異能バトルはなろう系の中で①『ヒーロー参上!』

「ゆ、許してください……」


 そこは、繁華街のとある路地裏。

 都心においてもひと際異臭が立ち込める空間で、必死に土下座をするスーツ姿の男が一人いた。

 その頭を覆う髪は薄く、白髪も混じっている。典型的な中年サラリーマンといった風体だった。


 その彼が頭を下げる先には、薄ら笑いを浮かべる三人の男たち。

 一応全員スーツ姿ではあるが、こちらは赤、白、青と派手な色でネクタイもしていない。誰がどう見ても真面目なサラリーマンといった風体ではなかった。


「ハッ、そう言われてホイホイ許すワケねェだろが!」


 その中の一人が、大声でサラリーマンを恫喝する。

 三人組はいわゆる「暴力団」の構成員と呼ばれる人種だった。


「こっちは商品の女キズモンにされてんだぞ! 

 分かってんのか、アア!?」


「そ、それはいきなりあの子が……」


「口答えすんのか、アアッ!?」


「い、いえそういうわけでは……!」


「だったらさっさと三百万払えやオラ!」


 耳をつんざくばかりの怒声と共に、白スーツの男がサラリーマンの横腹を蹴り上げた。


「か、は……!」


 サラリーマンの肺からは空気が押し出され、体はまるでボールのように路地裏を転げまわる。


 なぜ、自分がこんな目に遭わなければならないのか。

 かすんでいく意識の中で、男は己の不幸を呪った。


 最初はただ、繁華街でキャッチの女の子に付きまとわれただけだった。別にこちらから何かしたわけじゃない。

 なのにいきなり「助けて」と大声で叫ばれ、示し合わせたかのようにこの男たちが現れたのだ。そして今、示談金と言って三百万円という法外な金額を請求してきている。


 当然そんな金、一介のサラリーマンにすぐ払えるわけがない。

 娘の学費があるし、家のローンだってまだまだ残っている。


「はぁ、はぁ……す、すみません……!

 今持っているお金は全部渡しますから、これでどうか……!」


 サラリーマンはとりあえず財布から一万円札を数枚取り出し、男の一人に差し出した。


「ああっ? ……チッ、こんだけかよ。

 オイこっちも寄越せ」


「あっ……!」


 だが案の定その金額に納得できなかったようで、男は財布の方も強引にひったくった。


 ニヤニヤと笑いながら中のカード類を漁っていく三人の男たち。

 しかし、ふと赤スーツの男の手が止まった。


「これ、アンタの娘さん?」


「そ、それは……!」


 それは、今年の四月から大学生となった最愛の娘とのツーショット写真だった。

 サラリーマンにとって、この写真はお金には代えられない宝物。


「か、返してくれ!」


 サラリーマンは写真を取り返そうと手を伸ばす。

 しかし男はこともなげにそれを躱した。


「おーおー結構可愛いじゃん。ほらお前らも見てみろよ!」


「おーいいねぇ!」


「めっちゃ胸でけぇじゃん! ヤリてぇーっ!」


 三人は一様に下卑た笑い声をあげる。

 サラリーマンにとって、こんな風に最愛の娘を評されるのは屈辱以外の何物でもなかった。


「おーし、いいこと思いついた! 顔上げなよ、オッサン」


 ひとしきり笑い終えた後、男の一人が口を開いた。

 サラリーマンも指示通りに顔を上げる。


「な、なんでしょうか……?」


「この女、俺らにくれよ」


「……は?」


 一瞬、彼が何を言っているのかが分からなかった。

 ――娘を、奴らにやる……?


「ふ、ふざけるな……! お前等みたいな連中に誰が……!」


 サラリーマンは立ち上がり、男たちを睨みつける。

 

「そう怖い顔しないでよ。

 ちょーっと俺らのために働いてもらっただけで三百万をチャラにしてやるんだから、むしろ感謝してほしいわー」


「断る! そもそも三百万円をお前らに払う義理なんてどこにもない!」


「だ・か・らぁー……オメーに選択肢なんてないんだってーのっ!」


「ぐはッ!」


 男にいきなり顔面を殴られ、路地裏を再び転げまわる。


 い、痛い……。でも娘のためには……っ!


 そう自分の体に喝を入れ、なんとか立ち上がって男たちを睨みつけた。

 しかし。


「お、免許も入ってんじゃーん……よーしこれで住所も押さえたからな。

 もう逃げられると思うなよ?」


 その言葉にサラリーマンの表情は一気に青ざめた。


 仮にも数十年を社会人として生きてきたのだ。住所を知られるという恐ろしさは熟知している。

 必死に築き上げてきた幸せが、音を立てて崩れていくのを感じた。


「う、うわあああぁぁぁぁ!」


 もはや取り返しのつかない状況。

 半ばヤケとなり、サラリーマンは一か八かと男たちに突っ込んだ。


「はっ! 何いきなりマジになってんだよっ!」


「がっ……!」


 だが当然、その手が男たちに届くことはなかった。

 返り討ちにあった中年の肉体はアスファルトの上を転がるが、男たちの追撃は止まない。


「オラッ! オラッ!」


「死ねぇ!」


「ははははっ!」


 下品な笑い声と共に、サラリーマンの体に足が振り下ろされていく。


千里ちさと美紀みき……すまない)

 

 かすみゆく意識の中で、走馬灯そうまとうのように浮かんでくるのは愛する妻と娘の姿。

 だがそれも霧のように消えようかという寸前。


「――ぐっ!?」


「が、がはッ!」


「なんだおま……ぐあっ!?」


 三つのうめき声と共に、男たちからの蹴りがぱたりと止んだ。


 誰かが、助けてくれたのか?

 でも一体誰が?

 

 サラリーマンは途切れそうになった意識に鞭打って顔を上げる。


 ――その姿には、見覚えがあった。


 赤を基調とした服装、もといコスチューム。

 さらには頭部全てを覆い隠すヘルメット……ではなく仮面。


 それは子供の頃から見始めて、子を持つ親になった今でも見続けている憧れのヒーロー。


 その名も――


「仮面、ウォリアー……?」


 呟きと共に、サラリーマンは気絶した。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「仮面ウォリアーを知ってるかい?」


 唐突に、ファンタジー研究会代表こといずみかおるが口を開いた。


 季節は六月の下旬。

 梅雨も終わりを迎えつつあり、月が明ければいよいよ本格的な夏となる。

 今日もファンタジー研究会の部室では、各々が何をするでもなく読書にふけっていた。


「そりゃ知ってますけど……それがどうかしたんです?」


 薫の問いに、最年長メンバーである八坂やさか英人ひでとは本から目を離さずに聞き返した。

 読書中にいきなり薫が話を振ってくるのはここでは毎度のこと。部員にとっては慣れっこだ。

 しかし無視したりすると機嫌を悪くして面倒なことになったりするので、大体はこうして英人が片手間に相手している。

 ちなみにオカルト関係の話の時はサークルきってのオカルト好き文学少女こと秦野はだの美鈴みすずが担当する。


 だが今回の場合は――


「ハイ! 私知ってます! 大好きです!」


 麗しい白髪のラトビア人美女、カトリーヌ=フレイベルガが率先して食いついた。


 およそ二週間に英人と合コンで出会った彼女だが、その後はすっかりと意気投合していた。

 さらに最近では通学や講義、昼食など事あるごとに英人と行動を共にするようになり、最終的には「興味がある」と言ってファン研の部室にまで付いてきてしまったのである。

 薫も「見た目がファンタジーっぽいのでOK」と二つ返事で入部を許可。晴れてカトリーヌはファン研四人目の部員となったのだ。


 つまり現在のファン研は、男女比1対3と、他サークルの男子から見れば羨ましいことこの上ない状況なのである。


「おお、やっぱりカトリーヌ君は食いつき良いね……どこかの誰かさんと違って」


 薫は英人のことをジト目で睨むが、当の本人はどこ吹く風。


「いやーちゃんと聞いてますよ。この前だってサシ飲み行ったじゃないですか」


「言っとくけど、それまだあと一回残ってるからね……まあとりあえず話を戻そう。

 仮面ウォリアーと言えば皆も知ってる通り昭和の時代に始まり、今も毎週日曜日に放送している人気ヒーローシリーズだ。

 内容は仮面を被った正義のヒーローが悪の怪人を倒すという王道的なもので、実際に見たことがない人でも名前と存在くらいは知っているような、我が国が誇る変身ヒーローでもある。

 そしてそんな国民的ヒーローが今、テレビを飛び出して現実世界に出没しているらしいのさ」


 言い終えた後、薫は無駄に豪華な椅子をこれまた無駄に一回転させた。

『かまいたち事件』の時といい、どうやら一つの癖らしい。


「サスガ本場、ですね!」


 カトリーヌは目を輝かせる。さすがは仮面ウォリアーオタク。


「それって単なるコスプレじゃ?」


「まあコスプレであることには違いないだろう。

 でも、この話のキモはそこじゃあない。

 実はこのリアル仮面ウォリアー、実際に悪人を退治しているそうなんだよ」


「悪人を退治?」


 美鈴が反応する。


「ああ。

 つい先日の話なんだが、暴力団の組員に袋叩きにあっていたサラリーマンを助けた人がいたらしくてね。被害者の証言によると、その姿が仮面ウォリアーそのものだったらしい。

 それで他にも情報をあさってみると、そのリアル仮面ウォリアーが関わったと見られる事件がいくつか見つかったわけさ」


「スゴイです!」


「まあ確かにすごいんだけど……しかし毎度よくそんな情報を仕入れてきますね、泉代表」


「ふふっ、そりゃあ代表だからね」


 薫は嬉しそうに胸を張りながら言った。



 ………………


 …………


 ……



「そういえば、まだカトリーヌさんの歓迎会をしていなかったね」


「リアル仮面ウォリアー」の話題が一段落した後、再び読書モードに入っていた部室内で薫がおもむろに口を開いた。

 カトリーヌが正式に入部してからそろそろ一週間経つが、確かに彼女の言う通りやっていない。


「カンゲイ会……ですか?」


「ああそうだ。君も晴れてこのファン研の仲間になったんだし、ここは祝ってしかるべきだろう」


「……俺入った時、そんなんありましたっけ?」


「何度か秦野君と三人で飲んでるじゃないか」


「ああ、あれってそういう奴だったんですね。

 てっきりフツーの飲み会だと思ってましたよ……秦野さんはどうだった?」


「いや私の時も特には……八坂さんの言うように普通の飲み会はありましたけど」


 つまり意見をまとめると、このサークルにはそもそも「新人歓迎」という伝統はないらしい。既になくなっていたとも言うべきか。


 部室内に一瞬、沈黙が流れた。


「ベツニ、気を使って頂かなくても……」


「い、いや! 大丈夫だ! ……そうだ今日早速行こう! そうしよう!」


 薫は机を両手でバンと叩き、宣言する。


「き、今日っすか」


「そうだ。というわけでカトリーヌ君に秦野君、この後の予定空いているかい!?」


「スミマセン。今日は予定が……」


「私も今日はアルバイトが……」


「それじゃあ仕方ないな! 

 八坂君、行こう!」


「いやいやいや、当事者がいないなら中止でしょ」


 英人は右手を左右に振りながらツッコミを入れるが、既に左手は薫に確保されてしまっている。


「じゃあ二人とも、今日は八坂君と飲むから安心してくれ」


「俺は全く安心できないんですけれどもね」


「イッテらっしゃい!」


「……行ってらっしゃい。部室の戸締りは私がしておきますので」


 英人は必死に否定するが、女子二人は既にお見送りモード。

 結局今夜は部長とサシ飲みすることになった。





「あ、ちなみに今回はあくまで『カトリーヌ君の歓迎会』だから、約束のサシ飲みにはノーカンだよ?」


「……うせやろ?」

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