剣客稼業~隙あらば他人語り~⑩
それからさらに一週間、引き続き作戦は継続している。
昨夜も特に動きはなかった。
警察も首都圏を中心に捜査網を張ってはいるが、犯人確保はおろか新しい手掛かりすら入手できていない。
その日も英人は夜明けと共に一旦自宅に戻って義堂と電話で情報交換をした後、大学へと向かう。
そしてヒムニスとの情報交換も手早く終わらせ、今は自宅に仮眠を取りに帰るところだった。
さすがにこんな生活を一週間以上も続けていると英人も少し頭がボーっとしてくる。
顔を上げると、青々と茂る並木から木漏れ日が差し込んでいるのが見えた。
普段は柔らかく優しい光のはずなのに、妙に目に染みるのは疲れのせいだからだろうか。
――今日で前回の殺人からおよそ十日。
「――っと」
これまでの傾向から言って、犯人もそろそろ痺れを切らしてくるはず。
おそらく奴は「人を殺す」という行為に飢えているに違いない。
「ねえちょっと」
――となると、今日明日が山場となるか。
「ちょっと!」
そこまで考えたところで、英人はようやく己を呼ぶ存在がいることに気付いた。
認識するまでに時間が掛かってしまったのは偏に寝不足で注意力が散漫になっていたからであろう。
「誰だ俺を呼ぶのは?」と思いつつ、英人は気怠げにゆっくりと声のする方へと振り向くと、
「ちょっと無視しないでよ!」
そこに立っていたのは、誰もが羨むような飛び切りの美人。
そう。言わずと知れた昨年のミス早応、
――なんの用だろう?
そう思いつつとりあえず受け答えする。
「おう久しぶり、あのビンタ以来だな。おかげ様で闘魂が注入された」
頭が回らないせいか英人は自分でも訳の分からないことを口走った。
英人としては正直早く帰って寝たいので、例え会話が噛み合わなくても適当に切り上げられればそれでいいのだが。
「はぁ? それが見捨てた女性に対する物言い?
アンタ他に言うことあるでしょ」
「正直すまんかった」
「真面目にやれ!」
英人の言い方が悪いのもあるが、今の瑛里華は妙にイライラしていた。
とかく自身の好感度に敏感な彼女であるが、どうも英人の前ではそれを忘れて感情を爆発させてしまうらしい。
「ああ悪かった悪かった……君を見捨ててしまって、本当に申し訳ない」
英人は場を早く収めるため、今度は義堂を真似して深々と頭を下げる。
腰の角度は完璧な九十度。今時ビジネスマナー本でも推奨されないようなやり方だ。
「……そ、そうよ。分かればいいのよ。
まあ男だから体を張ってまで守れ、とまでは言わないけど? やっぱり何もせずってのはどうかと思うから」
さすがにすぐに謝ってくるとは思っていなかったのか、瑛里華は若干うろたえる。
なんにせよ謝罪は有効だったということらしい。
「ああ。悪かった」
「フン。次はそうそうないと思うけど、気を付けてよね」
どうやら彼女も矛を収めてくれたようだ。
なら話は済んだし、もう行こう――そう思い、英人は頭を上げてその場を去ろうとする。
そのまま瑛里華の横を通り過ぎようとした時。
「――大丈夫。次『も』、ちゃんと助けるさ」
「は、はい……って、えっ」
その半ば無意識に放った言葉は、寝不足のせいもあって言った当人の頭の中に残ることはなかった。
「…………」
「ねえ瑛里華?」
「なによ
「いや、何か瑛里華が男に対してここまでムキになるのって珍しいなーって」
「そりゃアイツのしたことを考えたら当然よ」
「それはそうなんだけど……うーむ」
(そうよ。アイツは女性を見捨てるロクデナシのはずなんだから……!)
………………
…………
……
その日の夜。
自宅で仮眠を取った英人はいつものように都内の雑居ビルの屋上に陣取り、監視を続けていた。
義堂が差し入れでくれたキャンプ用のチェアーに座り、そして時折夜食のあんぱんを頬張るという態勢だ。最初こそはブランクもあって少々しんどかったが、今ではこの昼夜逆転の生活にも慣れてきた。
もはや元の生活サイクルに戻す方が若干億劫に思えてしまうほどだ。
今日も『千里の魔眼』で拡大された視界には、首都圏での人の営みが映っている。
全国的には人口減少が騒がれているが、首都圏では今でも地方からの流入による人口増加が続いている。数で言えば既に3,500万人を超えているそうだ。それは実に全人口の約3分の1となる。
今回見つけるのは、その3,500万人の中からたったの一人。
改めて数字にするとなんとも気の遠くなる話だが、弱音は吐いてられない。
――たとえ限界を超えても、お前を捕捉するまで見続けてやる。
そう思いつつあんぱんを食べ終わった時、視界に気になるものが映った。
そいつは都内のとある都市に現れた。
服装こそ前回とはやや異なるが、背格好や足の運びは同じ。
そしてあの細長いバッグ。
そう、明らかに「奴」だ。
英人は早速メールで義堂に連絡を入れ、自らは跳躍の準備に入った。
「待ってたぜ……!」
距離はそれほど離れてはいない。
英人は一気に詰め寄る為に込められるだけの魔力を脚に込め、渾身の跳躍を放つ。
――これで、終わらせる。
その決意と共に、英人は夜の街へと飛び込んだ。
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