15-3 旅の終わり
「ふ、くは、……っ、あっはは、はは……ッ!」
静まり返った狭い部屋の中で、フリックが文字通り腹を抱えて笑い出す。状況を把握しきってないアルエスはセロアとフリックを交互に見ながら、
「ちょ、ウサギお兄さん! 笑いゴトじゃないよぅっ!?」
「なんだ、どういうことだ説明しろフリック!」
同じく把握について来れていないリンドがフリックの胸倉を掴み、力任せに揺さぶる。笑いと悲鳴が混ざって大変なことになっているウサギを見上げ、ゼオは外見に似合わぬしわを眉間に刻んで、憂鬱そうに溜め息をついた。
「この結末はなァ、マスターも笑うだろな……」
「笑いごとじゃないだろう!? 私たちはルベルを置いてきてしまったんだぞ!」
「姫ちゃん落ち着けぇ! とにかく落ち着けーッ!!」
そろそろ呼吸困難に陥りかけのフリックが息も絶え絶えに訴え、我に返ったリンドになんとか解放してもらうと、ぜいぜい息を整える。
「つまりさ、ルベルちゃんはまったく聞き分けちゃいなかったってコトさっ……あははは、すげえ、ナイスだぜッ!」
乱れた息の下で説明してはまた笑い出すフリックを見ているうちに、リンドとアルエスもようやく事態が把握できてきたらしい。茫然とした目をセロアに向けると、彼は困り顔に似た表情でくすりと笑った。
「本当に敵いませんね。頑固で無謀で、あきらめの悪いところが」
ひと呼吸をおいて、セロアはゆっくりと全員を見回し、言い加える。
「今さらですが、旅渡券はレジオーラ卿も持っています。効力を保ったままの、五年前にライヴァン王宮で発行されたものを、です」
つまり、そういうことなのだ。譲れぬ想いの頑固さならば、似た者同士な父と娘。最後の最後まで、ルベルは駆け引きをあきらめていなかったのだろう。
発動しかけの魔法陣から飛び出すなんて無茶は、転移魔法の不安定さを知る者ならば絶対行わない危険行為だ。知らないゆえの勝利か、知ってて敢行した無謀さゆえの功名か、今は解るはずないが。
とにかくただ単純に、一緒にいたいという望み。それだけのために手段を選ばぬ
考えてみればそれだって、何を今さらと言われても仕方ないくらい、旅の始まりから繰り返し思い知ってきたことで。だから、――もう。
「でもロッシェさんがルベルちゃんを、無理矢理帰すコトだってできるよね?」
アルエスが心配そうに言う。それは確かに当然の危惧ではあったけれど、セロアはなんとなくゼオを見て、きんいろの瞳に自分と同じ結論を見て取った。柔らかい笑みが自然に口元に上り、彼はアルエスを見ながら噛みしめるように答える。
「まぁ、そうなんですが。でも恐らく彼はこれで、吹っ切れたと思いますよ」
絵筆で引き伸ばしたような薄雲が、陽光を希釈し蒼を薄めている。吹き抜ける風にざわざわ揺れる葉の影と、さぁっと飛び去る小鳥が時折り落とす影と。帝都学院の図書室で、セロアは読みかけの本を机に広げたまま、なんとなく外の景色に見入っていた。
コツ、コツと、床を叩く踵の音が耳に届く。入り口を通り抜け近づいてくるのに気づき、セロアは窓から視線を引き戻して音の方に身体を傾けた。
「やぁ。ここにいたのか、セロア君」
定間隔に揺るがぬ足取り、低く穏やかで通りの良い声。白髪混じりな赤金の髪と髭に、魔術師然とした身なりの彼は、ルベルの後見人でゼオがマスターと呼ぶ、ルウィーニ=フェールザンだ。
椅子から立って姿勢を正し、セロアは彼に笑顔を向ける。
「時間を忘れるのに、図書室ほど都合のいい場所はありませんから」
「はは、確かにね」
彼は快活に笑うと、その表情のまま顎をしゃくって言った。
「どうやら漸くその必要がなくなりそうだよ。今から応接室に来れるかい?」
喜色を閉じ込めた双眸が意味するところを察して、セロアの頬も自然と緩む。
「ええ、勿論ですとも」
ルベルの行動に不意を衝かれ、先立ってライヴァンに戻る破目に陥ったあの日。セロアたちはしばらく魔法陣の前で待っていたが、『
ゼオに報せを受けて駆けつけたルウィーニに状況を説明し、二人が即日に戻る可能性は低いだろうという結論になったのだ。
ただ待っていても疲れるだけだし、王宮中枢部にいつまでも居座るわけにはいかない。どうせここに戻る以外ないのだから、戻れば報せてあげるよとルウィーニに言われ、それならと皆でライヴァンに滞在し二人を待つことに決めた。
事情を聞いた国王に城の滞在許可を出そうかと言われたが、落ち着かないからとフリックとアルエスが辞退。ここまで来たなら全員一緒に待とうとリンドが提案し、セロアとルウィーニの口利きで、今は帝都学院の学生寮を借りている。
ついでに体験入学してもいいと言われたので、リンドは嬉々としてアルエスとフリックを連れ講義を聴きに行き、一応全過程修了済のセロアは、図書室や資料室で読書に耽ることにした。
そんなこんなで昨日は丸一日を過ごし、今日の太陽が天頂近くに差し掛かろうとする頃。王宮付きの馬車が、帝都学院に入って来たのだった。
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