なんで私が早応大に!?⑨

 都築つづき美智子みちこの事件から、はや数日が経った。


 現在時刻は12時20分。

 大学はちょうど昼休みの時間で、食堂は昼食を食べに来た学生でごった返している。

 ちなみに早応大学の学食はカフェテリア形式であり、食券をおばちゃんに渡して目の前で作ってもらうというシステムだ。


「はーい、チャーハンどうぞー」


「どうも」


 英人は厨房から出されたチャーハンを受け取り、トレーに乗せる。

 学食である以上それなりにリーズナブルなメニューが揃っているわけだが、中でも英人のおすすめがこのチャーハンだ。

 味はどこにでもある学食のチャーハンであるが、特筆すべきはそのコストパフォーマンス。チャーハンにから揚げ2個、さらにはスープまでついてお値段はなんと340円。一人暮らしをしている英人にとっては心強い味方だ。


 英人は厨房スペースを抜け、席を探し始める。

 まだお昼休みになってから間もないので席も空いているが、あと数分もすれば満席になってしまうだろう。

 そうなってしまった場合、大学に友人がいない所謂「ぼっち」には地獄となる。

 友達がいる場合は席を譲ってもらう、もしくは詰めてもらうなどの対応が期待できるがぼっちだとそうもいかない。自分で探し、確保するしかないのだ。

 

 英人は早めに席を確保し、トレーを置いて座る。

 今なら両隣に人はいない、窮屈な思いをしないうちにさっさと食べてしまおう。


 でもその前に……


「いただきます」


 そう律儀に唱えてから、英人はレンゲをチャーハンに差し込んだ。


 ………………

 …………

 ……


 チャーハンを食べ終えた後、英人はお茶を飲みながらスマホでネットニュースを物色する。

 今でこそこうして普通にいじっているが、当時スマホの存在は英人にとって衝撃的だった。

 それもそのはず、異世界に行く前の英人はぎりぎりのガラケー世代。

 もちろん8年という歳月の間に現代社会では様々な変化はあったが、スマホの普及はその最たるものと言っていいだろう。


 ネットニュースの見出し画面をスワイプしていると、気になる記事が目に留まる。

 その見出しは『50代会社員男性、未成年への強制わいせつ容疑で逮捕』というもの。


 英人はすかさず見出しをタップして、記事を開く。

 記事の内容を見る限り、どうやら犯人はちゃんと捕まっているようだ。

 まあ昨夜中年を絞め落とした後、英人が警察に通報しておいたのだから当然といえば当然なのだが。


 しかし「英人が通報した」という事実は消え、世間的には通りがかった警官(本当は英人の通報を受けて来た)が現行犯逮捕したという筋書きに変わっている。これも『世界の黙認』による記憶改変の結果だ。

 一応ヒムニスにもやらかした『異能者』として連絡しておいたので、警察内の対『異能者』の部署が今後は対応してくれるだろう。

 とりあえずは一件落着、というわけだ。


 ニュースを見終わった英人は、スマホをいじるのを止めて席を立つ。

 昼食を求めて次々と流入してくる学生の群れをかき分けながら、空いた食器の乗るトレーを返却スペースに置き、食堂を後にした。


 ちょうど食堂から出たところで、ポケットのスマートフォンが振動する。

 取り出して画面を確認してみると、表示されているのは見慣れない電話番号。

 しかし英人には大体の想像がついた。


『はい、八坂です』


『都築美智子の父だ。お昼に申し訳ない。

 いつも娘が世話になっている』


 電話をかけてきたのは案の定、美智子の父親だった。

 電話口からは、秩序とか権威とか威厳とかそんな「お堅い」イメージがそのまま音声になったような声が聞こえてくる。


『いえ、こちらこそ』


 英人はそんな迫力たっぷりの声に少し身構えながらも、返答する。


『まずは娘を助けてくれたことに礼を言う。ありがとう』


『い、いえ』


 最初の言葉はなんだろうと英人は思っていたが、まさかストレートに感謝を伝えてくるとは予想していなかったので少したじろぐ。

 しかしその誠実さの籠った声は、電話越しでも律儀に頭を下げているんじゃないか、と思わせてくれるくらいに整然としていた。


『……その上で君にひとつクレームを入れたい』


『な、なんでしょうか』


 英人はギョッとする。


 クレームって、やべぇ俺何かしたっけ……まぁ色々しちゃったけど。

 心当たりがありすぎるので多少緊張してしまう。どうか寛大な処置を期待したい所だ。


『娘にあんな駄々のこね方を教えたのは、君だね? 娘からそう聞いたが』


 どんな駄々のこね方したんだよ……。

 でも俺は「駄々をこねろ」と言っただけで、別にその内容については言及してないしセーフだよな?

 そんな言い訳が英人の頭に浮かんでくるが、この父親には通用しそうにないので素直に認めることにした。


『はい、そうです』


『おかげで娘をなだめるのに何時間も掛かってしまったよ。こちらの業務にも支障が出そうだ』


 何があったんだ都築家。

 しかし美智子も外見はともかく中身は大きい猫みたいなトコあるし、駄々をこねまくる姿もなんとなく想像はできるかも、とも英人は思う。


『それはなんというか……大変でしたね』


『全くだ』


 しかし言葉の字面だけ切り取ると怒っているように見えるが、その声色はどことなく嬉しそうにも聞こえた。

 雨降って地固まる、ということだろう。


『……家族三人であんなに話したのは久しぶりだった。

 テレビ電話越しではあったが、いい時間を過ごせた』


『もっと早く、こうすることは出来なかったのでしょうか?』


『痛い所を突くな、君は……まあ確かにそうだ。

 言い訳をさせてもらうと、離れ離れになった期間があまりにも長すぎて、私たちも娘と直接向き合うことを恐れていたのかもしれない。

 もしかしたら私たちのことを親と思っていないのではないか、とね。だから遠くから見守るだけで満足してしまった』


『……でもちゃんと見守っていたからこそ、娘さんは助かりました』


『そう言ってもらえると、救われる』


 やや安堵した口調で美智子の父親は答える。

 しばしの沈黙の後、再び声色を真面目なものへと戻した。


『……私たち家族は、今からでもやり直すことができると思うかね?』


 その言葉は、英人に聞いているというよりも、自らに問いかけているようだった。

 生半可な返事は許されない。

 英人は全力でその問いに答えるために、これまでの美智子との記憶を思い返す。


 笑った顔、怒った顔、泣いた顔。


 短い付き合いだけれども、その全てが印象深い……ならば、もう答えは出ている。


『私は、やり直す必要はないと思います』


『む、それはどういうことだ?』


 電話の向こうからは疑問の声が漏れている。英人は続けて話す。


『貴方の娘さんはちゃんとした、いい子に育っているからです。

 まだまだ知り合ってからは短いですが、あの子は寂しいという感情や、嬉しいという感情をぶつけることのできる子です。今回は少しばかりそれが悪い方向に出てしまいましたが、本来ならそれはすごくいいことだと思うんです。

 最近は勉強だって少しずつ頑張るようになってるんですよ?』


 それは、美智子の様々な表情を見てきたからこそ、出せた結論。

 美智子は外見こそクールでマイペースであるが、ここぞというところで甘えたり、寂しいと言ったり、怒ったりできる子だ。

 当たり前のことのように思えるがそれこそが一番大事なことである、と英人は彼女を見て改めて思わされた。


『……そうか』


 英人の言葉に対し、美智子の父親はまるで感情が口から漏れだしたように答える。

 電話の向こうの表情はいかほどだろうか。


『ですから、やり直す必要なんかありません。せっかくいい子に育ったんですから。 

 後はほんの少しだけ、軌道修正をすればいいだけだと思うんです』


 英人はそう言いながら、空いている右手をギュッと握る。

 そう、やり直す必要なんてない。

 家族がいる――そう思えるのなら、彼女はもう大丈夫だ。


『そうだな……確かにそうかもしれない。君の言う通りだ』


 一瞬、英人には電話の向こうの声が震えた気がしたが、すぐ元に戻り言葉を続ける。


『長く話してしまってすまない。家庭教師の件は今まで通りお願いする』


『はい! ありがとうございます!』


『……娘のこと、引き続きよろしく頼む』


 そして最後にこう残し、美智子の父親は電話を切った。英人もスマホの通話終了ボタンをタップし、ポケットにしまう。


 英人は通話の余韻に少し浸った後、次の講義がある校舎へと歩き始める。

 今日の天気はまさに五月晴れ。

 柔らかい日光と頬を撫でる風が気持ちいい。


「さて、午後の講義も頑張るか!」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 終礼のチャイムが鳴り、本日の授業が終了した。

 ホームルームにて担任の教師が連絡事項を伝え終えた後、美智子は帰りの準備を始める。


「ねぇねぇつづみん。

 この前の合コンの話、考えてくれた!?」


 美智子がいそいそと教材やノートを鞄に詰めていると、隣の席の彩那が声を掛けてきた。

 そういえばそんな話あったなと一瞬美智子は考えるが、すぐに彩那に向き直り、


「うーん、今はいいかなっ!」と残して颯爽と教室を出た。


 別にどこかに寄るでもなく、いつもの通り自分の家に帰るだけ。

 でも今日はそれだけのことが楽しみで仕方ない。


 そう、今日は家庭教師の日なのだ。


 家に帰った美智子は、早速準備を始める。


 『あの人』が来るまでまだ時間はあるが、どうしても気持ちがはやってしまう。 

 教材やノートの準備はもちろんするが、ちゃんとしておきたいのは自分自身。

 美智子は鏡台の前に座り、自分の顔を見ると少しだけ微笑む。


 そう、私は変身するのだ。今から。


 ファンデーションを塗り、口紅を引き、アイメイクもする。服装もいつぞやかのものに着替える。

 そう、まるであの夜のような恰好になる。

 今から来る人を、ビックリさせるために。


 ――それに、こういう時ぐらいは思いっきり背伸びしたいもんね。


 まだまだメイクに慣れていないせいか、身だしなみに予想以上の時間が掛かってしまったがなんとか間に合わせた。

 その直後、ノックが鳴る。


 ――来た来た。


「八坂だ。入るぞ」


 ドアの向こうからは声が聞こえてくる。

 いつもの声で、美智子は少しホッとした。


「はーい。今行くよー」


 美智子はドアの方へとパタパタと駆け寄る。

 待ちに待った瞬間なのだが、いざこの時が来ると緊張で出迎えるのに少しだけ躊躇してしまう。


 ドアノブに手を掛け、深呼吸を一つ。

 ついでに髪も少し整える。


 この姿を見たら、あの人はどんな表情をするのだろう? ビックリしてくれるかな?

 でももし、「似合っている」とか「綺麗だ」とか言ってくれたなら――


 ゆっくりとドアを開ける。


 開いたドアの向こうには、いつもの人がいつもの調子で立っていた。

 美智子はその表情の変化を見て、笑顔になる。


「先生っ、今日もよろしくね!」



 お父さん、お母さん。

 私――好きな人ができました!





                        ~なんで私が早応大に!?・完~




 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 これにて『なんで私が早応大に!?』編は完結です。


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