異世界帰りのストーカー対処法④
――あれから、一週間が経った。
あの夜についてだが、ストーカーこと
とはいえそのまま放置しておくのはさすがに危険だったので、あらかじめ呼んでおいた警察が来るのを確認してから自宅に帰ったわけだが。
その後の顛末については以下の通りである。
まず被害者である
馬越は殺人未遂の容疑でしっかり逮捕された。これより後は警察の仕事となるだろう。
これでめでたく解決となったわけだが大学きっての有名人が巻き込まれたということもあって、今回の事件は内外で大きく取り上げられた。
大学側は今回の事件について声明を発表し、テレビでもニュースになるなど各方面で大騒ぎ。
中でも話題になったのは瑛里華へのインタビューで、彼女の真摯で気丈な受け答えが「若いのにしっかりしている」「天使」などと話題になり、好感度上昇に一役買うことになった。
転んでもただでは起きぬとはこのことだろう。
そして最後の一人――
こちらは事件の影響は特になく、いつもと変わらぬキャンパスライフを過ごしていた。
警察にも事情聴取されていないし、ニュースにも取り上げられてはいない。
ストーカーを直接撃退した張本人のはずなのに、何故世間から全く注目されないのか?
それは、この世界の「調整力」によるものである。
どういう原理であるかは不明であるが、この世界の人間は『魔法』というものを認識できない。
だから事件の際に魔法を使って駆けまわっても、それを見た通行人は誰一人として反応を示さなかったのだ。
しかもこの「調整力」はかなり強力で、「八坂英人が魔法を行使した」という記憶すら書き換えて最初からなかったものとして都合よく辻褄を合わせしてしまう。
つまり今回の事件だと「八坂英人が魔法を行使してストーカーを気絶させた」ではなく、「八坂英人という人間は最初から介入しておらず、ストーカーは勝手に気絶した」となるのだ。
だから事実として英人がその現場にいても、全てが終わった後には誰もその存在を覚えていない、ということになる。
確かに魔法は行使されている。
にもかかわらず、この世界にいる人間は誰もそのことを認識することができない。
この摩訶不思議な現象を、異世界出身のヒムニスは『世界の黙認』と名付けている――
「いやあ、今回も君が対処してくれて助かったよ。
もちろん私が直接やっても良かったんだけどね?
でも私はどちらかといえば頭脳労働派だから、あまり現場に出ない方がいいと思うんだよ。何せ『教授』だしね」
その名付け親が、いつも通りコーヒーを片手にニヤニヤと笑っている。
いま英人は事件の後処理について確認すべく、教授棟にあるヒムニスの個室を訪れているという状況だ。
「……別にそのあたりはいいんだけどよ。
でもやっぱり最近多くないか? 『異能者』絡みの事件」
対する英人もヒムニスから差し出されたコーヒーをすする。
『異能者』絡みの事件を対処するようになってから一年経つが、その経験則で英人は昨今の異常を肌で感じていた。
事実、四月どころか春休み中も何度か駆り出されている。そのせいで新居への引っ越しにも影響が出てしまったほどだ。
「……この世界の人間は誰しも、『異能』の種となるものを持っている。
だが一般的に『異能者』と呼べるほどの能力になるには条件が必要だ、というのはこの前教えたよね」
「『魔素』か」
「そうだ」
ヒムニスが言うように『異能者』となる資格があるのは何もごく一部の特別な人間のみ、というわけではない。
この現実世界にいる全ての人間は『異能』を持っているのだ。
もちろん現実世界出身である英人も例外ではない。
だがそのほとんどの人間は自身の『異能』の影響力が小さすぎて気が付かないか、『異能』が発現していないかだ。
そういう意味では『異能者』の存在はごく少数の、貴重な存在と言える。
『異能』が発現する条件についてはヒムニスの研究でもある程度解明は進んではいる。
しかし魔素の大量摂取によって発現する例が比較的多い、ということくらいしか現状分かっていない。
「先天的であれ後天的であれ、『魔素』という栄養がなければ『異能』は芽吹かない。
そして『魔素』とはいわば魔力の元、異世界に大量に存在しているはずの物質だ。
つまり……」
「『魔素』が異世界からこの世界に漏れ出てるということか」
「あまり考えたくない仮説だけどね」
――異世界と現実世界が、どこかで繋がり始めている。
英人自身あまり考えたくない仮説だが、英人とヒムニスという実例がここにいる。
……世界同士の区別がなくなってきている? でも今になってどうして?
英人は疑問に満ちた頭の中を整理するため、再度コーヒーを口に含んだ。
「まあ仮説のことはいくら机上で考えていても仕方ない。それはこっちで調査しておくよ。
何にせよ我らがミス早応の危機が去ったわけだし、これで一件落着かな。
しかし『世界の黙認』、こういう時便利だよねぇ」
少し重くなった空気を変えようとしたのか、ヒムニスは話題を変える。
確かに彼の言う通り、今ここで考えてもどうにかなるものでもないかと英人も頭を切り替えた。
「確かに世間にばれないように行動するには最適だけど、俺は便利屋でも探偵でもねぇからな。
なんでもかんでも俺に解決させようとするのはやめてくれよ?」
「えぇー、一応『英雄』なのだろう? これからも頼むよ」
ヒムニスは何とも人をおちょくったような態度を英人に向けた。
確かに異世界にて魔族の軍勢を撃退し『英雄』と呼ばれたこともあったが、英人にとってはもう昔の話だ。
いちいち掘り起こされるとぞわぞわする。決して人助けが嫌いなわけではないのだが。
「『元』な。今は学生だ。とりあえず用は済んだしもう帰るわ。
コーヒーごっそさん」
そんな複雑な感情をコーヒー共に飲み干しつつ、英人は部屋を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
世間はもう四月も下旬。
季節は春本番であり、大学構内には上着を脱いだ学生もちらほら目立つようになってきている。
時刻は午後2時30分。
ちょうど午後一番の講義が終了した時間であり、講義を終えて帰宅する学生、サークル活動に向かう学生、次の講義に向かう学生で大学の敷地内は溢れ返っている。
英人はヒムニスとの要件を済ませた後はもう予定もないので、そのまま直帰するつもりだ。
すっかり緑色に染まった並木道を学生の波をかき分けながら歩いていく。
このキャンパスは最寄駅と隣接した状態となっており、駅から一直線に続くこの桜の並木道はちょっとした名物だ。
今はもう散ってしまったが、卒業・入学シーズンの際は満開の桜色で学生を祝福してくれる。
だから英人にとっても一度目の桜は思い出深かった。
けれど、そんな景色も二度目となるとほとんど印象がない。今年は桜が咲かなかったのかと勘違いしてしまいそうなほどに。
――そういえば、この大学に入ってからもう一年以上か……
英人がそんな中年オヤジみたいなことを考えていると、見知った人物が視界に入った。
それは見るもの全てを魅了するような、柔らかくも凛とした笑顔。
風になびく可憐で艶やかな黒髪、嫌味にならない程度の自信と謙遜。さらには何気ない気遣いにちょっとした隙。
昨年のミス早応こと、
美しさと好感度を磨きぬいたような美女が、反対側から歩いてくる。
この大学は学生数も比較的多いので、探せば可愛い子も結構いる。しかし彼女はやはり別格だろう。
すれ違う男たちは皆振り返る。女子ですら憧れの感情からか一部そうしてしまうほどに。
美人もここまで行ってしまうと妬み・やっかみばかりではないということらしい。
とはいえその元気そうな様子を見る限り、彼女にとっても事件は一件落着したようだ。
あの夜の「事実」を知っているのは英人ただ一人。『異能』や『魔法』なんてものは彼女には関係ないし、知る必要もない。
そう。「東城瑛里華は助かった」という「真実」さえあればいい。
英人はほんの少しだけ口角を上げながら、彼女とすれ違う――
「ちょっと待ちなさい」
ことができなかった。
あれ? と英人は一瞬戸惑う。
「あなた『あの夜』に会ったよね? いや間違いなく会ってる」
あれれ? と英人は再び困惑するが、瑛里華はそんな彼の状況などお構いなしだ。
彼女は強い足取りで一気に詰め寄った。
「やっと見つけた……!」
いやいや、あの夜ちゃんと魔法を使ったし俺が解決したことは誰にも認識できないはず……そうそう、彼女が言っているのは多分別の日のことだろう。
だとすると猶更心当たりがないが……いやマジでなんの用!?
英人の脳内ではそんな考えが流れ星のように巡っては消えていく。
そんなことをやっている内に瑛里華は英人の目の前まで近づき、足を止めた。
そして――
バシン!
その乾いた音と共に、英人の頬に衝撃が走った。
どうやらいきなりビンタされてしまったようだ。しかも思いっきり。
「この意気地なし! よくも私を見捨てて逃げたわね!」
続けて瑛里華から怒号が飛ぶ。
英人は状況が全く理解できず、呆然と立ち尽くすしかなかった。
何か言い訳なり反論なりした方がいいんだろうが、頭に言葉が浮かんでこない。
……というより、逃げたってどういうことよ?
英人の脳内はまさに混乱の極致であった。
「フン! もう行こう、
「う、うん……」
一発ビンタしてとりあえず気が済んだのか、彼女は隣にいた女友達と一緒にその場を去る。その様子はさながら春の嵐だった。
「…………とりあえず、帰るか」
瑛里華たちの姿が見えなくなってから、英人はようやく我に返る。
そのまま帰ろうとするが、今度は周囲の学生の視線が痛い。
……こりゃ明日から評判最悪だな。
英人はそんなことを思いつつ、いつもよりもさらに早足で自宅に帰ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
英人が後になって知ったことだが、どうやら瑛里華の中でこの事件は
ストーカーに出くわす
↓
ストーカーが勝手に気絶する
↓
事件解決
ではなく、
ストーカーに出くわす
↓
八坂英人が現場に居合わせる
↓
八坂英人がストーカーにビビッて現場から逃げる
↓
ストーカーが勝手に気絶する
↓
事件解決
となっているようだ。
つまりは魔法を使う前に長く馬越と喋り過ぎたのが原因で「八坂英人が現場にいた」という事実までは改変されなかったらしいのである。
おまけに事件解決時、つまり魔法を使った瞬間だけ英人の存在を認識できなかったことで瑛里華の中では「自分を置いて逃げた」という風に記憶が改変された。
結果、彼女にとって八坂英人はストーカーに襲われている女を置いて自分だけ逃げる軟弱男だという認識になってしまったのだ!
……なんとも締まらない話である。
この世界でも人助けは一筋縄ではいかないな……と思いつつも、英人は今日も今日とてキャンパスライフを過ごしていく。
頑張れ八坂英人! たとえミス早応に嫌われても、お前のキャンパスライフはまだまだこれからだ!
(……でもやっぱり、ガチビンタは応えるわ)
~異世界帰りのストーカー対処法・完~
――――――――――――――――――――――――――――――――
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
これにて『異世界帰りのストーカー対処法』編は完結です。
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