黎明の救国英雄譚

スピンオフ続編「少女と賢者の旅物語」

+ Prologue +

0-1 ルベル

「行って来るよ、ルベル」

　最後の言葉はそれだった。

　毎日毎日繰り返されていた、当たり前の挨拶。

「いってらしゃい、パパ」

　返した言葉もごくごく普通の。

　それが、最後だった。

　ざわ、ざわりと強い風に梢（こずえ）が揺れる。少女は開け放した窓の枠に腰掛けて、眼下の通用路を眺めていた。

　吹き込む強風に踊る髪は、赤みの金。二つに分けて高い位置で結んでいる。

　学院の制服を短くしたスカートから伸びる足は、窓の外。学生らしく短いスパッツを履（は）いているので、風にスカートが翻（ひるがえ）るのも気にならない。

　眼下には、今しがた到着した客の姿が見えた。旅装のマントを強い風に煽（あお）られながら、玄関で談笑している背の高い男の人。会ったことは数回だがしっかり覚えている。

　セロア＝フォンルージュという名前の彼は、ルベルの後見人である魔術教師ルウィーニの同僚フォンルージュ教授の、一人息子だとか。

　しばらくの後、ルウィーニに促された彼が戸口から入るのを見届けて。

　少女は身軽に窓から降り、開け放していた窓を閉めた。

「セロアさん、おひさしぶりです！」

　階段の途中に立ち、明るい声で元気よく挨拶する。彼が足を止めこちらを見たので、ルベルは笑顔を向け手を振ってみせた。

「やあ、ルベルちゃん、久し振りですね」

　のほんと手を振り返す彼の隣では、少女の魔術教師が微笑んでいる。

「セロア君は、学院に顔を出してから明日また発つそうなんだ。俺も一緒に行ってくるから、午後の授業は今日と明日、休みでもいいかい？」

「大丈夫です、先生。それじゃルベル、今日は図書館へ行きます」

「ああ、気をつけて行ってらっしゃい」

　　素直に応じて身軽く階段を駆け降りる。軽い足取りで二人の横を通り抜け、玄関扉を出る前に、ルベルは笑顔で振り返った。

「はい！　いってきます」

「たまにはワガママ聞いてあげてもいいなって思うのに、聡（さと）い子だから言ってくれないんだよ」

　記憶の中で優しく笑む、細い両眼。忙しいばかりで、大切にしてあげられなくて、ごめんね。そう言いながら微笑む瞳は泣きそうで。

　だってパパ。

　いい子にしてなきゃ、パパはルベルから離れてどこかへいっちゃうんでしょ？

　予感に根拠はなかったけど、ホンモノだと解ってた。

　だからルベルは、泣かない。