剣客稼業~隙あらば他人語り~⑭
「う、ん……」
今回の事件の犯人である
「ふう……今回も上手くいった」
呟きつつ、英人は辺りを見回す。
周囲には明かりはほとんどなく、ビルの隙間から差し込む都市の光だけが微かに差し込んでいる。室外機から放たれる不快な湿気と、凝縮された都市臭が嫌が応にも嫌悪感を引き立てていた。
元々が人気の少ない路地裏だからだろう、周囲には人っ子ひとりいない。
「ま、その方が都合がいいけど……よし、ちゃんと繋がっているな」
堀田に斬られた肩の部分をさすり、傷が完治していることを確認する。
何故、死んだはずの英人が生き返ったのか。
何故、斬られた箇所の傷が回復しているのか。
これらの現象もまた、英人の『異能』である『再現』の影響によるものだ。
もっと言うなら、彼は自分の肉体を少し前の状態に『再現』することができる。
だから傷を負ってしまった際も、その個所を「傷を負っていない」状態に『再現』することで修復が可能。もちろん魔力を消費するので修復できる回数、規模には限度があるが。
そして今回は事前に「全身修復」の魔法を予め使っておいたことで無事生き返ることができた。
通常死亡した後に『再現』魔法を使うことは当然できない。行使しようにも意識がないからだ。
しかし攻撃を受ける少し前に『再現』魔法を予約する形で使っておけば、死亡した後にその効果が発動し、生き返ることができる。
つまり攻撃される箇所が分かればその部分にだけ『再現』魔法を予約しておけばいいので、今回は右肩にのみ使った。無論「全身修復」も可能ではあるが、消費魔力量がバカにならないので英人としてはなるべく使いたくはない。
ちなみにこの能力も決して万能という訳ではなく、例えば一撃で体の大部分が消し飛んでしまうような攻撃をくらった場合は発動不可。
だから火力のある相手にはあまり意味のない能力でもある。
「さて……」
英人は体の状態を確認し、立ち上がった。
血で汚れた服についても「汚れる前の状態」に『再現』する。
この『異能』は物質の修復もある程度可能だ。
さすがに「0から1を生み出す」ことはできないが、「元々10で今は5になってしまった物を10に戻す」ということならできる。
「肉体の再生」、「武器、道具の修理」、そして「技、肉体の模倣」。
『再現』から派生したこの三つの能力を駆使して彼は異世界にて『英雄』となったのである。
「……まあとにかく俺の仕事はこれにて完了。後は義堂が上手くやってくれるのを祈るだけだな」
今回の作戦における英人の役割は「犯人の転移先を特定すること」。
だからわざと犯人である堀田の『異能』の術中に入り、一緒に転移した。
それで転移場所を特定したらすぐさま『念話』の魔法で義堂に連絡。後は義堂が来るまでひたすら時間稼ぎを行う。
そして斬り合いをしている間に義堂が現場に到着したことを『念話』で知った英人は、わざと死んで堀田の『異能』を解除させたのだ。
その後の逮捕は義堂に任せるわけだが、最後にカウンター気味にボディブローをねじ込んでおいたので今頃堀田は激痛で動けないだろう。
義堂なら問題なく取り押さえることができるはず。
「『こちらは無事生き返った。後はよろしく』……っと」
義堂にメッセージアプリで無事である旨を連絡した後、英人はそのまま帰宅した。
………………
…………
……
事件解決の翌日。
ニュースは連続殺人犯の逮捕という報道で朝から大盛り上がりだった。
五人という殺害人数もそうであるが、武術の師範という地位の人間が起こした犯行という事実がより世間の衆目を集めた。
英人の方は久しぶりに徹夜せずに一晩眠れたので、気分爽快! とまではいかないものの、眠気や疲れは大分取れた状態だ。
というわけで久しぶりにキャンパスライフに復帰して講義を受けていたのだが、やはり二週間近く自主休講しているとかなり内容が進んでしまっている。
……というか俺のいない間に小テストとか出席取るとかやめてくれよ、マジで。
そんな浦島太郎気分で今日の講義を乗り越えた英人だが、今は義堂に全てを打ち明けたあの屋上でひとり黄昏ている。
赤みを強めていきながら、徐々に地平線へと沈んでいく夕日。
寂れた雑居ビルの屋上といえども、高い所から見る景色は中々のものだ。
今日の英人は『千里の魔眼』を使わない。
僅か150度ほどの視界だけでこの光景を堪能する。
決して綺麗とは言えないけれど、英人はこの眺めが好きだった。
太陽の下半分が地平線に埋まる頃、後ろで扉が開く音がした。
「すまない、待たせた」
「別に。俺はもう暇になったからいいよ。それより犯人逮捕、やったな」
英人は手をひらひらと振って答えた。
「ああ。これも全部お前のお膳立てのおかげだ」
「俺はただ毎晩ビルの屋上に座ってただけだって……それに俺一人じゃ堀田を殺さずに捕まえることはできなかったわけだし」
自嘲するように英人は答える。
堀田の『異能』から脱出するにはどちらかが死ななければいけない以上、相手を殺さずに逮捕するには英人自身が一度死ぬしかなかった。
適度に痛めつけて解除させるという方法も最初は考えたが、あの頑固な性格を考えるとこちらの指示通りに解除してくれるかも未知数。
だから今回、英人はあえて死ぬという戦法をとったのだ。
「だがお前はそのために一度死んだ……幸い生き返ることができたといっても、尊い犠牲であることには変わりない」
事件はめでたく解決したというのに、義堂の表情は悔しさで曇っている。
義堂の実直な性格を考えればこうなってしまうのも当然ではあるが。
「そう言ってもらえると、わざわざ一度死んだ甲斐があるってもんだ」
しかしその様子を英人はあえて気にせず、柵に寄りかかってさらりと答えた。
「だからこそお前のその献身と貢献に感謝したい……八坂、警察を代表して改めて礼を言う。ありがとう」
そう言って義堂は深々と頭を下げた。
九十度近く腰を折り曲げていながらもビクともしないその綺麗なフォームは、いつ見ても惚れ惚れする。まさに義堂という男の「誠実さ」を存分に表しているようだった。
しかし親友に頭を下げさせるというのもバツが悪い。
英人は柵から離れ、義堂へと近寄った。
「分かった。礼はちゃんと受け取る。
だからもう顔を上げてくれ」
義堂の肩を押さえ、体を引き起こす。
その表情は「あの日」と同じように、何とも言えないものだった。
「しかしお前がこんなにも貢献してくれたのに、誰もそれを認識できないとは……!」
「まあ目立つってのも色々メリットデメリットあるからな。別に俺は日陰者でいいよ」
「だがこれでは俺がお前の手柄を横取りしているも同じだ。
俺にはそれがどうしても、納得できない……!」
肩の震えが、英人の手を通じて伝わってくる。
……ここまで自分のことを想ってくれるのは正直、嬉しい。彼のような親友を持てて本当に良かった。
――だからこそ、今お前と相談しておきたいことがある。
「……義堂。俺からひとつ提案させてもらってもいいか?」
「なんだ?」
義堂は伏目がちだった瞳をこちらに向け、聞き返してくる。
「もし今回みたいな『異能』絡みの事件が起きた時、またこんな形で協力して欲しい。
お前が警察という身分を活用して捜査し、俺は直接『異能者』と対峙する。俺の存在は『世界の黙認』のせいで誰の記憶にも残らないから、その代わりお前が解決したということにするんだ。
あらかじめそう決めとけば周囲の人たちの記憶改変もコントロールしやすくなるし、俺も『異能者』と相対するうえで警察が握っている捜査情報は欲しいからな。
結構win-winな関係だと思うが、どうだろう?」
これは義堂に全てを打ち明けた日から考えていたことだった。
表では義堂が奔走し、裏で英人が『異能者』相手に戦う。
どうにも記憶改変のコントロールが難しい『世界の黙認』ではあるが、「義堂 誠一という刑事が活躍した」という筋道をあらかじめ立てておけば各段に制御しやすくなる。
義堂としても警察では対処の難しい『異能者』関連事件を追いやすくなるはずだ。
しかし、提案を受けた義堂の反応は芳しくなかった。
「確かに『異能者』による犯罪を解決するには効率的かもしれんが、それではお前ばかり負担が……!
しかも今回みたいに俺ばかりが手柄を総取りする形になる!
それがずっと続いてしまうんだぞ、お前はそれでもいいのか!?」
義堂はやや語気を強めて英人に詰め寄る。
彼の性格からいって気分を悪くするのも十分に理解できるが、英人も引かない。
「でもお前も分かっているはずだ、事件を解決するにはこのやり方が一番いいんだって。
手柄について負い目を感じるのも分かる……だから、せいぜい有効活用してやってくれ。
警察組織を良くしたいのだろ? だったらこれぐらいで悩むな、上に向かって進め。
そうしてくれた方が俺も嬉しいし、報われる」
そう言って英人は義堂の肩をポンと叩く。
……そうだ、今言ったことは紛れもない俺の本心だ。
俺は義堂みたいな奴に、人の上に立ってほしい。
義堂を見つめる英人の双眸は、優しくも芯が通っていた。
「……分かった。お前がそこまで言うのなら、その提案に協力しよう」
義堂もしばらく考え込んでいたが、とうとう決心し改めて英人にその強い眼差しを向けた。まだ僅かに戸惑いの感情が残っているものの、その瞳には覚悟が宿っている。
「ああ、よろしく」
英人は右手を差し出す。
「こちらこそ」
義堂はその手をしっかりと掴む。
屋上にはただ二人。
落日の輝きが、その『誓い』を祝福した。
「――なあ八坂。ひとつだけ聞きたいことがあるんだが」
握手を解いた後、義堂はふと思い出したように尋ねた。
「ん? なんだ?」
「何故お前はそこまでして人のために戦うんだ? もう十分あっちの世界で戦ってきたんだろう?」
「ああ、それはだな――」
英人は暗くなった街を眺める。
――異世界では、ただユスティニア王国に担がれるままに戦ってきた。
最初は戦う理由などなく、ただがむしゃらに目の前の敵を倒した。
理由と呼べるものができたのはなんて、戦い始めてからずっと後だ。
でも異世界で戦い続けてきたからこそ、この世界でも戦える理由がある。
「……なあ義堂、知ってたか? この世界じゃキンキンに冷えたビールが399円で飲めるらしい」
「び、ビール!?」
意外な返答に肩透かしを食らったのか、義堂は普段の様子からは似ても似つかない素っ頓狂な声を上げた。
「何気ないことだけど、そんな世界って結構素晴らしいのだと異世界を見てきた俺は思う。
だから俺は一人の『人』として、この世界は平和であってほしい……こんなところかね」
そう言って英人は柵から乗り出し、夕日の沈む横浜の街を一望した。
明かりが点き始め、いよいよ繁華街も本領発揮といったところだ。
「なんだか、身構えていた俺がバカみたいだ。
まあでもビールか……うん、そうだな。そういう理由も、ありなのかもな」
「そういうこと……というわけで義堂、今日飲むか?」
左手で酒を飲む仕草をしつつ、義堂を誘う。
「無茶を言うな。これでも事件の事後処理の隙をぬってここまで来たんだぞ?
また今度だ」
「そりゃ残念……まあ前回多めに出してもらったし、今度は俺が奢るから楽しみにしとけ」
「いやさすがに学生に奢ってもらうのはな……」
「おい」
しかし英人としても義堂に奢ってもらってばかりだとさすがに申し訳ない。
代わりに何かできないだろうか?
――そうだ。
「……? 何を笑っているんだ?」
「いや、なんでもない……そろそろ行くか」
「ああ。そうだな」
次に飲む時は、異世界にいた戦友たちの話をしてみよう。
かつて俺が、お前のことを彼らに語ったように。
~剣客稼業 隙あらば他人語り編・完~
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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
これにて『剣客稼業~隙あらば他人語り~』編は完結です。
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