剣客稼業~隙あらば他人語り~⑥
義堂たちが尾行を開始した時から、時間は少し遡る――
『昨夜9時頃、横浜駅西口周辺にて横浜市在住のフリーター平田伸二さん21歳が遺体で発見されました。
捜査状況の詳細について警察側は現在公開していませんが、都内の連続殺人事件とも関連する可能性があるとして、今日にも神奈川県警との合同捜査本部を――』
義堂と飲むつもりが結局は一人酒となってしまった日の翌日。
寝起きと共に点けた朝のニュースを見て、英人は驚愕していた。
都内の事件――おそらく昨日薫が言っていた『かまいたち事件』のことだろう。
どうやら今度は横浜で起きたらしい。
(ヒムニスの所には講義が全て終わってから行こうと思ってたが、こりゃ朝イチで顔を出した方がいいな)
英人はそう思いつつ、いつもより早足で通学の準備を始めた。
………………
…………
……
「ヒムニス、居るか」
時刻は午前9時過ぎ。
英人は午前の授業をほっぽり出し、教授棟にあるヒムニスの個室のドアを叩く。
「あー分かった分かった、そんなにドアを叩かなくても大丈夫だよ。
今日のニュースを見た君がここに来ることは予想できていたからね。
ま、とりあえず入ってくれ」
そう言ってドアを開けるヒムニスの顔は、かなりやつれていた。
おそらくは寝不足によるものだろうが、おかげでただでさえ濃いマッドサイエンティスト感がいつもよりマシマシだ。
「なんだずいぶん眠そうじゃねぇか。
やっぱり昨日の事件でか?」
英人はヒムニスに招かれるままに部屋へと入り、応接用の椅子へと着席する。
「まあ横浜は僕の管轄でもあるしね。
それに今回は警察の対『異能』部署も後手に回っている状況だから、非戦闘員の僕まで酷使されているのさ」
これで今日何杯目なのだろうか、コーヒーを片手にヒムニスは話す。
徹夜が相当応えているようで時折目をこすったり、目頭を押さえたりもしている。
見てる限りいつ寝落ちされてもおかしくない状況だ。
英人は早速本題に入ることにした。
「で、今回の事件もやはり『異能者』の犯行と見ていいんだよな?」
「ああ、それはほぼ間違いないだろう」
「『異能』の内容に目星は?」
「おそらく空間転移……ワープ系の『異能』だと考えている。
しかし我々が確認しているのは被害者が現れる瞬間だけだから、発動条件などの詳細なことは不明なままさ」
確かに「何もない所から突然遺体が現れた」と言うくらいだから、ヒムニスの言う通り空間転移系の『異能』でほぼ間違いないだろう。
寝ぼけ眼で資料に目を通しつつ、ヒムニスは続けた。
「魔法を含め、一般的に転移系の能力には二つの種類がある。
一つは現実世界にある特定の場所に飛ばすもの。
そしてもう一つは自身が作り出した独自の空間に飛ばす、というものだ。
おそらく今回は前者だと思う。そもそも空間を作り出すという行為は『異能』レベルの力では難しいはずだ」
『異能』の種類はそれこそ人の数だけあり、その多様さと特殊さは『魔法』とは違った大きな特色でもある。
だが『魔法』よりも強力か? と言われれば必ずしもそうではない。
英人みたいに異世界の豊富な魔素によって強化されたのなら話は別だが、基本的に現実世界の『異能』は単純な力としては弱いものが多い。というよりそもそも戦闘に直接向かないような能力が大体だ。
おそらく異世界の新米兵士でも『異能者』相手なら問題なく勝てるだろう。
だが、いくら弱いと言ってもその能力は十人十色。魔法にとってジョーカーとなり得るような能力があってもおかしくない。
だから英人は『異能者』と相対する際はいつも細心の注意を払っている。
「そうか……んじゃ、とりあえずは前者であるという仮定で当たってみるか」
「ああ頼むよ。
被害者の遺体は全て彼らの普段の行動範囲内に出現しているから、おそらく相手を転移させられる距離はそう長くはないはずだ」
「わかった。今夜早速パトロールに出るわ」
英人は伸びをしつつ、席から立ち上がる。
これ以上長居して、ヒムニスから寝不足をうつされでもしたらたまらない。
「昨日の今日でかい?
こっちとしてはありがたいけど、君にしてはいつになく乗り気だね?」
ヒムニスの言うことは、英人も認める所だ。
既に警察が絡んでいる以上、普通の案件だったら英人もここまでやる気にはならない。
しかし――
「これは勘だが……多分この『異能者』はまたやる。
早ければ今夜にでもな」
何時になく真剣な表情で、英人は言った。
「戦場に生きた人間の経験則、という奴かい?」
「それもある。
事実ニュースを見る限り犯行の間隔はどんどん狭まっているし、わざわざ都内から横浜まで来て殺しているわけだからな。多分、次はすぐだ。
おそらくこいつは……『殺す』という行為そのものに酔ってしまっている」
「『殺す』という行為に酔う……か。
私も元々は戦乱期に生きた人間だから、そういう光景に多少は覚えがあるよ」
ヒムニスはカップを少し揺らし、黒い水面を眺める。
「だから今日にでもとっちめたい……こりゃ、今日は俺の方が徹夜だな」
英人はそう言い残して、ヒムニスの部屋を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時刻は18時30分。
英人は横浜駅前にある高層ホテルの屋上に座り、左目に再現した『千里の魔眼』を使って周囲を視ていた。
ちなみに屋上は原則立ち入り禁止だが、跳躍して侵入し勝手に座り込んでいる状態だ。
今は緊急事態だからホテル関係者の方々にもその点ご理解いただきたい、と心の中で一応言い訳しておく。
また講義についても、飲食物の買い込みやら仮眠やらといったパトロールの準備のために全て自主休講する羽目になった。
何せこれから一晩通じてこの横浜一帯を監視する以上、一瞬たりとも集中力を落とすわけにはいかない。前回は都築美智子という明確な目標があったからすぐに見つけることができたが、今回は犯人の姿形は現状不明。
なので「怪しい奴がいたら、犯行前にとっちめる」という〇ォーリーも真っ青な難易度の人探しを行う必要があった。
英人はコンビニで買ったおにぎりの封を解き、かぶりつく。
パリッという小気味のいい音が、周囲に響いた。
(……コンビニ飯って色々言われがちだけど、おにぎりに関しては手作りよりも旨いと思うわ。
やっぱ海苔はパリパリしていた方が美味しいし)
そんなことを思いながらおにぎりを頬張る間も、『千里の魔眼』によって拡大した視界からは様々な情報が流れてくる。
同級生、同僚、上司と部下、家族、恋人。
それぞれが笑ったり、時には怒ったり泣いたりしてこの大都市の営みを構成している。
もちろん、中には不良やヤクザみたいなはみ出し者もおり、不良に関してはどうやら喧嘩をしているようだ。
普段ならあまり見ていて面白くない光景であるが、こうやって高い所から見下ろしているとそれすら人間の正しい営みであるかのように感じられてしまう。
(――いかんいかん、犯人の方に集中しないと)
頭に浮かぶ妙な感覚を振り切り、英人は再び監視に注力する。
今夜は長い戦いになりそうだ。
………………
…………
……
『魔眼』での監視を始めてから、さらに約四時間。
時刻は既に22時を回り、いよいよ深夜に突入といった感じだ。
その証拠に繁華街の中でも飲み会を終えて帰り始めるサラリーマンが目立ってきた。
しかし、今のところ目ぼしい人物は見当たらない。
もしかして見逃してしまったんじゃなかろうか? と英人は時折不安に駆られるが、現状これと言った騒ぎは起きていないことは確か。
それに仮に何かあったのなら、いま繁華街をうろついている義堂含めた警察の人間がなんらかの反応をしているだろう。
――もし、俺も同じ事件を追っていることを知ったら、義堂はどういうリアクションをするのだろうか?
普段が真面目な性格なだけに結構気になる。まあそんな機会は訪れないだろうが。
英人はそんなことを思いつつ、「張り込みと言ったらコレだよな」というあまりにも安直な理由で夜食用に買っておいたあんぱんの包装を破る。
そのまま大きく齧ろうとした時、気になる人物が視界に映った。
それは六月になろうというこの時期にフード付きの黒いジャケットを着用し、縦長のバックを肩に抱えたマスクの男だった。
コイツは、怪しい。
ヒムニスから聞いた情報によれば凶器は刀剣類、おそらくは日本刀である可能性が高い。
あのバッグはその類の凶器を収納するにはおあつらえ向きだろう。
視界を少しずらせば、義堂ともう一人の警察官がその男を尾行している姿も確認できる。どうやら義堂もこの男が怪しいと目星をつけたようだ。
(となれば、俺がやるべきことは先回りして遠距離からサポートすること……!)
そう判断した英人はいつものように「脚力強化」の魔法を使い、ビルの間を駆け抜けた。
男が現れたのは張り込みをしていたホテルからそう遠くない場所だったので、たいした時間を掛けずに近寄る事が出来た。
今は男の動向を近くの雑居ビルの屋上から覗いている状況だ。
視線を脇に移すと、尾行を続けている義堂たちの様子も見える。
件の男はしばらく歩いた後、薄暗い路地裏へと入った。
英人も後を追ってその路地裏の中を覗き込んでみると、中では数人の不良たちがたむろしていた。
「あ、何だおっさん?」
「……」
男は不良たちの姿を確認すると、肩に抱えていたバッグを降ろす。
どしり、という鈍い音に気付き、早速男に絡もうとする不良たち。
しかし。
「は? か、刀……?
本物……、マジで……?」
男がバッグから取り出したものが日本刀だと分かると、その強気は一瞬にして消え去った。
既に状況は一刻を争う。
こうなったらここから魔法で攻撃するしかない。
そう思った英人は左手に魔力を集中させ、魔法の発射準備に入った。
今から使う魔法は主に中~遠距離の射程を持つ雷属性の下級魔法、「ライトニングアロー」だ。
下級といえども、本来なら魔法に対する耐性のない人間に撃てば死亡する可能性は大いにある。なのでできるだけ威力を落として発射した。
この程度なら感電して気絶するぐらいで済むはず。
真後ろからの意識外の攻撃――まず命中する、英人はそう確信していた。
しかし。
――ガキィン!
その鋭い金属音と共に、英人の「ライトニングアロー」は弾かれた。
男が抜刀術の要領で切り捨てたのだ。
(いくら威力を下げたからと言って、真後ろからの攻撃を防ぐか普通!?)
まさかの事態に英人は驚くが、同時に一つだけ確信した。
敵意を察知し攻撃を防いだあの男は間違いなく「達人」に類する人間であると。
「ひ、ひいいいいっ!」
男が抜刀したのを皮切りとして、不良たちは一斉に逃げ始める。
対する男も刀を抜いたまま追うようにしてそれに続き、奥にある角を曲がった。
不良どもに紛れて逃げる気だろうが、そうさせるわけにはいかない。
英人は強化した足で跳躍し、路地へと飛び込む。
先程『千里の魔眼』で視た際、その先が行き止まりであることは既に確認済み。
「追い詰めたぜ、『かまいたち』さんよ……!」
英人はそう言いつつ角を曲がる。
しかし――そこには、いるはずの人間がいなかった。
いるのは腰を抜かしている不良数人のみ。
「き、消えっ……ヒロトが消えっ……!」
不良の中の一人がしきりにそんなことを繰り返している。
――まさか、もう転移したのか!?
ということは犯人は遺体を転移させるだけでなく、自身も同時に転移することが可能な『異能』を持っている……?
どちらにせよそう遠くには飛べていない筈だ、すぐにでも追いかけねば。
英人はそう思い、振り返ると――
「八坂……お前なんでここに……」
驚愕した顔でこちらを見つめる、義堂の姿があった。
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