1-2 監獄島


 バイファル島––––別名、監獄島。

 凶悪犯罪者や政治犯の流刑地として有名な場所だ。レジオーラ家の当主が行方不明になっていると言う話は知っていたが、まさかそんな場所にいたとは。


 監獄島への旅渡りょとは、王権を介さなくては不可能だ。

 ルベルの父は、犯罪者として送られたわけではないのだろう。でも犯罪者でないのならなぜ、ライヴァン王宮は迎えを出さないのだろうか。

 ルベル自身や後見人ルウィーニとフェトゥース国王の親しさからしても、不可解だ。その辺りの事情を知らずに、そして後見人であるルウィーニの了承なしに、ルベルを旅に伴うわけにはいかない。


 その日の夜、セロアはルウィーニに手紙を書いた。揺れる船内も、旅慣れた彼にとってそれほど難儀なんぎではない。

 少女は隣でセロアの外套がいとうを毛布がわりにして、幸せそうに熟睡している。

 こんな幼い子に渡航を決意させる事情とはいったいどんなものなのだろう。セロアは思いにふけらずにはいられなかった。





 朝早く船は港に着いた。ラーラスという小さな漁港だ。

 本当は、大きな港のあるシルヴァンまで行ってから他国への旅を再開するつもりだったのだが、ルベルの件がはっきりするまで国境を越えるのはやめておこうと、一旦船を降りることにする。

 もしも本当にルベルの旅に同行するのなら、具体的な道程や手段を話し合わなくてはいけないだろう。


 少女の出で立ちはといえば、学院の制服ジャケットと、丈を短くしたスカートに革製のロングブーツ。通学用のリュックを背負い、腰にはウエストポーチ。

 きっちりした旅装のセロアとは対照的に、まるでピクニックに行くような格好だ。互いの装いがちぐはぐ過ぎて、傍目はためには相当怪しく映るに違いない。


「ルベルちゃん、コートを買いましょうか」


 まだ寒いと感じる季節ではないが、買える機会に買っておくのは大切だと、旅慣れたセロアは知っていた。この先、整備された街道だけでなく山林や岩場を通ることだってあるかもしれない。

 あるいは連れ帰ることになっても、一緒に持ち帰らせれば済む話だ。

 少女は賢者を見あげてにこにこと答える。


「はい! でも、よく分かんないので、セロアさん選んでください。ルベル、お金は持ってきたから大丈夫です」

「そうなんですか。ルベルちゃんしっかりしてますね」


 そんな会話を交わしつつ目についた大きめの洋品店に入ってみれば、店員にいらっしゃいませと声を掛けられた。

 愛想よく笑い返すルベルを可愛いと思ったのだろう、彼女は笑顔をセロアに向ける。


「可愛らしい娘さんですね。親子でご旅行ですか?」


 ルベルの前でなんと答えたものか考えて、答えあぐねていると、ルベルが店員を見あげて大真面目な顔で言った。


「違います、パパじゃないです。ルベルの、運命のひとなんです」


 ――はい? という言葉は口から出ては来ず、店員は固まった笑顔と何か言いたげな目をセロアに向ける。視線が、痛い。


「そうですね。ルベルちゃんがパパのところに行くまでの保護者なんですよね」


 誤魔化すには不適当だが、良いかわしかたが咄嗟とっさには思いつかず、愛想笑いを店員に返しセロアはルベルを奥に引っ張っていった。

 衣料品が乱雑に吊り下げられたこの場所にまでは、店員の視線も届かない。うきうきと服を見ている少女に小声で話しかける。


「ルベルちゃん、ああいう表現は誤解されちゃいますよ」


 少女は大きな瞳で彼を見あげた。


「ルベルがちゃんと分かっているから、他のひとがどう思ってもいいんです」

「そうですか? ルベルちゃんがいいなら、いいんですけどね」


 反応に困ってそう応じると、少女は真摯しんしに尋ね返す。


「セロアさんはイヤですか?」


 少し考え、セロアは優しくルベルの頭をなでた。


「ちょっとびっくりしちゃいましたよ? でも、私もちゃんと分かっているので、嫌ではないです」

「うん、それなら良かったです」


 本当に嬉しそうに、ルベルは笑う。しかしその笑顔に込められている感情をし量ることが、セロアはまだできないのだった。




 ルベルの髪色に合わせ、ベージュの地にオレンジの縁取りがされたコートを買って、店員の視線から逃げるように店を出た。

 時刻は昼近く、小さな町でもそれなりに活気づいて賑わう時間。朝早く郵便屋メーラーに頼んだ手紙は、そろそろルウィーニの元に着いただろうか。


 さほど空腹ではなかったが、昼食を食べて早めに宿を取ることに決める。しっかりしているとはいえ、ルベルはまだ十歳の子供だ。船旅とかなりの徒歩移動で疲れているだろうし、早く休ませてやりたかった。

 宿帳に名前を書く時も胡散臭うさんくさげに見られたが、ルベルが気にしていない風だったのでセロアも余計なことを言わず、渡された鍵番号の部屋に入った。


 旅装を解いて一息つくと、ルベルは早速室内の探索を始めた。しつらえられた小型のかまどに魔法で火をつけ、備え付けの食器からカップを選んでお茶の準備をしている。

 手伝おうかと思ったが、少女が楽しそうなので任せることにした。ベッドに腰を下ろし、バッグの中から革装丁の手帳を取り出して開く。手書きの地図と主要道路、航路や船の停泊地など、どのルートを取れば目的地へ行けるかを記した自作のハンドマップだ。


 バイファル島への定期便というものは、存在しない。

 島に渡るための方法は三つ。


 ひとつめは空翼便くうよくびん。魔法動力の飛行船で空路くうろの門から入るルートだ。

 しかし定期便など出てはいないし、空港は非常に少ない。個人でチャーターするには高価すぎて、現実的ではない。


 ふたつめは、『ゲート』と呼ばれるテレポーターを通って行くルートだ。一番安全で確実だが、王城を経由して行くしかなく、しかもすべての王宮に備わっているわけでもない。

 ルベルがフェトゥース国王ではなく旅人の自分を当てにしているところ、ライヴァン王宮はゲートが備えられていないのか、それとも頼めない理由があるのか。考えたところで答えは出ないので、ルウィーニの返事待ちだ。


 みっつめのルートが、海路を経由する船での渡航。定期船はないが、小型船のチャーターは飛行船よりずっと低価格だし、身分証明があればそれなりに割引も受けられる。

 もしもゲートが利用できないのであれば、この方法で行くしかないだろう。


 だが、辿り着いたから入島できるわけではないのが、バイファルの特異性でもある。

 あの島が監獄島として利用されるようになった経緯は、知られていない。魔族ジェマ離反という歴史的混乱期であったためか、一切の記録が消失しているのだ。

 一千年以上も昔であり、経緯を知る者もすでにいなくなり、それゆえ施された魔法を解く術を知る者もいない。大昔に仕掛けられた術式だけがいまだ効力を失うことなく、絶海の孤島をあらゆる意味で不可侵領域に仕立て上げている。


 言い伝えによれば、バイファルの周囲にはいかなる魔法干渉をも遮断する結界が張られ、島自体も周囲が断崖絶壁で天然の要塞ようさいだという。

 入島できる空港、海港、魔法陣は、みっつともひとつの門に続いており、そこには門番がいて、資格なき者が入ることも出ることも許さないのだとか。


 入島の資格は、現時点で権力を有する王権を持った者だけが発行できる、『旅渡りょと券』という紙切れによって示される。

 これは一種の魔法道具マジックツールで、一度発券されたら行って戻るまで効力を保つ。そして発券は一度に一枚きり––––つまり券の効力が失われるか、破棄されるかまでは、二枚めを発行することができない。

 だから旅渡券を持っていなければ、島まで無事に渡れたとしても入島できないのだ。


「ところでルベルちゃん、旅渡券は国王様に発行してもらったんですか?」


 手帳から顔を上げ尋ねかけたら、ルベルはえへ、と笑った。


「ライヴァンでは今、旅渡券発行の魔法が壊れているんだそうです。だからルベル、ティスティル帝国の女王さまに頼んでみるんです」


 しょぱなからして前途多難なようだ。……いや、今さらか。

 魔法が壊れたというのがどういう状況か想像つかず釈然としないが、顔には出さず、セロアは少女に確認の問いを投げる。


「それじゃ、ルベルちゃんの第一目的は、ティスティル帝国なんですね」


 少女は笑顔で「はいっ」と答えた。




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