剣客稼業~隙あらば他人語り~⑬

 道場の中央に、一人の青年が倒れる。


 肩からは血を吹き出し、道場の床を赤く染めている。


「ハァ……。ハァ……!」


 堀田は息を切らしながらその場に座り込んだ。


 ……この青年相手に何度刀を振っただろうか。もう腕が悲鳴を上げる寸前だ。


 最早最後の方はヤケになっていたが、相手に油断があったのかなんとか当てることができた。


 青年の体は少しの間ピクピク動いていたが、すぐに動かなくなる。


 ……死んだな。


 五人も殺した経験上、どこまで斬れば死ぬのかは感覚的に分かってしまう。


 堀田は青年の死亡を確信した。


 その確信通り、青年の死体は転移を始める。


 堀田の『異能』の効果通り、連れてきた場所へと戻るのだ。

 転移先はあの路地裏、これで六人目も完了となる。


 残された刀と大量の血を見、堀田は一息つく。


 血痕は早めに掃除しないとな……。


 そう思い立ち上がろうとした時、道場の戸が開く音がした。

 確かに青年が死んだことで『異能』は既に解除されている。道場に入ることは可能だ。


 しかしこのタイミングでいったい誰が!?


 堀田は音がした方へと振り返る。



 そこには――




「神奈川県警の義堂 誠一だ。殺人の現行犯で逮捕する」



 一人の刑事が立っていた。


 義堂と名乗る刑事はご丁寧にも靴を脱ぎ、道場に上がってくる。

 堀田は焦る。


 何故、ここが特定された……?


 誰にも邪魔されず、そして捕まらずに弱者を斬る為の『異能』であったはずなのに、こうも簡単に見つかってしまうとは。


 安堵しきっていた堀田の表情は、再び焦燥に歪んだ。


 どうする、と悩む間にも目の前の刑事はこちらに一歩一歩近づいてくる。


「既に応援も呼んである。武器を手放し、おとなしく投降するんだ」


 義堂は懐から手錠を取り出す。あと数秒の間に、堀田は逮捕される。



 どうする。どうする。



 極限の状況の中、ある考えに至った。


 ――何故私が逮捕されなければならないのか、と。


 そうだ……俺は身に付けた武術を使って「良いこと」をしているはずだ。

 だから私は正しい。


 目の前の刑事は「応援は呼んである」と言っていた。

 ……つまりはある程度時間がある。ならば今対処すればいいのは彼一人のみ。


 邪悪な殺意が堀田の精神を塗り潰す。

 気が付いたら、立ち上がって刀を構えていた。


「やめろ! たとえ俺を殺してもどうにもならない! これ以上罪を重ねるな!」


 義堂の叱責が道場内に響くが、堀田の耳にはもう届かない。

 もはや堀田の精神を支配しているのは最早「どうやって目の前の男を殺すか」という一点のみ。


(警察官だから拳銃を持っている可能性はあるが、まだ取り出してすらいない。

 ……この距離なら、先に斬れる!)


 長年積み重ねてきた鍛錬通り思い切り踏み込み、一気に距離を詰める――


 が、しかし。


「ぐ……グゥッ……!」


 堀田は脇腹に違和感を覚え、その場にしゃがみ込んだ。

 何故か体が全く言うことを聞かない。


 そして違和感はすぐに鈍い痛みへと変わっていった。


「ぐううぅむ……!」


 まるで腹の肉をえぐり取られたかのような激痛に、堀田はうめき声をあげる。


 一体、自分の脇腹に何が―― 


 あまりの痛みに脂汗を流しながらも、シャツをたくし上げて痛む箇所を確認する。


「な、あ……!?」


 そこには、拳の跡があった。


 それはまるで刺青でもしたかのようにはっきりとした輪郭を取っており、色は内出血によってドス黒く変色している。



 一体いつの間にこんなものが――



 突然の出来事に堀田はパニックに陥るが、何とか苦痛に歪む思考をフル回転させて状況の把握に努める。


 おそらく、自分と同様に驚いている様子から見て目の前の刑事がやったものではない。

 ということはまさかあの青年が? いやしかしそんな素振りなど一度も――そう思った時。


「――うおおおおおっ!」


 堀田が混乱した瞬間を好機とし、義堂が迫力ある叫び声と共に突進してきた。


「くっ……!」


 堀田はすかさず応戦しようとするが、脇腹の激痛のせいで体が思うように動かず動作がワンテンポ遅れる。

 その隙を見逃す義堂ではなかった。


 スムーズな手つきで刀を持つ手を押さえ、そのまま腕と肩を腕固めの要領で極める。

 堀田は道場の床にうつ伏せになって倒れる形で取り抑えられた。


「く、そ……!」


 どうにか脱出しようと試みるが腕と肩は完全に極まっており、さらには義堂の膝で背中を押さえられているため自力で起き上がることもできない。

 ここまできてようやく、堀田は観念する。


「午後9時43分、犯人確保!」


 義堂は力の抜けた手から刀を取り上げその手首に手錠を掛けると、高らかに逮捕を宣言した。




 ――一方、その頃。



「う……ん……よし。なんとか生き返った」


 転送元の路地裏で、死んだはずの青年がちょうど目を覚ましていた。


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