剣客稼業~隙あらば他人語り~⑦
何故、俺を認識できている……?
突然の状況に、じんわりと嫌な汗が背中に滲み出た。
英人は今、全身を魔法で強化している状態だ。「脚力強化」に加え、雷魔法で全身を覆っている。
つまり本来なら一般人には認識されることはない筈。
しかし義堂の反応を見る限り、その姿ははっきりと視認できているようだった。
説明しておくと、「世界の黙認」は魔法を使用していれば一般人からは決して認識されない――というわけではない。
例えば魔法を使った状態でただ目の前に立っていたり、視界の隅で飛び跳ねていたりしただけの場合。
このようなケースであれば従来と同様に一般人は英人の存在を認識することが出来なくなる。ただ「八坂英人は存在しないもの」として、その人の中で処理されるだけだ。
しかしそれも魔法を使った状態で直接接触するとなると、話は違ってくる。
つまり接触され魔法の影響を受けている時は例外的にその一般人は魔法の存在、もとい魔法の行使者の存在を認識することができるのだ。
例えば英人が一般人相手に直接雷魔法を使った場合、魔法を喰らって感電している間はその一般人は「雷魔法を喰らっている」という事実と英人の存在を知覚できるわけだ。
ちなみにこれは攻撃魔法だけではなく、補助魔法を掛けた場合にも同様の現象が起きる。
なんともややこしい話であるが、これはおそらく「認識できないものに肉体や精神が影響される」という意識と事実の矛盾が起こるのを避けるための措置だと考えられている。
つまりその矛盾が対象の精神に重大な負荷や混乱を与えることを避ける為、その時だけ「世界の調整力」が意図的に認識の制限を緩めるのだ。
そして魔法による影響が終わった後、都合の良い記憶に書き換えることで改めて魔法の存在を隠匿するというわけだ。
簡単に言えばリアルタイムでなら一般人でも魔法を認識できる場合はあるが、全てが終わったらそのことはすっかり忘れてしまうということ。
しかし、今の状況はそれにも合致していなかった。
不良達や義堂の傍にいる警察官の反応を見るに、少なくとも彼らは英人のことを認識できていない。
それは当然だ。英人は魔法を使っているといってもただ目の前に立っているだけで、彼らに向けて魔法を撃っているわけではないのだから。
それは義堂も同じことのはず。
だったら何故……?
英人の頬を、汗が伝う。
路地裏に差し込む僅かな光が、やけに眩しい。
腰を抜かした不良と義堂の部下が何か言っているのが聞こえるが、その内容がまるで頭に入ってこない。
初めて直面した「正体がバレる」という状況に、英人の思考は完全に持ってかれてしまっていた。
「八坂、お前……。
それは、電気? なのか……?」
義堂は驚きの表情を崩さないまま、近づいてくる。
マジでどうする……?
今まで「世界の黙認」の効果に胡坐をかいてきたせいで、いざこういう時が来てしまうとどうしたらいいのか分からなくなる。
(……いや、俺の正体よりもまずは犯人だ。義堂への対応はその後でいい)
英人は半ば現実逃避的に頭の中を切り替え、ビルの隙間から夜空を仰ぐ。
脚に力と魔力を込め、その狭く無機質な空に向かって跳躍した。
本来人間ではありえない高さを跳躍する人間を、唖然としたまま見上げる義堂。
英人はその表情を尻目に、ビルの間から去って行った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
結局英人はその後も一晩中周囲を探し回ったが、犯人を見つけることはできなかった。
それどころかまた新たな遺体が出現し、しかもその出現した場所があの路地裏だという始末。初日の張り込みは完全に失敗したと言っていいだろう。
英人は徹夜明けの瞳に刺さる朝日を手で覆いながら、自宅のドアを開く。
昨日はカーテンを閉めた状態で家を出たため、部屋の中は薄暗い。
英人はベッドを背もたれにしてフローリングの床に座り、テーブルの上のリモコンを手に取った。
『一昨日に引き続き、昨夜も事件が発生しました。
相次ぐ被害に警視庁は捜査員の増員を急きょ決定し――』
テレビを点けてみると、案の定どのチャンネルも昨夜の件で一杯だ。例外は教育専門チャンネルぐらいなもの。
それはそうだろう。昨日で犠牲者は五人、間違いなく犯罪史に残る連続殺人事件なのだから。
「……侮っていた」
半目でニュースを眺めながら、英人はぼそりと零した。
昨日の一件、決して油断していたわけではなかった。自分にできる範囲のことを可能な限りやったつもりだ。
だが、しくじった。
そのお陰で犯人をみすみす取り逃がし、あまつさえ犠牲者まで出してしまった。
いくら異世界で『英雄』と呼ばれるような活躍をしようとも、ここは『魔法』のない平和な世界だ。力押しだけでは出来ることが限られてくる。
むろん一筋縄でいかないのは異世界とて同じ事ではあったが、こっちの方がずっと厳しい。裏を返せばそれだけこの世界が平和だとも言えるが。
それに、義堂の件だってそうだ。
『世界の黙認』の効果を過信して不用意に人前に出たのがそもそもマズかった。
義堂がこちらを認識できた理由は不明だが、一番の原因は自身の迂闊さだろう。
犯人を仕留め損なったことと正体を見られたこと――これらが同時に起きてしまったのは決して偶然ではない。
「今の自分の力なら、これぐらいどうにかできるだろう」という驕りが二つの失敗を引き起こしたのだ。
深呼吸をし、悔しさを飲み込む。
飲み込んだ悔しさは着火剤となり、英人の中で燻っていたものに再び火を灯す。
――今度は、『本気』でやる。
スマートフォンの電源を点けると、義堂からの着信が何件か入っている。
「……よし、まずはこちらからだ」
英人は両手で頬を打ち付けて気合を入れ直した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
横浜市某所、とある雑居ビルの屋上。
普通なら立ち入り禁止なのだがこのビルに関しては管理が緩いのか屋上へと続く階段やドアに鍵はかかっておらず、自由に立ち入ることができる。
もっとも、それを知る人間などほとんどいないが。
時刻はちょうど正午を回った頃で、真上から照り付ける太陽が眩しい。
あと風が少し強いか。
因みに英人は今日も自主休講。二日連続でのサボりは英人にとっても初めてだ。
(レジュメとノートどうすっかな……)
鉄柵に寄りかかりながら英人が黄昏ていると、ドアが開いて一人の男が屋上に上がってきた。
義堂だ。
英人がここに呼び出したわけだから当たり前だが。
「わざわざこんな所まで呼びつけて悪いな。
話が話だから、人のいる場所はなるべく避けたかった」
風の音が少し煩わしいので、英人は少し声を大きくして義堂に話しかけた。
「……話というのはなんだ?
いや、最初に電話したのは俺の方だからこの言い方は正しくないが……」
「お前が聞きたいことは色々あるだろう……だが一言で言うとこうだ。
『俺はいったい何者なのか』、だろ?」
英人の言葉に義堂は一瞬ハッとしたが、すぐにいつもの真面目な表情に戻り、向き直る。
「そうだ。昨日俺が路地裏で見た光景……あれは本物なのか? そしてもし本物だとしたら、あれはなんなんだ?」
問い詰める義堂の視線を、英人は逸らさずに見つめ返す。
二人の間に一瞬、沈黙が流れた。
「……分かった、今から全てを話す。
世界のことと、俺のこととを」
英人は目を閉じ、深く呼吸をして今度はゆっくりと目を開く。
その口から語られたのは、八年間に及ぶ長い旅路であった。
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