第2話 電車の中
Web小説の良いところは、手書き原稿と違ってどこでも書き物ができる点だと思う。
例えば、いまの私のようにちょっとした移動時間中に文章をひねることもできるわけだ。休日朝早めの電車は、家族みんなで出かけるという一大イベントにわくわくしている子どもや、相好を崩したおじいちゃんおばあちゃんで埋まっている。楽しげに囁き交わすカップルの声をBGMに、規則的な揺れに身を任せながらスマホをタップする。喫茶店や電車といった、お互いにあまり関心を払わない人達が集まっている場所にいると、一人部屋にこもっているときよりも筆が(指が)進む気がする。
まあ、そんなちょっとした工夫では進まない時もあるのだが。例えば、いまの私のように。
ぺん。
ふっ、と電車の揺れが止まる。バランスを崩し、目の前に立っていたカップルにぶつかってしまう。「あっ・・・・・・失礼しました」慌てて謝りつつ、顔を上げるが反応がない。気がつけば、窓の外の物事を興奮気味に逐一伝える子どもの声も聞こえなくなっている。
ぺぺん、ぺん、ぺん。
ああ、これは。
ぐるり、と背後に顔を巡らせると、「毎度ありがとうございます。飴売りに御座ります」と、三味線を抱えながら頭を下げる黒子装束がいた。
二回目でも十分心臓に悪い。「いや、だから、その出かたが恐いんですって」思わずツッコミを入れてしまう。「アレ、非道いことを仰る。お化けじゃあるまいし、出かたはないでショ、出かたは」ぷりぷりと怒る飴売り。
「そう言ったって、ねえ。なんで毎回背後にいるんですか」立ち上がるついでに膝と腰をぐいっと伸ばしながら尋ねる。「いやぁ、面白いかなって思って」てへっ、と小首をかしげて見せる飴売り。男性としては小柄な方に入るだろう飴売りがそういう仕草をすると、妙に愛嬌がある。「いやいや、普通にびっくりしますからね?」思わず吹き出しながらそう告げると、納得がいかない様子でえー、だってー、などともにょもにょ言っている。
ぽん、とひとつ手を叩き、「ところで、今日のお品は?」話が進まないので、さくっと方向転換。「はいはい、本日はこちらで」いつの間にか、三味線の代わりにお盆のようなものを抱えている。
昔の駅弁売りが持っていた、肩紐付きの
悔しいのでうんともすんとも返さず、「この中から一つ選ぶって趣向ですか」と先を促す。飴売りはじとっとこちらを見つめるような気配を見せた後に、「ハイ、左様で。前回の物語も、しっかり収穫させて頂きましたので、今回も楽しみにしておりますヨ」と切り替えた。どうやら報酬はちゃんと支払えたらしい。
「それじゃ、一個」と改めて番重を見ると、あれほどあった飴が最後の一つになっている。「まだ選んでないんですがね」と首をかしげていると、飴売りがふんす、と鼻息を出して「お客さん意地悪だったんで仕返しですヨゥ」と言ってくる。なんてやつだ。それでいいのか、接客業。ふぃー、とため息が出る。「はいはい、私が悪かったですよ。ま、飴売りさんのおすすめってことで頂きます」大人の対応ってやつだ。飴売りとは違うのである。
今日のは若緑と空色とクリーム色の縞模様の包み紙に、真っ赤な飴が入っていた。イチゴかな?と口に放り込んで転がした途端、「・・・・・・っ!!」ぐわっ、っと土の香りが押し寄せる。カブトムシやクワガタがいそうな、芳醇な腐葉土の香りだ。 「え、これ、えっ?」予想外すぎて感想が出てこない。その様子を満足げに眺めていた飴売りがぽそっと「・・・・・・朝鮮人参」と呟く。「朝鮮人参?ってあの、漢方薬ですよね?参鶏湯とかに使う白いあれですよね?道理で牛蒡みたいな味だと思ったよ、というか飴にするもんじゃないでしょこれ」ついまくし立ててしまう。「嫌ですヨゥお客さん、朝鮮人参飴はれっきとした伝統ある飴ですヨ?身体に良いってんで、土産物としては結構人気なんですからネ」ぷーくすくす、と笑う飴売り。実に腹が立つ。
くねくねしながらひとしきり笑った後に、「マァマァ、それより物語は掴めましたかネ」とあっさり方向転換してくる飴売り。「・・・・・・渓谷。それと、橋の話。」むっつりと答えると、「アイ、ご名答!」と楽しげな声が帰ってくる。「今日の話も楽しみですネェ」と小躍りしているのを見ると、腹立たしさが可笑しさに変わっていく。なんとも言えず、憎めない御仁である。
「ア、そう言えば」ぴたり、と動きが止まってこちらに寄ってくる。「なんです」ずいっと寄ってきた飴売りに気圧されつつ答えると、私のスマホをびしっと指さし、「ついつたー、って御座いますでしょ」と問うてくる。「?・・・・・・あ、Twitterか」ホーム画面に表示されている青いアプリを見せると、「ソウ、それ。あたしの店を、ついつたーでもやりたいんですヨ」ねだるように言ってくる。「やればいいじゃないですか。アカウント作るのだってそう手間じゃなし、今時の個人営業店はよくやってますよ」と言う私に向かって、ぶんぶんと首を振る飴売り。
すっと背筋を伸ばして、「あたしに機械が使えそうに見えますか」と重々しく聞いてくる。「見えるか見えないかって言われると、まあ見えないですね」薄々この話のオチを予想しつつも、正直に答えておく。もう朝鮮人参飴はたくさんだ。「ですからネ、お客さんに助けて欲しいんじゃないですか。あたしの飴売り」
やっと分かったか、と言いたげな様子で腕組みしているが、それは頼み事をする姿勢ではないと思うぞ。「それにネ、あたしの飴を食べた他の物書きさんの作品に興味、あるでショ?」見透かされている。実際、とても読んでみたい。「・・・・・・時々ですからね」と念を押すと、「アイ、分かっておりますヨゥ」と嬉しそうな声が返ってくる。
ふいに、慇懃に頭を下げる飴売り。「飴屋『ことのは』が名物、コトノハ飴のお買い上げ誠にありがとう存じます。またご贔屓に願います」そして、ふっと消えた。
ぐっと揺れがかかる。足を踏ん張りつつ手元を見ると、いつの間にか「飴屋ことのは」と印字された紙袋を握りしめていた。中を覗けば数個の飴と、それぞれの飴の説明書きが印刷・・・・・・いや、タイピングされた紙が入っている。随分準備が良い。 「お買い求めのお客様には、ついつたーで、説明書きを送ってください。そして物語に印を付けて貰えるようにお願いしてください」と走り書きがついていた。山猫並に注文が多い飴屋だ、と土の香りのため息をついた。
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