十九.帰還


 そういえば、ルティリスに問いただすのを忘れていたことがもう一つあった。


 あの後。ユグドラシルとラヴェールは全員の魔法力を回復してくれたので、帰途は転移魔法テレポート一旦いったんリトの屋敷に戻った。

 彼は泊まっていっても構わないと言ったのだが、ロッシェはそれを断り、リトとは別れて街の宿屋に四人で泊まることにしたのだった。

 他三人はともかくロッシェはさすがに疲労が限界で、軽く夕飯を食べ風呂も済ませ早々に床につき、後は朝まで前後不覚で眠ってしまった。

 寝る前にルティリスに聞いておけば良かった、と今さらながらに思う。


 どうにも今回はこの手の後悔をしてばかりだ。

 もう二度と同じ間違いは繰り返すまい、とロッシェは密かに心で決意する。


「ごめん

「謝って済む話かよ、テメー自分も父親のクセに、解ンねぇワケねーだろうがッ」

「だから、ごめん。反省してる」


 噛みつきかねない勢いで自分を怒鳴りつける彼は、褐色の肌と短い赤金の髪、猫の瞳に虎の耳と尾、と一見すれば獣人族ナーウェアに見える。ゼロ=オーレリディラオという名を持つ、炎の中位精霊・灼虎しゃっこが人型を取った姿だ。

 尾の先に燃える炎と肌に浮き上がる縞模様が、彼が人ではないことを示している。


「ゼオくん、事情ちゃんと聞かないでパパをいじめないでください」

うるせぇ。お嬢こそ、こっちの事情がドンだけ大変だったか知らねーだろが」

「とにかく、少し落ち着きましょうよ。ゼオ」

「テメーは口出すなッ」


 とりつく島もない怒りように、ルベルとセロアも顔を見合わせため息をついた。

 確かに非はこちらにあり、引き起こされた事態が個人のレベルを超えて国を巻き込みかけたことも考えれば釈明の余地はない、の、だが。


「解ってるよ灼虎君。これからきちんと其方そちらに出向いて、ご本人に頭を下げるから。だからルウィーニとユイス氏に、旅程分の時間だけ待ってくれるよう伝えてくれないか」

「テメ、ホントに来るだろうな?」


 炎を吐きださんばかりの勢いで凄まれ、ロッシェは瞑目めいもくしてもう一度深く頭を下げた。


「誓うよ、必ず行く。謝って済む事じゃないのは百も承知だけど、ちゃんと僕から謝るから。あと少しだけ応対を、頼むよ」


 普段では考えられないロッシェの低姿勢振りに、灼虎のゼオは少しだけ気を静めたようだった。逆立つような赤金の髪をがり、とき回し、うなずく。


「解った。じゃ、そうマスターに伝えとくぜ」





 事の起こりは、ルティリスがロッシェと会った宿場町での一件だ。

 警邏けいら兵詰所にて尋問を受けていたルティリスの身柄を引き受けた時、ロッシェは身元の保証として自分の家名を出し事務員がそれを書き留めたのだが、彼がリトの所で身動き取れなくなっている間に、それが大事おおごとへと発展してしまったのだ。


 今朝、ゼオに言われるまで知らなかった――というよりは確認しなかったのだが、ルティリスは元々旅人ではなく、ユヴィラの森にある獣人族ナーウェアの村から宿場町に遊びに来ていただけだったらしい。

 徒歩でも三十分程度の距離なのに、一日経ち、二日経っても帰宅しない娘を心配した彼女の父親が詰所に問い合わせ、そこでロッシェの名が浮上して、ライヴァンの自宅へ彼が訪ねていってしまった、という顛末てんまつだ。

 自宅であるレジオーラ家の屋敷には今、ロッシェの母親が一人で住んでいるが、彼女は当然今回の事については知らない。

 娘の安否を気遣うルティリスの父と、まったく事情を把握はあくしていないロッシェの母と話がかみ合うはずもなく、彼女はルティリスの父にルウィーニという人物――ロッシェが不在だった時期にルベルの後見人を務めていた魔術師ウィザード――を紹介したのだった。


 灼虎のゼオは、そのルウィーニに名を与えられた中位精霊だ。

 元々人型に変ずることのできる中位精霊は、人族に名を与えられることによって一層個性が明確化し、名づけ親と魂レベルの深いつながりを持つようになる。

 変幻自在な精霊は移動も人族ほどの時間を必要としないため、そして今回の場合ことが危急ききゅうを要したため、ルウィーニはゼオを遣わしロッシェにその件を伝えさせた。そして、今に至る。

 ルティリスが家を出掛けてから、実に六日目だ。彼女の世間知らずな様子に気づいていながら、思い至らなかったのは不覚としか言いようがない。

 両親と家族はどれだけ心を痛めただろう、と思えば、申し訳なさでどうしようもない気分になる。


 とにかく一刻も早くルウィーニのいるライヴァンの首都ライジスへ向かい、事情を説明して謝るしかない。彼女が遭遇した危険について思えば、その釈明をするのもひどく気が重いことではあるが。

 先日の前科のせいか、ルベルは一緒に行くと言ってゆずらなかった。

 待ち合わせてすれ違うのも怖いし、どのみち出国予定だったこともあり、結局は全員でライヴァンの帝都学院へ向かうことに決める。ことの重大さに萎縮いしゅくするルティリスをなだめつつ、ライヴァン行きの船に乗り――……、

 そしてとうとう、対面の瞬間が訪れてしまったのだった。




 ルティリスの父・ユイス=リーゼは、見た感じはほぼロッシェと同年代の狐の獣人族ナーウェアだった。

 長く伸ばした青銀の髪を首の後ろで一つに束ね、背に流している。狐の耳と尾も青みがかった銀の毛で覆われており、切れ長の双眸は紫紺しこん

 ほんわかした雰囲気のルティリスとは違い、思慮深く隙のない印象の男だった。

 ルベルとセロアには学院の別室で待機してもらい、ロッシェは応接室にてルウィーニの立ち会いのもと、彼に事情を説明することになった。

 部屋に一歩踏み込んで彼と目を合わせた途端、ユイスのまとう雰囲気に自然と身体が緊張するのを感じる。


「大変お待たせしてしまい、申し訳ありません」


 深く頭を下げ、まずは謝罪を口にした。それから、そわそわとした素振りで隣に立つルティリスを目で促す。

 途端、少女は部屋の中へ駆け込んでいき、思わず立ち上がったユイスにすがりつくように、抱きついた。


「ルティリス……!」

「お父さん、ごめんなさいっ」



 ほぼ一週間ぶりの再会に、諸々もろもろの感情が一気にあふれ出したのだろう。自分にしがみついて泣き出してしまったルティリスを、ユイスは優しく強く抱きしめる。

 すぐには泣きやみそうもない少女の様子にロッシェはひとまず部屋に入り、ユイスの向かい側、ルウィーニの隣に腰を掛けた。


「とにかく無事で良かったよ。きみも、彼女も」


 座った途端、小声でルウィーニに声がけられる。

 普段なら彼の一挙一動に反発を覚えるところなのだが、今はそんな気分になれず、ロッシェは黙ってうなずき彼に応えた。

 ルウィーニはロッシェよりも一回り以上年嵩としかさで、白髪混じりな赤金の髪と髭に魔術師然とした身なりの、一見すると人柄の良さそうな人間フェルヴァーだ。

 王宮や学院との繋がりがあり、ルベルに魔法を教え込んだ教師兼後見人でもある彼には、ロッシェ自身も少なからず世話になっている。ただ、性格的に少々苦手な相手ではあるのだが。


 今回彼が事態の収拾のために動いてくれたことは、好悪こうおの感情は別としてきっちり礼を言わなければ、と思う。残された状況証拠だけでは、不本意ながら誘拐犯として訴えられてもおかしくなかったのだから。

 もっとも、ことの中心人物であるリトがこの場にいない以上、釈明が難しい状況に違いはないが。


 ひとしきり号泣し、泣き疲れたのか少し落ち着いたルティリスは、今はユイスの隣で父にぴったり寄り添っている。

 ルウィーニがコーヒーをれめいめいの前に置いてから、場の空気を引き取るように口を開いた。


「さて、改めて紹介するよ。彼が、ロッシェ=メルヴェ=レジオーラ。今回の件については彼の口から直接話してもらおうと思っているのだけど、それでいいかい?」

「ええ、異存はありません」


 穏やかな声で応じ、ユイスは濃い色の双眸をまっすぐロッシェに向けて言った。


「私がルティリスの父、ユイス=リーゼと申します。ティスティル帝国のユヴィラの森にあるウェアフォックスの村にて、村長むらおさを務めております」

「先ほど彼が紹介してくれましたが、私がロッシェです。今回の事では貴方やご家族に大変な心痛とご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」


 その視線をまっすぐ受け止め、ロッシェも応じる。無意識に他人を逆撫さかなでする癖のある自分だ、慇懃無礼いんぎんぶれいになっていなければいいが。

 謝罪と合わせてもう一度頭を下げ、それから言い加える。


「正直、私もどこから話していいのか整理が付いておらず――、恐らく長くなると思います。見苦しい所を見せてしまうかもしれませんが、聞いて頂けますか?」





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