剣客稼業~隙あらば他人語り~⑤

「――んで、何を聞きたいんだ?」


 染谷は溜まり場の奥にあるやや年季の入ったソファーに足を組んで座り、義堂に尋ねた。


 室内は先程までとは打って変わり、不良達からの警戒の視線はなくそれぞれが自由に過ごしていた。一見メンバーを野放しにしているようにも見えるが、「敵意はもうない」というリーダーの意向を全員が徹底しているともとれる。

 染谷の統率が行き届いているよい証拠だろう。

 しかしメンバーの一人である平田伸二を失ったショックからか、その様子はどこか悲しく、張り詰めたような空気が室内に漂っていた。


「こちらが聞きたいことは二つ、事件当日の平田伸二の足取りと彼の普段の様子についてだ」


「当日の状況はともかく、普段の?」


 そんな情報が捜査に必要なのか? と言わんばかりに染谷は疑問の声を上げる。


「ああ。普段の被害者の性格や行動を知ることで、犯人の動機を推理することができるかもしれない。

 だからできる範囲で教えてほしい」


「そういうことならまあいいか……んじゃまず昨日の状況についてだが、それは俺たちにもよく分からない。

 あいつは元々一ヶ所に留まってられないというか、散歩好きな奴だったからな。

 ここにも多少顔を出すくらいで、大体はこの辺りをほっつき歩いてたよ。

 だから昨日のことについてはアンタらの方が詳しいと思うぜ?」


「なるほど」


 義堂の横で足立は証言をメモに取っている。


「それで、いつものアイツについてだが――


 

 ………………


 …………


 ……


「――以上、俺から話せるのはこれぐらいだ」


 聞き取りが終わる頃には、時計は10時を回っていた。

 平田の話をしたことで、周り不良からはすすり泣く声が聞こえている。

 染谷も涙こそ流していないが、その瞳は若干潤んでいた。


「辛い中、話してくれてありがとう。ご協力感謝する」


 義堂は座ったまま礼をする。


「……なあ、義堂さん」


 頭を下げたままの義堂に対し、染谷はぽつりと零す。

 義堂は頭を上げて、彼を見た。


「アイツ……シンジはよ、そりゃあ確かに『不良』かもしれねぇさ。

 でもやっぱり殺されちまうのは……そいつは違ぇと思うんだよ」


「……ああ」


「だから、奴が死んで悲しいっつーよりも、悔しくてたまんねぇ……! 

 なんでアイツが殺されなきゃなんねぇんだ……!」


「……」


 肩を震わせながら発する染谷の言葉を義堂は静かに聞く。


「だからよ義堂さん、絶対に犯人を捕まえてくれ!」


「……ああ!」


 その言葉に義堂は力強く頷いた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「結局、特に目ぼしい情報を得ることはできませんでしたね」


 落胆した面持ちで足立が言う。

 染谷からの聞き取りを終え、二人は一旦署に戻るため横浜駅に向かって歩いているところだった。


「ああ、だが全く無駄だったわけじゃない」


 足立の言うように直接捜査の手掛かりとなるような情報こそ得られなかったが、溜まり場に乗り込んだ意義はあった。

 平田伸二の普段の人となりを知ることが出来たのも勿論あるが、何より『ルシファー』の暴走を未然に防げたことが大きい。

 というのも彼は『ルシファー』内部でも人望が厚かったらしく、メンバー全員が犯人に対する復讐心で燃えていのだ。リーダーである染谷ついてもそれは同じで、あからさまに態度で表すことこそなかったが、その強気な瞳の奥には深い悲しみと憎悪が渦巻いていた。

 あのまま放っていれば、間違いなく暴挙に出ていただろう。

 

 だから義堂は足立についての聞き込みを行いつつも「この事件は警察が責任を持って解決する。だから信じて待ってくれ」と染谷を説得し続けた。

 そして最終的には染谷も納得し、しばらくの間は手を出さないことを確約してくれたのである。


「しかしすごいです義堂さん。

 あんな不良たちを手懐けるなんて!」


 足立は目を輝かせながら言う。

 溜まり場の中では終始ビクビク怯えていたはずだが、抜け出した瞬間この調子だ。

 何があってもすぐにいつものテンションに戻ってしまえるというのは、ある種の才能と言えるかもしれない。


「手懐けるなんて人聞きの悪い。海外の紛争地域とかはともかく、ここは日本だぞ? 

 言葉が通じるのはもちろんとして、同じ日本人である以上は誠実に話せばどんな人でも分かってくれるさ」


「そういえば義堂さんって海外でNGO活動してた時期もあったんでしたっけ」


「ん? ああ、まあな。

 大学生の時に一年ほど休学してがむしゃらにやってたよ。あの時はまだまだ俺も青かったな……」


 義堂は昔のことをしみじみと思い出しながら話す。

 海外でのことを思い出しているからだろうか、足立にはその横顔がここではないどこか遠くを見つめているように感じられた。


「義堂さん……?」


 義堂に声を掛けてみたが、反応はない。

 依然として前方を眺めているままだ。


 何かがあるのか? と思い同じ方向を向く。


 するとそこにいたのは、黒ずくめの男だった。

 顔はこちらからはよく見えないが、フード付きの黒ジャケットに黒のズボンを着用している。六月になろうかというこの時期にしては、不自然過ぎる恰好だ。

 さらには肩に掛けたあの縦長のバッグ、長さ1メートル以上はあるだろうか。

 ここで足立は事件の被害者のことを思い出した。


(確か四人の被害者は全員、「斬殺」されていた……!)


 凶器はおそらく刀剣類。あのバックの中には十分収まるだろう。


「ぎ、義堂さん……!」


「ああ、今から奴を尾行する。妙な様子を見せたら即事情聴取だ。

 念のため、応援を呼ぶ準備をしておいてくれ」


「了解です」


 目の前に突然現れた容疑者候補に対し、二人は尾行を開始した。



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