異能バトルはなろう系の中で④『ウィスキーはお好きでしょ?』

 神奈川県警察本部。

 文字通り、神奈川県全域の治安維持を担当する神奈川県警察の総本部である。

 全国でもトップクラスの規模を誇る地方警察組織の中心部ということもあり、そのオフィス内はいつも忙しなく人が行きっている。


 そんな喧騒けんそうに包まれた環境の中、黙々と資料に目を通している男が一人。

「真面目」や「誠実」といった言葉が神奈川県警一似合う男こと、義堂ぎどう誠一せいいちである。

 始業してからしばらく経つが、ずっとこの調子だ。


「義堂さん、またそんな量の書類とにらめっこして……」


 その様子を見かねて捜査一課所属の刑事、足立あだち啓太郎けいたろうが話しかけた。

 義堂が書類に目を通すことなど別段珍しくもないが、最近の熱の入れようは異常だ。

 その証拠に普段はきっちり整理整頓されている机の上が、資料の山で埋め尽くされている。


「ん? おお足立か。

 いや少し前の未解決事件について調べてみようと思ってな。

 資料室からそれらしい事件の資料を拝借してきたんだ」


「拝借したって量じゃないですよこれ……」


 足立は資料の山を呆然と眺める。

 彼でなくとも、見てるだけで頭が痛くなるような量だ。


「なに、明日までには読み終える。

 窮屈に感じるかもしれんが少しの間我慢してくれ」


 そう言いつつ義堂はすさまじい速さでページをめくっていく。

 これで決して読み飛ばしているわけではなく、ちゃんと要点を押さえているのだから驚きだ。


「別に私は大丈夫ですけど……なんだか『かまいたち事件』以来、いつにも増して燃えてますよね。

 まあ事件解決の功労者として表彰までされたわけですから当然ですけど。

 いやー今更ながら、凄いっす義堂さん!」


「たまたま運が良かっただけだ。

 それに前回の事件は色々と特殊だったからな……だから次は後手に回らないように、こうして以前の未解決事件をしらみ潰しに漁っている」


 資料に目を通しつつ、義堂は答えた。

 足立の言った通り、世間的には先日発生した『かまいたち事件』こと堀田ほった壮吾そうごによる連続殺人事件は、義堂が解決したことになっている。

 もちろん警察内でもその功績は認められ、表彰されるにまで至った。それからというもの、義堂はこうして資料とにらめっこする日々が続いているのだ。


 一見すれば表彰によってモチベーションが向上しより一層業務に励んでいる、という風に見える。

 確かにそういう部分もあるのだが――


(次『異能者』関連の事件が起きた時、しっかり動けるようにしなければな)


『異能者』という超常の存在が、義堂の認識を大きく改めていた。


 英人の話を聞く限り、『異能者』が起こす事件はそれなりにある。

 恐らく今後も直面していくことになるだろう。だから英人と協力関係を結んだのだ。

 しかし、だからといってそれに甘えるわけにはいかない。

 そのためにも今こうして自分ができる範囲のことを全力で取り組んでいる。


「しっかし『かまいたち事件』もそうですけど、最近は変な事件が多いですよねぇ。

 今日捜査した事件も変な証言ばかり出てきて、報告書が書きづらいったらないですよ」


 パソコンを睨みながら唸る足立。

 画面には、報告書の書式がまっさらの状態で表示されている。


「何かあったのか?」


「今日は先日あった強盗事件の被害者宅に訪問してきたんです。被害者夫婦に事件当日の話を聞こうと思って」


「ああ、例の資産家宅への強盗事件だな」


「ええ。資産家と言うだけあってお宅もいわゆる豪邸という奴で、監視カメラも多数設置されていました。

 なので犯人の姿自体はすぐ見つかったのですが……」


「何か問題でもあったのか?」


「顔までは判別できませんでしたが、映っていた犯人は明らかに二人組だったんですよ。 

 でも被害者ご夫婦は『犯行グループは間違いなく七、八人はいた』って言うんです」


 そこまで言い終えると足立は「どうすりゃいいんスか? これ」と今度は頭を抱えて唸り始めた。

 対する義堂は顎に手を当てて考え込んだ。


 ……普通であれば、ただの見間違い、もしくは勘違いとして片付けるところではある。

 しかし自分はその『普通でないもの』をもう知ってしまっている――そう、『異能者』の存在だ。


 ふと脳裏に親友である八坂やさか英人ひでとの顔が思い浮かぶ。

 前回の事件から幾日も経っていないが、ここは協力してもらう他なさそうだ。


 そう決心して早速英人に連絡を取ろうとした時、椅子の背もたれにかけておいた義堂の背広が震えた。

 胸の内ポケットを探ってみると、案の定その振動はスマホによるもの。

 すぐさま中身を確認すると、


『急ですまないが、今日の夜会えないか?』


 英人からのメッセージであった。


 ――まさか、俺の様子を『魔眼』とやらで見ているんじゃないだろうな?


 義堂はフッと小さく笑い、『大丈夫だ』と短く返信した。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「まさか、お前がこんな店を知っているとはな」


「なんだその言い方は……まあ俺もこの店知ったのは昨日だけど」


 グラスをテーブルに置きつつ、英人は苦笑する。


 二人は今、昨日かおると飲んでいたバーにいた。

 ちょうど乾杯を終えたところであり、今回はカウンターではなく奥のソファー席に座っている。

 昨日の今日ではあったが、マスターが快く迎えてくれたのはありがたい。


「それで今日呼び出したのは? やはり『異能者』の件についてか?」


 一口飲んだグラスをテーブルに置き、義堂が尋ねた。


「察しが良くて助かる……実は昨日、ケガを負った『異能者』を一人保護した」


「……! それで、その『異能者』は?」


「幸い命に別状はない。およそ一週間で退院といったところだ。

 んでこっちが本命なんだが……そいつは徒党ととうを組んだ『異能者』に襲われた可能性がある」


 英人はグラスを揺らす。


「『異能者』の、徒党ととう……!?」


 そんなものがあるのか、とばかりに義堂は聞き返した。


「ああ。『異能者』同士が群れるのはかなり珍しいケースなんだが、今回はその可能性が高いそうだ」


「手掛かりは? 例えば、その被害者から何か証言は聞けてないのか?」


 義堂はテーブルか少し身を乗り出す。

 すると英人はバツが悪そうに頭を掻いた。


「聞きたいのは山々ではあるんだが……少し事情があってな」


「事情って?」


「ああそれは――」


 英人はカトリーヌのことについて話した。




「なるほど、そんなことが……」


 義堂は顎に手を当てて考え込む。

『リアル仮面ウォリアー』の件については、彼も把握していた。

 まさかその正体が外国人女性で、しかも英人のご近所さんであるなどとは思いもしなかったが。


「今は安静にしてもらっているが、事件の話を聞いていつ病室を抜け出すか分からない。

 だから俺たち二人で迅速に解決しようというわけさ」


「それについては了解した。

 しかしどうする? 今のところ『異能者』がグループを作っているということぐらいしか情報はないんだろ?

 目的だって不明だ」


「だが『事件や危機が起きるのを直感的に察することができる』という能力を持った彼女と戦ったということは、なんらかの事件を引き起こしていた可能性は高い。

 だから直近に近場で発生した事件から『異能者』関連と思しき事件を調べれば、犯人像の絞り込みが出来ると思う」


「『異能者』関連の事件か。そういうことなら一件あるぞ」


 義堂は資産家宅への強盗事件について話した。



「――とまあ、こんな感じだ。どう思う? 八坂」


「その資産家夫婦の証言が正しければ、ほぼ間違いなく『異能者』の犯行だな」


 腕を組みつつ英人は答えた。


「やはりそう思うか……ちなみにどんな『異能』か見当つくか?」


「影分身のように実際に犯人の数が増えたり減ったりする、というわけでは多分ないはずだ。

 おそらく『自分の姿が増えたように見せる能力』、みたいな幻術の類だろうよ」


「幻術、か……」


 義堂はそう呟くと右手で額を押さえる仕草をした。


「どうかしたか?」


「いや、『かまいたち事件』から始まり今では『リアル仮面ウォリアー』に幻術使い……。

 我ながらとんでもない世界に足を踏み入れてしまったな、と思っただけさ。

 ついひと月前とは世界が180度違って見える」


「傍観者目線で言っているけど、お前も一応『異能者』だからな?」


 英人がそう言うと、義堂は腕を組んでうーんと唸り始めた。

『異能』の存在を知ってまだひと月足らず、理解はできても納得はし切れていないようだ。


「とりあえず、明日は朝イチでその『異能』反応があった箇所へ行ってみるよ。

 だから義堂はその強盗事件とそれ以外の『異能者』関連らしき事件の調査を頼む」


「了解した」


 一応の議論を終えると、英人は背もたれに深く寄り掛かった。


「また下手すりゃ徹夜の監視生活になるかもなあ……よし! 後一杯飲んだら帰るか」


 気合を入れるように、英人はソファーから勢いよく背を起こす。


「そうだな。明日も早いし、そうするか」


 義堂がドリンクメニューを開いたその瞬間、



 ――ドオオオオオオオンッ!!!!!



 凄まじい音量の爆発音が鳴り響いた。



 あまりに突然の出来事に呆気にとられたのか、店内は一瞬静寂に包まれる。

 しかしすぐにパニック状態となり、あちこちから悲鳴が木霊こだました。


「な、なんだ!?」


「分からん、一旦出て確かめるぞ義堂!」


 慌てふためく客をよそに、二人はダッシュで店外へと出た。




 店を出た先にある繁華街の路上には、店内と同様に騒然とする人々の姿があった。

 よく見てみると、皆一様に同じ方向を見つめている。

 追従するように二人もその方向へと顔を向け、そして絶句した。


「……っ!」


「なんてこった……!」


 そこには空を覆わんばかりの黒煙を立てて燃え盛る、ビルの姿があった。



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