7.陰謀に潜む真相

[7-1]揺らぐ心に浮かぶ願い


 城への侵入及び国王暗殺未遂という罪過を考えれば、問答無用で投獄あるいは尋問されてもおかしくないが、死に損ねた暗殺者アサシン少年は今、医務室のベッドに寝かされている。

 見張りも兼ねて側についているのは、エリオーネとルインだ。


 罪状だけ見れば大それた反逆者なのだが、実情は自死も失敗するほどの未熟者。エリオーネが見張っていれば、逃亡することも死に切ることもできないだろうということで、医務室に城の関係者はいない。

 ディナーパーティーはめちゃめちゃにされてしまったし、兵や騎士の中には軽い怪我を負った者もいたが、死者や重傷者はいなかった。怪我の重さだけ考えれば、たぶんこの暗殺者アサシンが一番の重傷だ。

 だから、良かったとルインは思っているのだが――エリオーネの表情は浮かない。

 何か物思いにふけっている様子の彼女を何となく観察していると、不意に彼女が顔を上げてルインを見た。目が合って、見つめていたことがバレてしまい、何か言われるかと思ったが、そんなことはなかった。


「ルイン、……何か、飲むもの持ってきてくれない?」

「え」


 なぜ、聞き返してしまったんだろう。

 もしかして、と浮かんだ疑念を振り払うことができず、ルインは数秒固まったままエリオーネを見返す。彼女はわずかに眉を寄せ、それから深くため息をついた。


「逃したりしないわよ」

「そんなこと言ってないよ……!」


 言ってはいない、が、思わなかったと言えば嘘だ。

 瀕死を脱したばかりの相手にそういう疑いを向けているとか、自分が浅ましく思えて、ルインは急いで部屋を出ようとする。が、足が震えてうまく歩けない。


「いいのよ、ルイン。……ま、あんなに取り乱しちゃそう思われても仕方ないわ」


 エリオーネが呟いて、立ち上がる。その声が諦念に満ちているように思えて、ルインは自分の情けなさに泣きたくなった。

 理由はわからないが、エリオーネが沈んでいるのは間違いない。この暗殺者アサシンと知り合いだったわけではなく、そもそも彼を捕らえたのがエリオーネなのだから、共闘関係というわけでもないだろう。

 だから、ルインには彼女が気落ちしている理由がわからなかった。


 それでも。

 仲間なのだから、命の恩人なのだから。

 何か慰めになることを言いたい、という気持ちはあるのだ。それなのに結果はこの有り様で、つくづく自分には色々なものが足りていないのだと痛感してしまう。


 これでは、王位を継いだとしても民を導けるわけがない。

 威厳がないと、言われるのも当たり前だ。必要とされなくて当然だ。

 自分のことで必死すぎて、周りを思いやる余裕もない王子に――いったいどれほどの価値があるというのだろう。


 一度沈み込んだら、あとは思考の泥沼だった。まるで底なし沼のように、まとわりつき侵食してくる劣等感。

 涙が出てきた。

 泣いてばかりはいつものことだが、いつにも増して胸が痛くて苦しい。


 洗い場から温かい飲み物を持ってきたらしいエリオーネは、立ったまま泣きじゃくっていたルインを見て足を止めた。困ったように眉を下げ、手元のカップをテーブルに置いて、ルインの側へと歩き寄る。


「何も、泣くことないでしょ」

「だっ……て、……っボク、エリオーネさん……をっ、お、怒らせて……ばっかり、で……」

「怒ってないわよ」


 時折り苛烈な色を見せる彼女の瞳が、今は穏やかな光を湛えている。その瞳に、自分だけを映していて欲しい……と思った。

 同じ暗殺者おなかまだからという理由で、名前も知らない見ず知らずの少年が彼女の心を捕らえている現実が、悔しかった。

 けれどそれを言葉にできるはずもない。


「ボク……、強くなるって、決めたのに……っ」


 旅に出れば、変われると思っていた。

 現実はそんなものじゃなく、わからないことはわからないままだし、できないことはできないままだ。

 が、そんな悲観に沈む心に、エリオーネの意外な一言が突き刺さった。


「あんたは今のままでいいわよ。変にさかしくなったり疑い深くなったりなんて、ガラじゃないわ。そういうのはね、シャーリィみたいに得意な奴に任せておけばいいのよ」

「そんな……。でも、ボク、強くならないと……父上に約束したからっ」


 強くならないと、帰れない。

 父に認めてもらい、義母の陰謀を打ち砕く。言葉にすれば簡単シンプルだが、それがどれだけ途方もないことなのか、その実感を得たのは旅に出てからだった。

 不安に揺れる自分の心など、きっと彼女の瞳は見抜いていたのだろう。


「強いって……どういうことか解ってるの?」


 諭す姉のような口調でエリオーネは問いかけ、ルインは返答を失って言葉を飲み込む。

 迷いなく返せる答えはまだ、ルインの中で形を得てはいないのだ。それを見てとったのだろう、エリオーネはルインの返事を待たずに言葉を続ける。


「あんただけじゃない。難しくて、誰もが答えを持ってるわけじゃないのよ。あたしだって、よくわからないわ。でもねぇルイン。泣かないから強いとか、優しいから弱いとか、そんな単純なものじゃないでしょ。強くなろうとするあまりに今の良さを殺したら、本末転倒じゃない」

「……うん」


 何か、ものすごく良い言葉で励まされた気がする。ぼうっとした意識でエリオーネの言葉を聞きながら、ルインは自分の中で反芻はんすうした。

 今の自分にも、良さ……良い所があるってことだろうか。


「それはそれとして、あんたがこういうを知っておくのも、悪いことじゃないと思うわ。世の中には、一度失敗したら死ぬしかない――そういう生き方を強いられる奴もいるのよ。命を狙われる立場のあんたにしてみれば、迷惑でしょうけど、そういう生き方しか許されなかった者もいるってことなの」


 ガラリと話題を変えたエリオーネについて行ききれず、ルインは目を瞬かせてベッドで眠る暗殺者アサシンを見る。

 彼女は彼のことを話しているのだろうけれど、まるでエリオーネ自身のことを話しているように思えてならなかった。そう問えば、怒られるかはぐらかされるかするのもわかり切っていたが。


「国王になれば、そういう人をなくす力が持てるのかな」

「どうかしらね。こういうのは、国家の思惑とは別に動いているものだから。……でも、そういう理想を持つのは悪くないと、あたしは思うわよ」

「うん、そうだよね」


 願いの先にを見れば、目指すべきものに形を与えられるだろうか。よくわからないを夢想するより、叶えたい理想を思い描く方が意味のあることかもしれない。

 そう思って、頑張ろう、と心に誓う。そんな心を読まれたのだろうか、エリオーネはくすくすと笑っている。

 自分の気持ちだけでなく、彼女の表情も晴れたことに嬉しくなって、ルインは元気が出てきた。途端に自分も喉が渇いていたことを自覚する。何か飲み物を取りに行こうと部屋の中へ視線をさまよわせた時、ベッドに横たわる少年の瞼が動くのに気づいた。

 虚ろな瞳と視線がかち合い、ルインの心臓がどきりと跳ねる。


「あっ! エリオーネ、さん!」


 思わずあげた声にエリオーネが反応し、振り返った。暗殺者アサシン少年は怯えたような表情で身を起こそうとしたが、失血のためうまく動けなかったようだ。


「馬鹿なこと考えてんじゃないわよ」


 ドスの利いた声でエリオーネは言うと、素早く暗殺者アサシンの側まで行き、その眼前にぐいと詰め寄った。


「関係各所に頭下げて医務室借りて、貴重な魔法力MP使って彼がアンタを治してくれたんだからね? また死のうなんて考えないことよ、……イイ?」


 そんなに大袈裟な話ではなかったが、ルインに口を挟む権利はなさそうだ。逃げ場もなく追い詰められた状態の暗殺者アサシン少年は、コクコクと小刻みに頷いている。

 彼の反応を確かめてから、エリオーネは小悪魔の表情でにっこり笑った。


「宜しい」

「エリオーネさん、どうするの……?」


 意識が回復したら王宮関係者に知らせるのが、この場合の正しい判断だろう。行ってきてと言われれば動くつもりのルインだったが、エリオーネは腕組みしたまま少し何かを考えていたようだった。

 ややあって顔を上げた彼女の目には、いつものキラキラした輝きが戻っていた。


「いいこと考えたわ。コイツに陰謀の首謀者アタマが誰かを白状させて、ソレにあんたの魔法力MP分も上乗せして、報酬を請求しましょ?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る