異世界帰りのストーカー対処法③

「さて、おとなしくお縄についてもらおうか」


 なんとかタッチの差で現場に着いたと同時に、英人ひでとはとりあえず決めセリフっぽい言葉を発してみた。


 ……俺は警察じゃないけど、現行犯逮捕は一般人でもできるし問題ないはず。

 うん大丈夫大丈夫。


 そう心の中で言い聞かせつつ、英人は今の状況を確認し始める。


 この場にいるのは英人を含めて三人。

 ミス早応こと東城とうじょう瑛里華えりかはどうやら腰が抜けて立てないようであるが、見たところ目立つケガはない。とりあえずは大丈夫なようだ。


 問題は目の前の男で、おそらくは東城瑛里華のストーカー。

 突然声を掛けられたことに驚き、彼女からとっさに距離を取ってくれたのはラッキーだった。

 見たところ体格は普通。身長は171cmで体重は63kgというところだろうか。

 凶器のナイフは刃渡り15cmほどの長さであり、それなりに手入れがされているのか夜闇の中でも妖しく光っている。


 英人がここまで状況を確認した時、ストーカー男こと馬越うまこしが唐突に口を開いた。


「な、なんだよお前!? アラサーのおっさんがしゃしゃり出てくんなよ!」


 ……持っているナイフじゃなくて、言葉の刃を使ってくるとは中々やるじゃないか。


 思わぬ先制攻撃で英人は心にダメージを負いつつも、一歩ずつ馬越との距離を詰め、瑛里華の方へと意識が向かわないように調整する。

 これでとりあえずは瑛里華に直接危害が及ぶことはないだろう。


「邪魔をするならお前もろとも……!」


 対する馬越はナイフの切っ先を向け、英人を威嚇する。


「まあ待て、まだアンタは誰も傷つけていない。今なら罪も軽くて済むはずだ。

 ここは大人しく警察の世話になった方がいいと思うが?」


 英人は両腕を上げることで敵意がない旨を示しつつ、馬越の説得にかかる。

 別にすぐにでも倒してしまえるような実力差ではあるが、幸いまだ犠牲者は出ていない。

 ならばたとえ『異能者』が相手でもできるだけ穏便に済ませたいというのが英人の考えだ。

 というよりドンパチは疲れるし後々面倒なので英人としてはなるべく避けたい。最終的に戦うにしてもまずは交渉や説得ありき、である。


 しかしそんな英人の言葉も虚しく、馬越は不敵に笑った。


「警察の世話だって? 嫌だね。

 僕は欲しいものを手に入れる資格があるんだ!

 だって僕は特別な『力』を持った人間なんだから!」


 自身の発する言葉に釣られていくかのように、馬越はさらにボルテージを上げていく。

 もはや完全に己の『異能』に酔いしれている状態だ。

 英人はこのような状態の『異能者』を過去何度も見てきた。

 こうなってしまえば最早こちらの話は聞き入れてもらえないだろう。力とは時として麻薬や酒よりも質が悪い。

 

「特別な『力』……?」


 『力』という言葉がどうも引っ掛かったようで、瑛里華の口からは疑問の言葉が出る。

 すると馬越は待っていましたとばかりにニヤリと表情を歪め、口を開いた。


「そうだよ東城さん。僕には特殊な『力』があるんだ。

 僕は特別な人間だからね。知りたいだろう? 気になるだろう?

 今から見せ 『一日につき合計五分間、夜の間だけ自分の姿を周りから見えなくする能力、だろ?』 …………え?」


 英人の割り込みに対し、ポカンとした顔をする馬越。瑛里華も全く同じ表情をしている。

 

「何者なんだ……お前……」


 唖然とした顔のまま、馬越は英人に尋ねた。


「言ってしまえば俺もその『力』とやらを持っているのよ。

 お前の考えからすれば、俺も選ばれた人間ってことになるのかな? いやはや世間とは狭いなぁ」


 それに対して英人は皮肉交じりの軽口で返す。


 人の命が掛かった修羅場であろうとも軽口を言ってしまうのは、異世界でついてしまった英人の癖だ。どうやら現実世界に戻った今でも直っていないらしい。


 英人の言葉に唖然としていた馬越だったが、


「……つまり、お前の『力』は『相手の能力が分かる』、か。

 でもな、いくらこっちの手の内が分かってても対処できなきゃ意味ないんだよ! 僕の方が格上だ……!」


 相手の能力を聞いて勝ちを確信したのか改めて英人に殺意の混じった形相で向き直った。

 小さく息を吸い、そのまま夜闇に溶けるかのように彼の肉体は姿を消す。


「き、消えた……!」


 その非現実的な光景に、瑛里華はへたり込んだまま声を上げていた。


 『姿を見えなくする』――言葉にすれば至極単純な能力であるが、これが中々恐ろしい。

 不意打ちや暗殺等はもちろんだが、正面切っての戦闘おいてもかなりの脅威だ。

 というのも相手からすればただでさえ視覚的なハンデがあるうえ、「見えない敵」という存在は心理的にも相当な負荷となる。たとえ相当の実力差があるような格闘家でも、恐怖という感情は容易くその優位を打ち崩してしまうのだ。普通の人間であれば猶更であろう。


 しかし――


「あらよっと」


「な、なにっ!?」


「え、え?」


 馬越が挑んだ相手は、普通ではなかった。

 英人が何もないはずの空間を左手で掴むと同時に馬越の驚愕の声が漏れ、さらに一瞬遅れて瑛里華の困惑が響く。

 

 周りからは馬越の姿は『異能』で見えない。

 だが英人は確実にナイフを持った馬越の右腕を掴んでいた。


「確かにお前の『異能』は厄介だが、あくまで自分の姿を消すだけ。身体能力が向上するわけじゃない。

 そもそも呼吸や踏み込む際の足音で動きがバレバレ」


「は、放せ!」


 馬越は必死に腕を振り解こうとするが、まるで金具で固定でもされているかのようにビクともしない。


 透明な空間からは、焦りが伝わってくる。

 しかし英人はそんな相手の様子などまるで意に介さずに、言葉を続けた。


「それともう一つ。

 俺の能力は何も『相手の能力が分かる』、だけじゃない」


「は、はぁ!?」


「俺は、魔法が使える」


「な、何を言って――」


 馬越が口を開いた瞬間、英人の左腕からは雷属性の魔法が発動する。

 瞬間、周囲は雷鳴と光に包まれた。

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