それぞれの幸せ
宮岡千鶴という女は、いつも何かに熱中していた。
燃えるような瞳は、見る人を絶えずときめかせ、心に火を灯すことができる……そういう気質の女だった。
千鶴とは小学校からの幼馴染だが、私以外の人とコミュニティを築こうとしなかった。
いつも誰かと談笑したり、体育ではクラスの花形として目立っていたけど、とりたてて深い付き合いをする子ではなかった。
中学・高校と進学しても、千鶴は変わらなかった。
色々な部活に手をだしては、一通り満足したら辞めてしまう。ここまでに修めてきた習い事の数は私にも分からないし、飽きっぽく、どんな事でもつまみ食いする千鶴のことを、私は憧れつつも遠い存在として認知していた。
事件が起きたのは、大学3年の頃だった。
「どうして千鶴は……いつもそうなのよっ!!」
「アンタにあたしの何が分かるっての!?」
奇跡的に同じ大学に通い、交流が続いていた私たちを引き裂いたのは、男の問題だった。
端的に説明すると……千鶴が私の彼氏をつまみ食いしたのだった。
「そうやって自分のことばかりだから、千鶴には友達がいないのよ!」
男にまつわる喧嘩は、私が放った言葉で終焉を迎えた。
千鶴と絶好した私は、千鶴のことなど無かったかのように振る舞った。そして大学を卒業して、兼ねてより興味のあった外車ディーラーの見習いとして社会に漕ぎ出し……それから千鶴とコンタクトは取っていない。
私は職場恋愛を経て結婚し、3人の子宝に恵まれた。
育児しながらのディーラー仕事はとても大変だったけど、いつもまっすぐ私を見つめてくれる夫と、目に入れても痛くない我が子との暮らしは……本当にかけがえのない、私の宝物だ。
ある日のこと。
どこか浮ついた雰囲気の中年女性が、男を侍らせて来店した。
新車の外車を求める客層はおのずと絞られるので、そういう女性が来店するのは珍しいことではない。
その女が、かつての私の友人である千鶴である点をのぞけば。
今やTVやネットで名前を見ない日はない。
私と絶交してから、宮岡千鶴という女はタレントとなり、瞬く間にブレイクして、今では皺ひとつ付けられない人気女優の一角だ。
(ねえ千鶴。今もまだ、昔のように色んなものを適当に愛でて、飽きては捨てる暮らしをしているの?今の貴女にその暮らしは合ってるの?いくら着飾っていても、私には全部お見通しなんだからね?)
我が社で最高級とされているスポーツカーをカードで購入した有名女優は、これ見よがしに男に甘えている。
私の事なんか、もう覚えてもいないんだろうな。
仮に覚えられてても、住む世界の異なる私たちに話すことなど無い。
私は私の幸せを大切にする。
だから貴女は、貴女の幸せを大切にして。
泣いても、笑っても。 黒岩トリコ @Rico2655
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