13-5 一方ふたりは


 早く会いたいような、今はまだ会いたくないような。氷月と一緒に観光まがいの露店巡りをしつつも、こんな状態でばったり遭遇しちゃったらどうなるんだろうと思えば、怖いのが本音だ。

 氷月――いやロッシェが、ルベルを大切に想っていることは確実だ。だけれど同時にアルエスは、彼が帰らない理由がなんとなく解ってしまった。


 暗殺者アサシンとしての彼にどれだけの知名度があるのかは、知らないが。ルベルはその事実を恐らく知らないだろうし、ロッシェは知られたくないと思っている。秘めておきたい理由なんて簡単だ、……自分だって、ひとごろしを生業なりわいにする者が父親だと知ったら、少なからずショックを受けるだろうから。

 加えて、ロッシェが漏らした『罪人』という過去。世界が終わるとかよく解らないけど、きっと彼は五年前に何か大きなことをしでかして、国家レベルの騒動を引き起こしたのだろう。自分はその頃、別大陸にいたから実感はないが――……、


「アルエス、そんな場所にぼーっと突っ立ってたら営業妨害だよ?」

「はぅ!? きゃぁすみませんッ」


 考えすぎゆえの前方不注意だ。くすくす笑ってる彼が元凶なのに、感づかれちゃマズイというのも難儀なものだ。アルエスは鬱々した気分で溜め息をつく。

 こんなことをしているうちに、気づけば太陽は天頂近くまで移動していた。


「何を考えてたんだい?」

「……ん、イロイロですよぅ。これからどうしよう、とか」


 考えても仕方ないことくらい、解ってはいるけれど。

 一晩しっかり休んで魔力も体力も回復したから、会うつもりなら【風便りウィンドメール】の魔法で待ち合わせ場所と時間を指定すれば簡単だ。

 でも、それだと再会前にロッシェと別れることになりそうで、言い出せずにいる。


 このまま運を天に任せていていいものか。今のうちに何かできることがあるんじゃないだろうか。それを朝からずっと考えているものの、いまだに良さそうな案は浮かばなかった。


「会えないものは仕方ないさ。君は連れについて全然教えてくれないから、僕だって捜しようないしねぇ。もしかして、あまり合流したくないのかい?」

「いえッ、そういうワケじゃないですケド!」


 いきなり核心を突かれて思いっきり否定したら、怪しいなぁと言って彼は笑った。


「どっちでもいいよ。さて、少々雲行きが危ういから今日は引き上げよう。流石に昨日から目立ち過ぎた気がするしね」


 さりげなく視線を周囲に流しつつ、ロッシェはいつの間に買ったのか野菜サンドをアルエスに手渡した。どことなく不穏な雰囲気に、アルエスは悩むのをやめて黙って頷く。


「食堂でなくてごめんね。この街の食材は……ろくな物じゃないから、僕は嫌いなんだ」


 多くない言葉の中に、今朝の魔族ジェマとのやり取りが過ぎる。長い腕が肩に回され、その所作になんとなく情況を把握した。

 彼に寄り添うよう距離を詰めながら、アルエスは貰ったパンにぱくりと噛みついた。


「食べたら戻るよ」


 低く囁かれ、無言で頷く。口に押し込むように早食いしてたら、お茶を差し出された。……本当に、気が利くひとだと改めて思わされる。

 街往く人は二人に無関心だった。若いひとも年配のひとも男も女もいたけれど、その大多数は人間フェルヴァー魔族ジェマ獣人族ナーウェア。自分が執拗に付け狙われる理由が、漠然と解った気がした。

 恐らく、自分が往来で掻き裂かれたとしても、この街で助けてくれる者はいないだろう。


「ごちそうさまでした。ありがとです」

「いいえ。じゃ、行こうか」


 肩を抱いた腕を離さず、ロッシェはゆっくりとした足取りで郊外の方向へ歩き出す。アルエスも振り返らず、彼に従った。

 歩きながら、万が一の時に使えそうな魔法語ルーンを頭の中で反芻する。


 纏いつくような視線は街を抜けるまで消えなかった。それでも幸いなことに、魔法や矢が飛んできたり、襲撃されたりすることはなかった。

 自分の安全はともかく、ロッシェが三日月刀シミターを抜く姿を見なくて済んだことに、安堵する。


 だって、きっと、……今。

 彼が誰かを殺してしまったら、ルベルの願いが叶わなくなると、思うのだ。




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