あなたの笑顔

「明日、世界が終わるとしたら何したい?」

海辺のコンビニでアイスを食べながら、なにげなくしていた友人との会話だ。


「何するかなー、最後って分かってたら店とか開いてないだろうし」

「そりゃそうなんだけどね」


アリカは、とてもよくモテていた。

背は高く、目鼻立ちはハッキリしてて化粧いらずだし、胸もあってサバサバした性格で、こういう人が芸能人やモデルとかになるんだろうなぁと思わされるような人だった。


「あたしは多分、最後もこうやってバイクでツーリングしてる気がする。アンタが一緒かどうか分かんないけど、バイクで走ってる時が一番楽しいし」

「ひどくね?そこは一緒にいさせてよ」

「ごめんごめん」



アリカはいつも太陽のように笑って、周りから心配されるくらい派手に生きていた。

高校にも行かず仕事もせず、月単位で彼氏は変わってたし(本人曰く、ただの友達で彼氏なんかじゃないとの事)、なんというか、その子が纏うオーラは他の人とは全然違ったのを覚えてる。


今はこうして友達やれてるけど、そう遠くない将来、自分とは違う世界に行ってしまうだろうという確信は……どこかにあったのかもしれない。


だけど…………

それなら私は…………



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



「こめんね母さん」

「サナが決めた事なら、母さんは反対しないよ」



17歳の誕生日、私は高校退学を決意した。


元から引っ込み思案でうまく感情を出せなかった自分は、小学生の頃からよくクラスメートにからかわれ、殴られたり服を脱がされる中学時代を過ごしたのを覚えてる。


高校に入っても続いたので、母さんに『面倒だから学校行かない』と告げたら『じゃあウチの店を手伝ってくれない?』と言われ、次の日から不登校しながらバイトをする日々が始まったのだった。



母はコンビニのオーナーを生業としている。

シングルマザーで効率よく稼ぐにはコレが最適なのだと、酔っぱらうたびに話している。


そこはバイクで走ると気持ちいい国道沿いにあって、天気がいいとツーリング客がよく訪れる。


あたしの事をいじめた連中も一度だけ来たけど、そいつらが立ち読みを始めたスキに商品をこっそりブレザーのポケットに入れて、そのまま警察に通報したら二度と来なくなった。

その後のことは知らないし、もうコンビニで会うことも無いだろう。



そんなコンビニバイトで青春とかいうものを浪費していた時に出会ったのが、後に親友となるアリカだった。


「すんません、この辺にご飯食べるとかありますか?」


彼女はバイト中の私にそう尋ねてきた。


「えっ…えーとご飯は……この辺にはこのコンビニくらいしかありませんが……」

「あーありがとございますー、そっか困ったなあ」

「どうかされたんですか?」


その時どうして、聞く必要のない質問をしていたのだろう。

その理由は今でも分からない。

ただ、名も知らぬ女の子……それも私と年が近そうで、それ以外は真反対の華やかな雰囲気に、どこか惹かれていたのかもしれない。


「いや大した理由じゃないんだけど、コンビニ飯ばっかじゃ飽きちゃうからさ」


それをコンビニ店員に言うか。




ーーーーーーーーーーーーーーーーー




ともあれ、それから何度か天気の良い日に訪れてくれるようになり、そのたびに私は何やかんやでアリカと話し込むようになった。


彼女の話にはとても多くの人物が現れ、人付き合いが苦手な私にとっては別次元のような話がポンポン飛び交って、アリカといるだけで目が回るようだった。



アリカは特に理由もなく、いつもヘラヘラ笑っていた。

何故そんなに笑っていられるのか?と聞いたことがある。

それは本人にも分からず、ただ物心ついた時から自然とそうしていたからだという。



「だってさ、こうしてバイク乗って休みながら友達と喋ってたら、楽しいじゃん」


アリカは、私を友達と言ってくれた。

ただのコンビニバイトが接客しただけなのに、もう何度も会って顔見知りだからソレでいいんだと、アリカは言ってくれた。



アリカに憧れて、バイクの免許を取得した。

アリカのように自由に生きたい。

いつでも笑っていられるよう、アリカが楽しいと感じることを私もやってみたい。




いつからか、アリカが来店しなくなった。

寒くなったから仕方ない、ツーリングは冬には不向きだもんなと納得していたが、春になってもアリカが訪れる事は無かった。



アリカはどうしているのかな。

いつまで待てばいいのかな。

もしかして、どこかで事故にでも遭ったのかな?

ケガしてなきゃいいけど。



私はアリカの連絡先を知らない。

ここに来れば会えるからとアリカは考えてたのかもしれないけど、それじゃ私の気持ちはどうすればいいの?



アリカの笑顔が忘れられない。

太陽のような、何でもない時でもヘラヘラと……私には逆立ちしてもマネできない気軽な笑顔。


いや、私も頑張ればマネできるかな。

頑張らないと出来ないのかな。

頑張らなくても出来るようになりたいな。



アリカのように、自由に生きたい。

私が知ってるアリカは、アリカ自身のほんの一部に過ぎないだろう。

それでも私の心を突き動かすのには十分だった。


私も旅をしよう。

ここではない場所をバイクで駆けて、縛りもプランもない自由気ままな旅がしたくなったのが、17歳の誕生日の前の日だった。




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「……それじゃあ、行ってらっしゃい」

「行ってきます」

母さんの見送りを背に、夏の日、私は当てのないバイク旅に出発した。

コンビニバイトで貯めた金が尽きるまで、その時の気分のままにふらつく旅だ。


もしかすると、何処かでアリカとバッタリ出会えるかもしれない。

出会えないかもしれない。

アリカには会いたいけど、今はそうじゃない。

私の旅をしたいんだ。



少し早めの夜明け、中古バイクの少しうるさいエンジン音と共に、私は小さく漕ぎ出した。

いつの日か、本当の意味でアリカと対等な友達になれるように。

私だけの笑顔を見つけるために。

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