血命戦争⑩『怪しい勧誘』
「
「
二人は世間一般で言う「幼馴染」というものだった。
二人が生まれたのは、秋田県にある小さな町。
過疎化と少子高齢化が急速に進む中、同い年の二人が親しくなるのは半ば必然だった。
「ほら! でっかいカエル!」
「おっきー!」
コンクリートの街並みを少し離れれば、すぐに田んぼや山になる。
二人はそこで毎日、日が暮れるまで遊び続けた。
どこに行くにしても二人一緒。
「一人で遊ぶ」という発想自体、二人にはなかった。
「私大きくなったら幹くんのお嫁さんになる!」
「俺も大きくなったら和香と結婚する!」
最初は、ただ一緒にいることが楽しかった。
ずっとずっと、隣に居たかった。
こんな日々が永遠に続くのだろうと、漠然と思っていた。
だから深い意味も考えぬまま、「結婚式ごっこ」なんてこともやったりした。
花の冠に首飾り、そして
「永遠の……」
「愛を……」
「「誓います!」」
知っているフレーズだけを、何度も繰り返す。
何故なら、もっとずっと一緒にいたいから。
その無邪気な「誓い」が、誰かに届いたのだろうか。
その頃から二人に奇妙な現象が起き始めた。
「幹くん、昨日の夜に大きな声出した?
なんか突然声が聞こえたような気がして……」
「そっちの方こそ。家にいるはずなのに、和香の声が聞こえたぞ?」
時折、離れた所にいるはずのお互いの声が聞こえるようになったのだ。
とても不思議な出来事であったが、子供の二人は深く気にすることもなかった。
そして年月が経ち、学年も小学・中学・高校と上がっていく。
田舎だったこともあり、二人はずっと同じ学校・同じクラスだった。
ままごとや虫取り、かくれんぼといった遊びはカラオケやゲーム、映画に変わる。
しかし変わらず二人はずっと一緒だった。
そして――いつからだろうか、互いを思う気持ちは次第に「恋心」へと変わっていった。
それは当人はおろか、周りの目にも明らか。
いかなる時も一緒にいるのだから、それは至極当然だ。
でもずっと近くにいたからこそ、当の二人は互いに最後の一歩が踏み出せないでいた。
この世の誰よりも愛しているからこそ、踏み込むことを恐れるようになってしまったのだ。
このままじゃいけない。
だから男の子は――新藤幹也はいつか自信を持って「踏み込める」ように、勉強に励むようになった。
いい大学に入り、ちゃんとした会社に就職して、胸を張れるような男になってから彼女を迎えに行こうと決めたのだ。
そして無事に名門早応大学に入学し、その第一歩を踏み出す。
初めて訪れる都会は幹也にとっても驚きの連続だったが、持ち前の勤勉さと性格の良さで乗り切った。
WBCという大きなテニスサークルにも誘われ、一年生ながら注目を集める存在にもなった。
それが自身の努力ではなく、顔のおかげというのが少し引っ掛かったが……幹也の学生生活は概ね順調と言えるものだった。
――あの時までは。
「おい幹也。
今日の夜、空いてるか?」
それはサークルの新代表である
元々彼の推薦もあってWBCに入った経緯もあり、それなりに恩はある。
しかし加入して早二か月、幹也にとってこの男は絶対的に「合わない」タイプの人間だった。
傲慢な態度で、その言動は軽薄。
事あるごとに「代表」の肩書を持ちだすが、その割には仕事を全くしない。おまけに女癖も悪い……幹也でなくとも、嫌われてしまうような人間だった。
だが周りの先輩たちはその存在に怖気づいてしまったのか、茅ヶ崎の行動に対して強く言おうとしなかった。
どうやら、彼が大企業の御曹司ということが関係しているらしい。
しかし、だからといってこの惨状を放っておくわけにはいかない。
周りがやらないというなら、自分がやろう。
そう決心した幹也は一年生ながらも、精力的にサークル活動に励むようになった。
同じ一年生の取りまとめや、練習内容の提案、果ては今年の夏合宿の計画立案まで。
もちろん茅ヶ崎から見たら、幹也の活躍は面白いものではない。
直接的な対立はないものの、二人の不仲は誰が見ても明らかだった。
そんな中だった。彼から声を掛けられたのは。
「今日……ですか?」
「おお。まーたまにはサシで飲むもアリだと思ってな……どーよ?」
それは、あまりにも突然の誘いだった。
新歓コンパ以降、あまり話す機会もなかった関係性である。
そもそも茅ヶ崎は取り巻きとばかり遊び歩いていたので、それ以外の人物を、しかも二人きりで飲むこと自体が不自然だったのだ。
「……分かりました。でも俺未成年なんで、お酒はナシですよ?」
しかし幹也はそれを了承した。
「相変わらずお堅いねぇ。まーいいけど。
それじゃ決まりな!」
とかく悪い噂や評判が絶えない人ではあるが、同じサークルに所属するもの同士、一度腹を割って話しておきたかったのだ。
話せば分かる、とまでは言わない。
でも一度は話してみなければ、始まらない。
だが、事は幹也の想定通りには進まなかった。
「――悪い。サシ飲みっつったけど、実は一人だけ紹介したい人がいるんだ」
ガラの悪いバーのVIPルームに連れられてすぐ、茅ヶ崎は店員を使って人を呼んだのだ。
「紹介したい人、ですか?」
「ああ、まあスゲー人だから。ちょっと待ってろ」
何やら焦ったように、茅ヶ崎はその「紹介したい人物」とやらを待つ。
その様子もなんだか落ち着きがなくそわそわとしており、いつもの傲慢な態度が見えない。
まるで部活の後輩がOBやら先輩を待っているが如しだ。
(いったい、どんな人が……?)
サシ飲みと言いつつ人を呼ぶことに一瞬不信感を抱いたが、すぐに興味はその人物へと移っていった。
何せ大企業の御曹司が焦りを見せるほどである。
今から現れるのは、どれほどの大物なのか。
「――待たせた」
その声は突然、VIPルーム内に響いた。
――いつの間に、入ってきたのだろう。
しかしそんな幹也の疑問もつかの間。
「いえ! とんでもないです! こっちにどうぞ!」
それをかき消すように茅ヶ崎は勢いよく立ち上がり、丁寧にその来客を向かいの席へと誘導する。
それは幹也が普段のサークルで見てきた様子とはまるで段違い。
というよりもうほどんど別人に近い。
「悪いな、では失礼する」
だがそんな態度の急変に納得できてしまうほど、この目の前の男には異様な雰囲気があった。
それは青白く輝く髪や赤い瞳といった日本人離れした外見だけで、そう判断したわけではない。その男が発する、圧倒的な存在感が幹也にそう認識させたのだ。
「それで、こいつがこの前話した奴です!
ほら、さっさと自己紹介しろ」
幹也がその男に釘付けになっていると、茅ヶ崎が肘で小突いてきた。
「あ……は、はい。初めまして。
俺、
茅ヶ崎さんとはサークルの後輩です。
よろしく、お願いします」
幹也はぎこちなく頭を下げる。
気のせいだろうか、部屋の空気が重い。
それは別に険悪な雰囲気という意味ではない。
単純にクロキアという男が放つプレッシャーが、この空間を完全に支配しているのだ。
「そうか君が……おっと失礼、自己紹介がまだだったね。
私の名前はクロキア=フォメットという。
よろしく頼む」
男は薄っすらと笑う。
その表情に、幹也は背筋が凍る感覚を覚えた。
(……この人、『人間』だよな?)
非現実的な考えが頭に過る。
それほどまでに目の前の男はこの空間、もといこの「世界」からみても異質だった。
「で、どうですか? 実際に会ってみて」
既に横で着席していた茅ヶ崎が、手を揉みながらクロキアに尋ねた。
「ああ、そうだな――想像以上だ。
気に入ったよ」
クロキアはチラリと赤い瞳を幹也に向ける。
対する幹也の方はプレッシャーで目を合わせることができない。
「!! そうでしょそうでしょう!
いやー、連れてきて良かったです!」
「あの、これはいったい……?」
「あ? 今俺がクロキアさんと話してんだろ?
邪魔すんな、テメェ」
幹也が話に割り込むと、茅ヶ崎の態度が一変した。
あくまで今までの態度はクロキア専用のようだ。
幹也は妙にホッとした。
「まあ、そう言うな。
せっかく会ったのだから彼ともちゃんと話しておかないとね」
「い、いやでもこいつは俺が『私は彼と、話をしたいと言ったのだが?』……わ、分かりました」
茅ヶ崎は食い下がろうとするが、クロキアの一言で借りてきた猫のように大人しくなった。
話を
クロキアも幹也もそれを取り立てて気にはしなかったが、その理由は二者二様。
余裕があるかないかの違いである。
「さて、そうだな……まず君の出身地を聞いておこうか」
会話を一旦仕切り直したクロキアは、改めてゆっくりと口を開いた。
「え、えと……秋田、です」
「ほう、秋田か……それは中々。
ということは、今は一人暮らしかな?
若いのに、色々大変だ」
「ええ最初のうちは大変でしたが、今はなんとか……」
予想に反して、会話が弾む。
理由は単純。クロキアの物腰が柔らかいので、とても話しやすいのだ。
話の内容も家族の話や学業の話、趣味の話など取り留めのないものばかり。
結局二人の会話は終始途切れることはなく、穏やかに続いていった。
………………
…………
……
「……おや、もうこんな時間か」
「あ、本当ですね」
腕時計を覗くと、時刻は既に夜の10時過ぎ。
ついつい話し込んでしまったようだ。
(見た目はともかく、いい人じゃないか)
幹也はなんだか拍子抜けした思いだった。
あの茅ヶ崎がわざわざ紹介するのでどんな人物かと思ってたが、話してみたらずいぶんと好人物だった。
でも何故、茅ヶ崎はわざわざ自分のことを話したのか。それだけが気がかりではあったが。
「これ以上引き留めても仕方ない……では最後に一つだけ、聞いてもいいかい?」
しかしこれまでの和やかなムードに反し、クロキアは突然かしこまった雰囲気を出す。
「は、はい。どうぞ」
幹也は「なんだろう、いきなり」と思った。
でも最後とのことなので、その疑問をあえて口に出すことはしなかった。
「君は――『
「ヴぁ、『
それは今までの会話からは、あまりにも文脈が逸れた単語。
どう答えるのが正解なのか分からず、幹也は一瞬戸惑った。
しかしそんな様子を尻目に、クロキアはもう一言続ける。
「何を隠そう、それは私のことだ」
言い終えると同時に、異様なプレッシャーが幹也を包む。
生殺与奪の権を握られたと、本能が直感した。
だがもう遅い。
「えっ――」
逃げよう、と思考する間もなく幹也の意識は闇に落ちた。
次に「新藤幹也」の意識が覚醒したのは――実に三日後のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます