構図か……またビンタされんのは勘弁願いたいけれども)


 そう心の中で呟きつつ、英人は状況の確認をする。


 この場にいるのは、英人を含めて六人。

 道の前後を塞ぐ『喰種グール』四体と、東城とうじょう瑛里華えりかだ。


 彼女に関してはどうやら躓いて転んでしまったようだが、見たところ目立つケガはなく、とりあえずは大丈夫なようだ。

 英人がチラ見した際に見せた泣き顔は、あまり思い出さないようにしてあげよう。


 そして残りの『喰種グール』四体。

 前方に一、後方に三。全て『下級喰種ロー・グール』のようだ。

 ならば問題ない。


「さて、とりあえずはチャチャっと片づけるか……。

 左腕レフトハンド再現情報入力インストール――再現変化トランスブースト・オン・『大司教の御手アークビショップ・フォース』!」


 末樹すえき恭弥きょうやの時と同様、左腕に大司教の腕を『再現』する。


 詠唱と共に輝く左腕。

 それは薄暗い現代の夜道において、『魔法』という奇跡の存在を強く主張した。


「す、すご……」


「そのまま伏せてろ……おっと」


 その光に誘われるように、突然一体の『喰種グール』が英人目掛けて飛び掛かってきた。


「ググゥ……ガガァッ!?」


喰種グール』はそのまま英人の左肩に噛みつく。

 しかし、


「無駄だ。『大司教の御手アークビショップ・フォース』に『喰種グール』の牙なんか立たないよ……って、お前茅ヶ崎ちがさき圭介けいすけか。いつの間に『喰種グール』になってたんだ」


 つい一昨日までは普通の人間であった彼の現在に英人は少し戸惑うが、あまり構ってばかりもいられない。


「まあいい。

 おら離れ……ろっ!」


 右手で茅ヶ崎を掴み、後方の『喰種グール』たちに向かって投げ飛ばした。


「グゥッ!?」


 いくら『喰種グール』といえども、人体をそのままぶつけられたらひとたまりもない。

 三体の『喰種グール』はその衝撃を抑えきることができず、全てが地面に倒れ込んだ。


「『浄撃烈波イクソシス・ブラスト』!」


 チャンスとばかりに英人はすかさず『浄化』の力を掌から放つ。

 キィン、という音と共に白い光が波状となって問い放たれた。


「ア”ア”ア”ア!」


 白い光が触れた瞬間『喰種グール』たちの体は灼かれ、消え始める。


 茅ヶ崎のように必死に逃げようとする『喰種グール』もいたが、断続的に放たれる『浄化』の光からは逃れられるはずもなく、


「オオォォ……」


 その全てが断末魔と共に跡形もなく消え去った。



「……ま、とりあえずはこんなもんか」


喰種グール』達が全て消え去ったのを確認し、英人は一息ついた。

 しかし問題はまだある。


(さて、これで二回目だが……今回はどうするかね)


浄撃烈波イクソシス・ブラスト』の余波を浴びた関係上、今の瑛里華は『大司教の御手アークビショップ・フォース』を纏う英人の姿は認識できるだろう。

だが状況を見る限り、瑛里華は『喰種グール』の存在を知ってしまった。

 恐らく英人が離脱して魔法を解除しても、『喰種グール』という非日常の記憶は残ったままであろう。


 ハッキリ言って、かなり中途半端な状況。


(……何を、話せばいいのやら)


「……ねぇ」


 するとつかの間の沈黙を破るように、瑛里華が口を開く。


「アン――《おお、やっぱり間近で見ると大迫力だな! 見たか『私』よ、これが英人さんだ!》」


 しかしそれを遮るように、手元の鏡からテンション高めの声が響いた。


「ん? 今その鏡が喋ったのか?」


「……ハァ、まあね。ホラ」


 瑛里華としてはあまり見せたいものではなかったのだろう。

 心底嫌そうな顔をしながら、手鏡を英人に向けた。


《やあ初めまして。これで今日二度目の自己紹介になるが……私は東城 瑛里華の人格が生み出したアバターだ。

 気軽に「そいつちゃん」とでも呼んでくると嬉しい。

 よろしく、英人さん♪》


「そいつ」は円らな左目でぱちりとウィンクした。

 東城 瑛里華と同じ美貌を持っているだけに、それなりに様になっている。


「こちらこそよろしく。

 なるほど、珍しいタイプだが……『異能』か」


《やはりそうなのかい?》


「ああ。というかその口ぶりだと、前から『異能』のことを知っていたのか?」


《いや、ついさっきだよ。

 それも新藤 幹也君から教えてもらった》


「!……ってことは先に会ってたのか。

 俺もちょうど、彼を探してここまで来たところだ」


「そうそう、新藤君! 早く助けを呼ばないと!」


 瑛里華は慌ただしく声を上げた。

 自分は何とか助かったが、彼は今も『喰種グール』と戦っているはずだ。

 早くどうにかしなければ。


「勿論そうしたいのは山々だが……」


 英人は辺りをチラリと見回す。


「ウウウウゥ……!」


「グウウウゥ……!」


 すると『喰種グール』の新手が、再びこちらに向かってきていた。


(さすがにこれで終わり、というわけにもいかないか)


 英人は『千里の魔眼』を使い、改めて周囲の状況を確認する。

 ここに到着するまででも十何体か屠ったが、まだ『喰種グール』共は残っているようだ。


(残りは三十体、場所は大分散らばってるな。

 となると……)


 何やら決心した英人は、唐突に瑛里華を右手で抱きかかえた。


「しょうがない、しっかり掴まってろよ!」


「ちょっ、えええええ!?」


《おおっ♪ これはいい!》


 悲鳴と歓喜が同時に響く。

 そして――


「『脚力強化』!」


 大学一の美少女を抱えた英人は、跳んだ。

 瞬間、二人の体は重力に逆らい、空気を分けてグングンと高度を上げていく。


「きゃああああ!!」


 瑛里華の絶叫が夜空に響く。

 ようやく上昇が止まったのは、およそ上空100メートルの地点。

 到達と同時にふわりとした無重力感が二人を包みこんだ。


「ここまで上がれば大丈夫か……『浄撃滅波イクソシス・フル・ブラスト』!」


 英人は『大司教の御手アークビショップ・フォース』を掲げ、大量の『浄化』エネルギーを周囲に放出した。


 左腕から一気に放たれる光。

 その量と明るさは、先程とは比にならない。


「すごい……光……」


「あまり腕の方を見るなよ。直に見すぎると目に良くない」


「……う、うん」


 英人の言う通り、瑛里華は下の方を見た。

 すると目に入ったのは、初めての視点から見るいつもの街並み。

 しかし光の波動が届いた瞬間、そこかしこで燃えるように人影が消えていくのが見える。

 おそらく、彼らも同じように『喰種グール』と呼ばれる存在なのだろう。



 ――あなた、いったい何者?



 そんな問いが思わず口から漏れそうになったが、瑛里華はぐっとそれを堪えた。


「……よし、こんなものか」


 新たに燃える人影もなくなったのを確認し、英人は左手を元に戻しながら地上へと下り始めた。


 上りとは逆に、下りは驚くほどゆっくりだ。

 ふわりと風が包み込むような感覚が心地よい。


「……空を飛んでいるみたい」


「正確には飛んでいるっていうよりも、風の力で浮いているって感じかな」


 英人はそんなことをポツリと零す。

 そのまま二人はゆっくりと着地した。


「はいよ。いきなり抱きかかえて、悪かったな」


 英人は右腕を離し、ゆっくりと瑛里華の体を下ろす。


《いやあ。貴重な経験をさせてもらったよ。

 空を飛ぶのと、気に入った異性に抱きしめられるのとを……ね》


「そりゃどーも」


 半分告白のようなセリフが「そいつ」から飛び出すが、英人はさらりと流した。


《あれ? なんだか反応薄いね?

 私的には勇気出して結構踏み込んだこと言ったつもりだったんですけど!?》


「いや、声だけ聞こえても反応しづらい」


《それはなんと! 

 というわけだから『私』よ、早く鏡を英人さんに向かって開いてくれ! プリーズ!》


「そんなの後よ後。早く幹也君の所に行かないと!」


「そいつ」は急かすが、瑛里華としては構っている余裕はない。

 今も幹也は『喰種グール』と戦っているはずなのだ。助けを呼ぶと言った手前、放ってはおけなかった。


「ああ。急ごう」


《むむぅ。至極正論なだけに口を挟めないなこれは》


 そうして三人? は先程の公園まで戻ることにした。




「あれ、いない……」


 瑛里華は目を細める。

 公園には、先程までいた筈の人物の姿はなかった。


(『千里の魔眼』に映らなくなったから、物陰にでも隠れたのかと思ったがどうやら違うみたいだな。

 くそ、ここまで来て見失うとは……)


 キョロキョロと周囲を見回しながら、英人は小さく息をついた。


『千里の魔眼』は、建物の中や物陰までは覗き込めない。探したい対象に所縁のある品物を持っていれば話は別だが。

 新藤幹也の確保はもちろん優先したいが、さすがに街中に現れた『喰種グール』を放っておくわけにもいかない。だから魔力消費が激しい『浄撃滅波イクソシス・フル・ブラスト』まで使って撃破したのだが、間に合わなかったようだ。


 まるで夜闇にでも消えたかのように、幹也は公園からいなくなっていた。


「夜闇に消えたってことは……いや、まさかな。

 しかし、また探し直しか。おそらくまだ遠くには行っていないはずだが」


「ねぇ……一つ聞いていい?」


 考え込む英人の背中越しに、ふと瑛里華が口を開いた。


「ん? なんだ?」


「アンタ、さっきみたいな化け物……えーと『喰種グール』だっけ? のこと、よく知っているの?」


「お前どこでそれを……」


「それもさっき、幹也君から聞いたの。

 自分もその『喰種グール』なんだって。そして追われているんだって。

 それでさっき、アンタは何か腕光らせてそいつらを全部倒したじゃない?

 もしかしたらその時に幹也君も……」


 瑛里華の声は、少し震えていた。


「いや、彼は消滅していない。それはこの目で確認した」


 英人は瑛里華へと向き直る。

 『浄撃滅波イクソシス・フル・ブラスト』を使った瞬間、幹也が消滅していないところまでは『千里の魔眼』で確認済だ。

もっとも、その後は見失ってしまったのだが。


「本当!?」


「ああ本当だ。彼はまだ生きているはずだ」


 英人がそう言うと、瑛里華は安堵する表情を見せた。


「そう、良かった……でもなんで?」


「まあ、なんだ。さっき使った技は言ってしまえば『喰種グール』にだけ効く代物。

 だが彼には効かなかった。つまり……」


《新藤幹也は『喰種グール』ではなかったということか》


「そういうことになる。

 だが、そうなった場合もう一つの問題が出てくる。『新藤幹也は一体なんなのか』、とな」


「……見当はついてるの?」


「正直言って分らん。俺も初めて目にするケースだ」


 英人は腕を組む。

 先程の『浄撃滅波イクソシス・フル・ブラスト』は一種の賭けでもあった。幹也が『喰種グール』かそうでないかを判定するための。


 もし『喰種グール』であれば、遅かれ早かれ『浄化』するしか方法はない。

 だが彼は『上級喰種』ハイ・グールでもないのに人間時と同じ知能を持ち、『千里の魔眼』で捕捉できない。


 これらの要素を勘案し、英人はもう一つの可能性に行きついたのだ――「新藤幹也はそもそも『喰種グール』などではない」と。

 そして今、その仮説が立証された。


「じゃあどうするのよ? 何も分からないんじゃ、手の打ちようがないじゃない!」


「ああ。だが、希望はできた」


「希望?」


「そもそも『喰種グール』とは、元は死んだ人間なんだ。

 死者を生き返らせられないように、『喰種グール』を人間に戻すことはできない。

 だが彼が『喰種グール』でないというのなら、まだ可能性はある」


 力強い瞳で、英人は瑛里華を見つめた。

 絶対に諦めない意思と覚悟を指し示すように。


「――ッ!」


 それを見た瑛里華は一瞬、息を飲んだ。


《暗がりでよく見えないでしょうが、『私』顔は今真っ赤っかです》


「う、うっさいわね!」


「そいつ」の指摘でさらに恥ずかしくなったのか、「ああもう!」と両手で頬をぐにぐにと揉みしだく。

ひとしきりそれをやった後、


「フー……よし! 八坂 英人!」


 その円らな瞳で英人をしっかりと見つめた。


「なんだ?」


「あの時私を見捨てたことは、許してあげる!」


「お、おう……」


《許すもなにも、誤解なんだけどね》


「そいつ」は冷静にツッコむが、瑛里華は無視して続けた。


「それに、アンタの素性も今は聞かないでおいてあげる。

 ……だから代わりに、私のお願いを一つだけ聞いて」


「……言ってくれ」


「幹也君と和香ちゃんを、助けてあげて」


 その時、二人の時間が一瞬止まったように感じられた。



「……」


「だってあの二人、今時考えられないくらい純情なのよ。

 あんなにもお互いのこと好き過ぎて、逆に最後の一歩を踏み出せないぐらいに。

 ホント、付き合い短い私から見てもドンくさいったらありゃしない。

 でも……」


 その時、瑛里華の目尻が小さく光った。


「すごく、羨ましいなぁって、思ったの……。

 私には、今まで恋というものがよく分からなかったから……!

 『誰かを好きになる』って、あんなにも美しかったんだなって」


 瑛里華はポツポツと頬から涙を落とす。

 英人はただそれを黙って見つめていた。


「だから、守りたいと思ったの。あの二人の恋を。

 さっきも『私がどうにかする!』って幹也君に啖呵を切ったんだけどさ……どうやら私じゃ、全然ダメみたい。

 だから、だから……!」


 胸の前で鏡をギュッと握りしめ、瑛里華は訴える。


 敵は未知数、幹也を救う手段どころか正体もいまだ不明。

 英人の力を以てしても、解決できるかは分からない。

 しかし。


 あんなに気の強かった少女が、助けを欲しいと叫んでいる。

 今まで嫌っていた相手に、涙を見せてまで。

 それも自分のためではなく、誰かのために。


「――ああ、分かった。約束する」


 英人にとって、それは戦うに十分過ぎる理由であった。

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