異能バトルはなろう系の中で③『知らない天井だ……』

「おい、大丈夫か!?」


 英人はすぐさまカトリーヌのもとに駆け寄り、その体を抱き起こす。


「ア……八坂やさか、さん……」


 朦朧もうろうとした意識で、カトリーヌは答えた。

 その白い顔は青ざめており、あわいピンクの唇は紫色になって震えている。


「どうした、どこか具合でも悪いのか!?」


 必死に呼びかけるが、唸るばかりで確たる返答はない。

 英人は『看破のかんぱ魔眼』を『再現』し、気絶の原因を探る。

 魔眼はまるでレントゲン写真のように身体の異常を映し出した。


「……こいつはひどいな」


 目に飛び込んだのは、折れた肋骨ろっこつとおびただしい量の筋断裂だった。

 おそらく肋骨については鉄パイプのようなもので殴られたものだろう。


 しかし、筋断裂の方は――?


 疑問に思うが、今はそれを考えている暇はない。


中級治癒魔法発動ミドル・キュアー――」


 英人は回復魔法を発動し、応急処置としてカトリーヌの体を修復させる。

 折れていた肋骨ろっこつは瞬く間に繋がり、筋肉の傷もある程度回復した。


「これでよし、と……」


 肉体の修復確認した英人はスマホを取り出し、119番をプッシュした。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ン……」


 夕方の日差しに当てられて、カトリーヌは目を覚ました。

 痛む体を無理やり起こし、周囲の状況を確認する。


 目に入るのは白いカーテンとベッド、そして点滴。消毒液らしき匂いも鼻につく。


(ここは……病室?)


 カトリーヌは昨夜の記憶を掘り起こす。

 昨夜は自宅のマンション付近まで帰ったのは覚えているが、それ以降については何も思い出せない。

 つまりは、気絶してしまったということだろうか。


 カトリーヌはおもむろに脇腹をさすると、ある事実に気付いた。


 ――折れたはずの肋骨ろっこつが、繋がっている。

 確かに折れていたはずなのに。


 本来ならば喜ぶべき事象ではある。だがそんなすぐに骨折が治ることなどあろうはずもない。

 なにせベッドサイドの時計によると、現在時刻は午後の4時過ぎ。つまり昨夜から半日も経っていないのだ。

 まさか骨が折れたのは、気のせいだったのだろうか? 

 だがそれはあり得ないとばかりにカトリーヌは首をブンブンと振った。


 間違いなく骨は折れていたはずだ。

 なぜなら昨日、私は――


「よう、起きたか」


 そう思った時、病室に一人の人物が入ってきた。

 見た目は二十代後半の、ごく普通の男性――八坂やさか英人ひでとだ。


「ヤ、八坂さん」


 驚くカトリーヌに軽く挨拶を済ませると、英人はベッドの脇に置いてある丸椅子に腰かけた。


「どうだ気分は? 痛む所とかないか?」


「マダ少しだけ体は痛みますが……大丈夫です」


「そっか。そりゃよかった」


 英人は柔らかく微笑む。


「ア、アの……」


「ん?」


「ヤサカさんが、病院まで連れていってくれたのですか?」


 カトリーヌは不安そうに、上目遣いになりながら英人に尋ねた。


「いや、連れていったのは救急車の人」


「ソウイウ意味じゃないでっ、ウう……!」


 英人の冗談に声を荒らげて指摘しようとすると、脇腹に鋭い痛みが走った。


「おいおい、まだ完治したわけじゃないんだから無理するな」


「……ツマリ、八坂さんが救急車を呼んでくれたということで良いんですね?」


 カトリーヌは涙を潤ませながら、その顔をジト目で睨んだ。


「まあ、そうなる……あ、リンゴ買ってきたんだけど食べる?」


「ア、ハイ……」


 英人は包丁とリンゴを取り出し、慣れた手つきで皮を剥き始めた。

 カトリーヌとしてはまだまだ聞いておきたいことはたくさんある気がするのだが、どうにも英人のペースに乗せられてしまう。

 あまりの自然体にほだされてしまった、とも言うべきか。


「カワを剥くの、上手ですね」


「まあな。これでも料理にはそこそこ自信がある」


 言いながら、英人は包丁に向かって規則正しくリンゴを回す。

 包丁を当てた所からは、均等な幅をした皮の帯が量産されていく。


 綺麗、と思わずカトリーヌは見とれてしまった。

 彼女自身も普段は自炊をしているのでそれなりに料理はできるし、リンゴの皮むきもよくやる。

 しかし今の英人の手付きはそのカトリーヌですら惚れ惚れするものだった。


「……んで、昨日は何があったんだ?」


 半分ほど剥き終えた頃、不意に英人はカトリーヌに尋ねた。その目は手元のリンゴを見たままだ。


「……」


 カトリーヌは一瞬ハッとした表情を見せるが、質問には答えずに沈黙を貫いた。


「……それじゃあ質問を変えよう。

 カトリーヌさん、君は特殊な『力』を持っているな?」


「――ッ!!」


 カトリーヌは驚愕によって目を見開く。


「図星か。じゃあせっかくだしその『力』の内容も当ててみよう。 

 まずは……その『力』の名前。それは『スーパーヒーロータイム』。

 効果は大きく分けて二つ。

 一つは『事件や危機が起きるのを直感的に察することができる能力』。

 そしてもう一つは『一週間に合計五分間、自身の身体能力を五倍にする』、だ」


「ナンデ、それを……」


「まあ俺にも君と同じような『力』を持っているというわけさ。

 ちなみに俺の能力は『相手の能力が分かる』だ。あと治癒能力も持っている」


 もちろんこれは方便である。

 まあ『看破かんぱの魔眼』や治癒魔法しか使えないと言っているわけではないので、まるっきり嘘というわけでもないが。

 しかしカトリーヌにとってそんな事情などもちろん分かるはずもなく、ただ呆然とした表情を見せていた。


「ん? 大丈夫か? ほれリンゴ」


「ア、ハイ……頂きます」


 カトリーヌはそのまま差し出されたリンゴを手に取り、しゃくしゃくと食べ始めた。

 その様子は心ここにあらずといった感じだが、とりあえず最低限の食欲はあるようだ。


「……コレカラ、私はどうなるのですか?」


 心の整理がある程度ついたのか、ふた切れ目のリンゴを手に取ったカトリーヌがぼそり、と尋ねてきた。

 その表情は不安に満ちている。


「どうって?」


「コンナ『力』を持っているから、隔離されたりとかするのですか? 

 もしくは実験の材料にされたりとか……」


 カトリーヌは少し泣きそうになりながらハムスターみたくリンゴかじる。

 可愛らしい仕草だが、何故そのタイミングでかじるのかはよく分からない。


「それについては安心しろ。そんなことにはならないし、させるつもりもない。

 ケガが完治したら君はそのまま退院するだけだ。ま、一週間もあれば十分だろ。

 しかし……」


「シカシ?」


「ヒーロー活動については、もうやめろ」


 英人は真剣な眼差しでカトリーヌに言った。

 カトリーヌは一瞬うろたえるが、すぐに口を開く。


「……ナ、なんのことですか?」


「最近噂になっている『ヒーローのコスプレをした人間』、あれ君だろ?」


「チ、チガイます! 確かに仮面ウォリアーは好きですが、コスプレなんか……」


「まだ『仮面ウォリアー』とは一言も言ってないが?」


「ウ……!」


 図星を突かれ、カトリーヌは俯いた。


「昨日何があったかまでは知らんが、大怪我までしたんだ、当然だ。

 それにその『異能』は体に掛かる負担も大きい。その証拠に全身痛むだろ?

 世の為人の為になるとは言え、こんな危険なことはもうやめたほうがいい……でないと、いつか死んじまうぞ」


 さとすように英人は言った。


 確かに、彼女の『異能』はそれなりに強力だ。

 しかしそれはあくまで『異能』レベルの話であり、無敵からは程遠い。

 事件が起こる度に首を突っ込んでいては、いずれ必ず死ぬだろう。


「イヤ、です……」


 カトリーヌは両手でシーツを固く握り込む。

 その表情はうつむいている為か英人からはよく見えない。


「ダメだ」


 だがそれでも英人ははっきりと答えた。

 

「ダッタラ私以外の誰が、傷ついた人を助けられるのですか!?」


 しかしカトリーヌも引かない。


「そりゃ警察だ。

 この国の警察には君と同じように『力』を持った専門集団がいるから、そいつらに任せりゃいい」


「ソレだけでは足りないから、私が……!」


 カトリーヌはベッドから身を乗り出して英人に詰め寄った。

 北欧女性らしい、その鋭くも整った目には明らかな抗議の意思が宿っていた。

 彼女の荒い息遣いが、英人の顔に触れる。


「ま、警察が後手に回りがちなのは認める……が、中には熱意と能力のある奴だっている。

 だからもう少し、彼らを信じてやってくれないか?」


 英人はさとすように、カトリーヌの肩を優しく押さえた。

 

 カトリーヌはさらに反論しようかと一瞬悩んだが、その優しくも悲しい瞳を見て、やめた。

 彼女は英人に促されるまま、ベッドに横になった。


「……とにかく退院するまでは安静にしてろ、いいな?」


「……ハイ」


 シーツをそっとかけた後、英人は病室を後にした。





「……君もあまり人のことは言えないんじゃないかい?」


 病室から出ると、ドアの近くに立っていたヒムニスが声を掛けてきた。


「こういうのは多少は自分のことを棚に上げるぐらいが、ちょうどいいんだよ」


 そう答えつつ英人はヒムニスの隣に立ち、壁にもたれる。


「おや、意外と自覚はあったんだね」


「まあドンパチ始めてそれなりに長いからな。今年で十年目だぞ、十年。

 いやでも自覚するさ」


「それにしたって今のさとし方は中々真に迫っていたじゃないか。

 やはり元『英雄』からすると、ヒーローの動向は気になってしまうものなのかい?」


「……それを100パー否定できないってのが、なんとももどかしいところだな。

 それより彼女の件、調査は進んでいるのか?」


「ああ昨日カトリーヌ君が撃退した『異能者』のことだね。もちろん済んでいるよ」


 ヒムニスは英人に資料を渡す。


「これは――昨夜の『異能』発生反応、か」


「ああ、どうやら彼女たちは昨日派手にやり合ったらしい。

 見ての通り、非常に強い反応が検知された。むしろ強かったからこそ検知できたというべきだが。

 まだ警察から詳細な情報は上がってきてないから断言できないが、これだけの量と質だ。おそらくは――」


「『異能者』たちが徒党ととうを組んでいる、ってことか」


「そういうことになるね」


『異能者』が徒党ととうを組むケース自体は全くないわけではないが、かなりのレアケースでもある。

 というのも基本的に『異能者』はその『異能』の存在を隠すので、犯罪を起こすにしても単独行動がほとんどなのだ。

 それにそもそもその絶対数が少なく、組もうにも相手がいないという実情もある。


「徒党を組んでいることもそうだが、反応の強さを考えると『異能』の質もかなり高いとみるべきだろう。

 そもそも戦闘タイプの『異能者』であるカトリーヌ君がやられているわけだからね」


 ヒムニスの言うように、一口に『異能』と言っても直接戦闘に関わるような能力はあまり多くない。そもそも戦闘向きでなかったり、そうであっても効力が弱すぎるものばかりだ。

 しかし今回は完全に戦闘タイプの『異能』を持つはずのカトリーヌが大怪我まで負っている。


「となると今回の件、相当用心して掛かったがいいな……早速俺の方でも動いてみる」


「それは結構。しかしそうするにしても、彼女から色々聞いた方がいいんじゃない?」


 ヒムニスは病室のドアを親指でクイクイと指した。


 確かに、至極ごもっともな話ではある。

 だが――


「いや、あまり事件の話を振って彼女をその気にさせるわけにはいかない。

 また無茶して今度は死にかねないからな。

 だから、今回は彼女が退院する前に片を付ける」


 その手段だけは、取るわけにはいかない。


「そういうことなら、こちらは何も言うことないよ」


「というわけでヒムニス、彼女のことは頼んだ」


「了解。

 ……今回の事件、ヒーローの次は、元『英雄』の出番というわけだね」


 ヒムニスはニヤリと笑う。

 英人はそれに自嘲の笑みで返し、病院を後にした。



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