第3話 ついつたー

 かたかた、かたかた、とキーを叩く。


 感想を送り、リプライを書き、タイムラインを追い、適宜リツイートをする、その合間を縫って執筆、更新、更新お知らせ。


 なかなか、ネット時代の物書きは忙しい。


 そんなことを思いながら書き物をしていると、ふっと隣に気配を感じた。母だろう。礼を失してはいるが、いま書き物が佳境に入ったところだ。目も向けずに「なにかありましたか」と声だけ出す。


 ぺぺん。「毎度ありがとう存じます。飴売りに御座ります」


 「ああ、はい、飴売りね」オチはこれで良いだろうか。誤字を確認するためにプレビューモードに切り替え、さっと目を通していく。


 「エェ、アノゥ、もうちっと構って頂けませんかネェ」そこまで聞いたところで、思考回路が現実に引き戻される。「うわっ、飴売りさんか!」少々声が裏返ってしまう。「エェ、そう最前から申し上げておりますんで」デスクに手をのせて、画面を遮るようにのぞき込んでくる飴売り。「いや、近いですから。あと保存しないとデータ消えるんでどいて下さい」操作ミスで、書いたばかりの文章を消してしまった事がある。あれは悲しかった。


 しばし画面を遮り続けて無言の抗議をしていた飴売りだが、頭を掴んでどかされるに及んで諦めたらしい。もぞもぞと椅子の脇に座り込んできた。猫か、犬か。ペットを飼っている人が、こんなような事を話していたなぁなどと思い出す。データの保存を無事終えて、やっと飴売りの方を見た頃にはすっかりいじけていた。


 指先でのの字を描いている飴売りを放置して、一度キッチンへ行く。


 ペットボトル入りの冷茶と、グラスを2つ。あとは餌付け用に、塩せんべいとチョコレート菓子。キッチンから戻ると、飴売りはごろん、とふて寝をしていた。こちらに背を向けている飴売りの首元に、冷たいペットボトルをくっつける。「びゃぃ!!」怪鳥のような鳴き声をあげて飛び起きた。「はい、お待たせしたんでお詫びにお菓子付きです」座り直した飴売りの前に、菓子と茶を出す。


 「しかたないですネェー」機嫌を直すことにしてくれたようだ。「ところで、最近ご無沙汰だったじゃないですか」さっと話を振っておく。気分転換は大事だ。「エェ、基本的にはネタに困ってる方の所に伺うのがあたしの商売なんでネ」くいっと茶を飲み干した飴売りが言う。お替わりを注ぎながら、「へぇ、まあ最近はだいぶ筆が進んでましたしね」と返すと、「デショ。今日伺ったのだって、マァ言ってみればお礼参りですから」と言う。「お礼参りって言うとなんか殴り込まれてる感じですね」そう茶化すと、「イエイエ、ホントのお礼用の方ですヨゥ。なんせ、ついつたーに自販機作ってもらいましたから」と姿勢を正す。

 「この度は、お力添えを頂きましたこと、あつく御礼申し上げます。今後とも変わらぬお引き立ての程、何卒お願い申し上げます」畏まって頭を下げられると、今日は随分雑な扱いをしてしまった手前、なんとももぞもぞする。「いえ、色々便利なものがあって、それを使っただけですから。まあ、喜んでもらえたなら良かったです」頭を上げた飴売りに、もにょもにょと返す。


 2杯目を飲み干し、とん、と飴売りがグラスを置く。注ぎ足そうとすると、すっと手で遮られた。「モウ十分頂きましたヨゥ。ご馳走様でございました」そう言いながら、どこからともなく紙袋を取り出す。「しばらくお目に掛からないかもしれませんし、今回のお礼も兼ねて」と差し出してくる。受け取って中を覗くと、色とりどりの飴。「こんなに沢山」と言いかけると、「お礼ですからネェ」と笑う。


 ぺぺん。


 「飴屋『ことのは』をお引き立て頂き、誠にありがとう存じます。変わらぬご愛顧を賜りますよう、お願い申し上げます」


 ふっと、消えた。


 彼が次に現れるのは、あなたの元かもしれない。もし、あなたに余裕があったら、お茶とお菓子を出してあげてほしい。どうやら甘党のようだから、できれば、甘いものを。そうしたら彼は、あなたに甘い甘い物語の種子たねをくれるだろう。

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コトノハ飴 はろるど @haroldsky

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