異能バトルはなろう系の中で②『ようこそ、バーボンハウスへ』

 かおる英人ひでとがファン研の部室を出てから、およそ一時間。


「マスター、いつもの」


「かしこまりました」


 二人は薫の行きつけというバーに来ていた。

 やや照明を落とした店内には落ち着いたジャズが流れており、中央にはピアノも設置してある。

 ふとバーカウンターを撫でてみると、かなりの年季が入った手触りが伝わってきた。

 よくメンテナンスされているようで、古くてボロいというよりかは伝統を感じさせるような趣だ。


 店内を見回してみると、客層は三十代以上のサラリーマンが中心で、それに混じってちらほらとドレスを着た女性や外国人の姿も見える。


 ……どう考えても大学生が行くとこじゃないよな、ここ。


「ささ、八坂君も頼んで頼んで」


 店内をざっと見渡していると、薫が注文を促してきた。

 心なしか声もいつもよりハスキーな感じだ。


「ん……じゃあジントニックで」


「かしこまりました」


 注文を受けるとバーテンダーが軽快な動作でシェイカーを振り始めた。

 一見すると簡単に見えるが、やってみると結構難しくそして奥が深い動作でもある。


 ……今度『再現』してみよう。


「お待たせしました。こちらジントニックとアレキサンダーです」


 英人がそんなことを思っていると、バーカウンターに二つのグラスが差し出された。

 さすがはプロ、仕事が早い。


「じゃあ……カトリーヌ君の入部を祝って乾杯しようか」


「まだその建前続いてたんすね」


「べ、別にいいだろう……じゃあ、乾杯」


「乾杯」



 ………………


 …………


 ……



「――いやあ、やっぱりエルフっていいよね。やっぱりファンタジーにはこの種族がいないと」


「いやまあ、そうっすね」


 酒が入って上機嫌になった薫から繰り出されるファンタジートークに、英人は相槌あいづちを打つ。

 基本的には彼女がずっと話している状況だ。


 ……いや、ちゃんと話は聞いていますよ? 時々合いの手も入れているし。

 というかウチの大学の教授がエルフのクォーターだと知ったらどういう顔するんだろう、この人。

 まあ奴はエルフの血が入ってるといっても、見た目おっさんの年齢くそジジイだしな……。


 そんなことを考えながら、英人は今日四杯目のジントニックを口に運んだ。


「すまない、なんだか私ばかりが喋ってしまって」


「いえ全然。

 為になりますし、楽しく聞かせてもらってますよ。

 ……それにしても、泉代表って本当にファンタジー好きですよね。

 何かきっかけとかあったんですか?」


 これは英人が以前から疑問に思っていたところであった。

 まあ今日にいたるまで聞くタイミングが中々なかったわけでもあるが。


 今更ながら、薫のファンタジーに掛ける情熱はかなりのものだ。

 ファン研に入ってからは英人もファンタジー関係の書籍をそれなりに読んできたが、まだまだ薫の知識量には遠く及ばない。

 女性がここまでファンタジーや神話・オカルト関係にのめり込むなど中々ないだろう。


「まあ……幼い頃から興味があったのさ。こういう非現実的な分野にね。

 男だって最初は仮面ウォリアーみたいにヒーローが好きだろう?

 つまり、私にとってのそれがファンタジーやオカルトというわけなのさ」


「非現実、ですか」


「ああ。こんなバーで背伸びをしているが、まだまだ私も子供の頃からの趣味嗜好が抜けない、お子ちゃまというわけさ」


 そう言って薫は銀色の髪をかき上げた。

 その優雅な動作には「ファサッ……」という擬音がふさわしい。


「でも好きなものをずっと好きでいられるのって、すごいことだと思いますよ」


 言いながら、英人の脳裏にふと一つの疑問が過った。


 ……もし、彼女が異世界の存在を知った時、どういう反応をするだろうか。


「ファンタジーの世界は本当にあったんだ!」と喜ぶのか?

 それとも、「空想上の産物のままでいてほしかった」と逆に幻滅するのか?

 もしかしたら、それは彼女自身にも分からないのかもしれない。


 そんなことを考えながら、英人はグラスに揺れる水面を眺めた。


「そうかい? でも我ながら変人だとは自覚しているよ」


「でも、悪い人じゃあない。いやむしろ良い人だと俺は思ってますよ」


「なんだいそれ? 

 全然そんなことはないと思うが……もしかして私を口説いているのかい!?」


 薫は英人の方を向き、その横顔を凝視する。


「その辺りの判断は代表にお任せします」


 しかしそんな視線など問題ないとばかりに、英人はおしぼりで手をきながら涼しく返した。


「むむ。なんだか今日は君がやけに大人っぽく見える……」


「そりゃまあ、これでも一応年上ですから」


「むむぅ。平部員のくせに生意気だぞ君は……マスターお代わり!」


「かしこまりました」


 数分後、新しいグラスがカウンターに置かれた。ちなみに今日で九杯目だ。


 ……普通に飲みすぎだと思う。



 ――――



「……でもまあ、正直助かっているよ」


 九杯目もなくなりかけた時、薫はぼそりと呟いた。


「何がです?」


「半ば無理やりに連れてきたというのに、こんな時まで代表の私に敬語使ってくれてるってことさ。

 人数が少ないサークルだけど、おかげで今もまとまることができてると思う」


「代表の人柄ですよ」


「なんだかんだ言って部室にはちょくちょく顔を出してくれるし、雑務も手伝ってくれる。

 それにこうして夜の付き合いまで……改めて考えるとなんだいこれは!? 本気で私を口説きに来てるのかい!?」


 薫はいきなり声を荒らげた。

 英人をにらむ瞳はどこか焦点が合っておらず、白い肌も赤く上気している。どうやら酔っているらしい。

 一応声のボリュームは抑えていることから最低限の理性は残っているようだが。


 英人は「どうすんだよ、これ」とばかりに視線をマスターの方へと向けるが、「やれやれ」と涼しい顔。

 どうやらこうなるのは毎度おなじみのようだ。


 あれ、おかしいな……前回大学近くの居酒屋でサシ飲みした時はこうはならんかったんだが……。

 まさか雰囲気でも酔っちゃう人なのか?


「とりあえず少し落ち着きましょう、ね?」


「なんだい今の余裕たっぷりの『ね?』は! あれかい? 年上のアドバンテージを利用して丸め込む気かい!?」


「いや違いますって……」


「いいや違わないね。だいたい君は――」


 そして始まった説教(?)と愚痴は数十分続いた。





「スゥ……スゥ……」


 ひとしきり説教と愚痴を言い終えた後、薫はバーカウンターに突っ伏して眠ってしまった。

 静かめの、規則正しい寝息が聞こえてくる。

 東城とうじょう瑛里華えりかの時といい、英人の周りには眠り上戸じょうこが多いらしい。


 一方の英人はその隣で酔いを醒ますために水を飲んでいる。

 ちなみに時刻は閉店間際、なので店にはもう人は数えるほどしかいない。


「だいぶ泉さんに気に入られてますね、貴方」


 バーカウンターの向こう側から、マスターが声を掛けてきた。


「そうなんですかね? まあよく飲みには誘われますけど」


「彼女がここの常連になって頂いてからは結構経ちますが、連れてきたのは貴方が初めてですよ。

 それによく、貴方のことも話題に出していましたしね」


 英人はチラリと薫を見る。


 ……彼女が俺のことを?


「……ちなみに話の内容というのは?」


「申し訳ありません。

 守秘義務がありますので」


 そう言ってマスターはわざとらしく頭を下げた。


「でしょうね」


「とはいえ、貴方もできた人ですね。わざわざ泉さんが連れてきたのも頷ける」


「いやいや買いかぶり過ぎですって」


「そんなことありませんよ。

 いくら美人相手とはいえ、ここまで説教や愚痴にちゃんと付き合ってやれる男なんてそうそういませんから。

 それにいま私が話している間もさりげなく彼女のことを気にかけている……八坂さん、貴方モテるでしょ?」


 そう言ってマスターは少しニヤリと笑う。


「そんなことないですよ。普通です普通。それに……」


「それに?」


「彼女……代表には感謝してるんです」


 英人はおもむろにグラスを揺らした。


「感謝、というと?」


「俺今28歳なんですけど、まだ大学二年生なんです。

 それに八年間海外にいた関係で、どうもキャンパスライフ馴染めきれない部分があって……。

 だから今のサークルに誘ってくれた代表には、感謝しているんです。

 たとえ小さくても、俺に居場所をくれましたから」


 英人は入学した当初のことを思い返す。

 念願のキャンパスライフ、そのはずなのに何故か心から喜べなかった。

 それは自分以外の大学生が皆違う人種のように、いや自分だけが「異物」のように思えてしまったからだ。


(異世界では『英雄』と呼ばれるほどの活躍をしたはずなのに、なんとも心の狭い話だ。

 いやむしろ『英雄』などと持て囃されたがこそ、か。

 だからこそ彼女には感謝している……まあ絡み方は時折ウザいけど)


「なるほど、居場所……ですか」


「ええ。今更ながら、その大切さに気付きましたよ」


 英人は残った水を飲み干した。



 ………………


 …………


 ……



「……うう、ん……」


「起きましたか、代表」


 バーが閉店してから約20分後、薫はむくりとカウンターから起き上がった。


「……すまない、眠ってしまったみたいだね」


 薫は髪をかき上げながら店内をキョロキョロと見渡す。

 店の中にいるのはマスター含めて三人だけ、そのマスターは奥で閉店後の片づけを黙々と行なっていた。


「んじゃもう閉店しましたし、俺らもそろそろ帰りますか……さ、代表」


 英人は椅子から立ち上がり、手を差し出した。

 あまりにも自然な動作で差し出されたものだったので、薫も思わずその手を握ってしまった。


「おっとと……」


 まだ体が寝ぼけているせいで椅子から立ち上がった時に体がふらついてしまったが、手を握っていたおかげで事なきを得た。

 薫の無事を確認すると、英人は握っていた手を放した。


「じゃあ行きますか」


 英人が声を掛けると、薫は物惜しげに手の平を見つめている。


「……ん? あ、ああ」


 しかしすぐに手を下ろし、そのまま英人と一緒に店を出た。





 深夜の街を、二人で歩く。

 繁華街なのでまだまだ明かりは灯っているが、閉店した店もそれなりに目立つ。


「そういえば会計は大丈夫だったのかい? せっかくだし私が全部出すよ」


 薫は心配そうに財布を取り出した。


「いや、今日はマスターの奢りらしいです」


「え?」


「何かいい話を聞かせてくれたお礼だとか」


「いい話……?」


「まあこちらの話です……っと、おーい!」


 英人は手を挙げてタクシーを呼んだ。

 終電の時間はとっくに過ぎているので、帰る手段は二人共これしかない。


「代表もタクシーでいいですよね?」


「あ、ああ……ありがとう」


 一台のタクシーが目の前に停まり、ドアが開く。



「そうだ……代表、最後に一つだけ聞いていいですか」


 薫が乗り込もうとした時、英人は不意に口を開いた。


「ん? なんだい?」


「なんで俺を、ファン研に誘ってくれたんですか?」


 その問いに、一瞬だけ静寂が流れる。

 しかしすぐに薫は微笑み、


「君といると、退屈しなさそうだからさ」


「……そうでしたか」


 その答えに英人も微笑んだ。



「君はタクシーに乗らなくていいのかい?」


「俺は方向逆ですから……それじゃあ今日はお疲れ様です」


「ああお疲れ様、また明日」


「また、誘ってくださいね」


 その言葉に薫は笑顔で返し、そのままタクシーは去っていった。

 残された英人は、軽く一息つく。


「それじゃあ俺も帰るか……『エンチャント・ライトニング』」



 ………………


 …………


 ……



 タクシー代を浮かすために魔法を使い、英人は自宅であるマンションの前に着地する。

 普段はちゃんと公共交通機関を使ってはいるが、終電を過ぎた時はいつも魔法を使って移動しているのだ。


 英人は一応誰かに見られていないか周りを見渡す。


 すると、50メートルぐらい先の所に塀を背にしてうずくまっている人影が一つあった。


 酔っぱらいか、と思いつつ目を凝らしてみる。

 しかし、その目はすぐさま驚愕に染まった。



「カトリーヌ……!?」


 思わず声が出る。


 そこに居たのは、意識を失った白髪の美女の姿だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る