5-3 意味を解いて


 長い柱廊を歩きながら、すれ違う人々と挨拶を交わす。ティスティル王城は全体的になごやかで、王宮独特の息苦しさを感じない。それが女王の人柄と仕える者たちの間に満ちる信頼感から来ていると、セロアはよく知っている。

 しばらく歩いて、彼の耳が軽い足音をとらえた。歩幅の狭い子どもの歩き。近づいてくる。自然、笑みが口もとに刻まれる。


「――セロアさん!」


 名を呼ぶ、声。賢者は立ち止まり、自分を見つけて駆けてくる少女を待った。


「ルベルちゃん、迎えに来ましたよ」


 駆け寄って来た少女の頭に手のひらを乗せ、にこりと笑む。ルベルは大きな瞳でセロアを見上げ、尋ねた。


「セロアさん、女王さまはなんて言ってたですか?」

「一週間、滞在していいですって、許可証を貸していただけましたよ」


 しゃら、と取り出したのはクリスタルのペンダント。ルベルが無言で目を丸くするのを見つつ、彼は少女の首にそれを掛けてやる。


「お答えは、一週間後にくださるそうです」

「そう、女王さま言ったんですか?」


 セロアは黙って笑み、さとい彼女の頭を撫でた。

 黒曜は、期限を切っていない。だから『一週間』はセロア自身が決めた期日だ。それまでに彼は、可否を見極めるつもりでいた。


「セロアさん、ルベル、シェルシャさんって方から伝言あずかりました」


 神妙な顔で少女が言う。耳覚えのある名に一瞬考え、思い出す。さっきゼオとリンドたちが話していた、翼族ザナリール


「そうなんですか。どんなことですか?」


 聞き返したら、小さなスケッチブックを差し出された。ウエストポーチに入りそうなサイズのそれに、木炭で人の顔が描いてある。


「カミルさん、サイヴァさん、シェルシャさん……」


 絵を指で示しながら、ルベルは説明する。


「ティスティルには、バイファルへの直通ゲートがありません。サイヴァさんがカミルさんにたのんで、壊しちゃいました。その理由は、ヒトの人生を左右する手段が手軽に使えるものではダメだからです。それをシェルシャさんは隣で見ていて、ルベルたちに教えてくれました。シェルシャさんはセロアさんに、……伝えなさいって」


 じわり。少女の瞳がうるむ。それでも息を飲み込み、言葉を続ける。


「押して開かぬ扉は引いてみなさい。いつだって、道をひらく剣は『なぜ』という問いかけです。追いかけるんじゃなく、回り込みなさい、……って」


 言葉の最後に涙が混じる。セロアは黙って、ルベルの頭の後ろに手を添え、ぎゅうっと抱きしめた。少女の細い指先が、賢者の長い衣の袖をつかむ。


「分かりました。頑張りましたね、ルベルちゃん」


 優しく背中をさすってあげれば、彼の腹に頭を押しつけたまま少女はこくんと頷いた。

 目の前にある存在物の写生ではなく、記憶を絵にする、という画力。それで思い出すのはやはり、館の玄関にあった家族絵だ。こういう所はなるほど親子だな、と思う。

 一人になりたがったのもきっと、記憶が鮮明なうちに見たものを絵にしたかったからなのだろう。


「……セロアさん、ルベルにはこの幻の意味も、シェルシャさんの言葉の意味も、わかんないです。セロアさんはわかったですか?」


 顔は上げないまま少女が尋ねる。声はもう震えていなかったが、泣いた後の顔を見られたくないのかもしれない。


「どうでしょう、解ったような気もしますね」


 意味深な答え。ルベルは顔を上げた。視線がかち合い、セロアが穏やかに笑う。


「ティスティル建国王はカミル氏……白き賢者殿と縁のある方だったんですね。将を射んとせばまず馬を射よ、って格言を思い出しませんか?」

「……ぅ?」


 首を傾げるルベルの頭をセロアはもう一度くしゃりとなでた。


「ひとまず戻りましょうか。皆、心配してるでしょうしね」

「はい」


 ルベルはそれに、素直に頷いた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る