あたしが惚れたのは伝道者!?

優間長考

第1話 序章 中学生になる前のあたしには重すぎた事実。

序章 中学生になる前のあたしには重すぎた事実。


 目の前で、母が泣いている。

 あたしにとっての母は、とても頼りがいがあり、優しく、立派で、友達にも自慢できる、あたしが大人になったらこんな人になりたいと思える、理想の人だ。

 でも、そんなあたしの母が今、あたしの目の前で、泣いている。

 理由は、あたしだ。あたしが母に聞いたから。あたしのことについて質問したから。

「ごめんね。本当は、もっと大人になってから、話すつもりだったのに」

 あたしの母は泣きながら、あたしにそう謝る。

 大人になってから。……大人って、いつになったらなんだろう?

 そんなことをぼうっと考えながら、あたしは母が今教えてくれたことを思い起こす。でも、小学校をつい最近卒業したばかりのあたしの頭では、母の言った内容が全て理解できないでいた。

 ただ、母がそのことでとても苦しんでいたこと。

 母が、そのことを一人で抱えていたことは分かった。

「こんな、こんな理由で名前を付けて、本当にごめんなさい」

「泣かないでお母さん。あたし、お母さんのことが大好きだから」

 嘘のない、本当の言葉だ。あたしは母が好きだ。お父さんのいないあたしを、女手一つでここまで育ててくれた、優しい母が大好きだった。

「だから、大丈夫だよ。お母さん」

 あたしはそう言って、母がいつもあたしにしてくれていたように、母の両手を優しくそっと握る。すると母は、両腕を広げ、黙ってあたしのことを強くつよく抱きしめる。

 その日。あたしの母だけの秘密は、あたしと母の二人の秘密になった。

 その日の夜。あたしは自分のベッドの中で、今日のことを一人悶々と考えていた。

 あたしのこと。母のこと。たった十二年と九か月しか生きていないあたしには、重すぎた事実のことを。

 それはきっと、今のあたしがいくら考えても、答えなんて見つからないもので。たくさんの経験と、考え方と、色んな人との出会いがあって、ようやく理解できるもので。

「中学生になったら、分かるのかな」

 そんな独り言を呟きながら、あたしはつい先日初潮がきたばかりの、細く小さな自分の身体を抱きしめる。

「はやく大人になりたいな~」

 そう言ってあたしは眠りにつく。

 それがあたし、小野寺おのでらかんが十二歳の時の、三月最後の夜の出来事だった。

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