泣いても、笑っても。
黒岩トリコ
偶像リメンバー
都内の汚い雑居ビル、地下1階。
決して大きいとはいえないライブハウスが、私たちの本拠地だ。
『みんなー!今日は来てくれてありがとー!』
「「ウオオォォーーッ!!」」
巨大なスピーカーから吐き出されるノイズ混じりの爆音に負けないよう精一杯の声を張り、わざわざ来てくれたファンに思いを届ける。
平日の昼間というふざけた時間帯なのに、いつも来てくれるファンの熱意には頭が上がらない。
『それじゃ早速だけど新曲いくよー!【ハイ☆サイ☆ソイソース】!!』
「「ウオオォォーーッ!!」」
先週発売したばかりの新曲【ハイ☆サイ☆ソイソース】を、難しい振りやポジショニングと共に歌いあげる。
激しく動きながら歌うのは至難の技だが、私たちには長年のライブ経験が培った肺活量と力の抜き方が備わっている。
地方ながら老舗ブランドのタイアップをつけられた、私たちにとって30枚目のシングル曲。
これまで29枚のシングルと6枚のアルバムでは叶わなかった、ブレイクのきっかけを掴むため、私は全力で歌いあげる。
来月、私は28歳になる。
人生の半分をアイドル活動に捧げてきた私に、あまり時間は残されていなかった。
歌って踊っていつでも会えるアイドルユニット【あるる☆かん】結成15年記念と称して、全国チェーンの居酒屋で飲み会が開かれた。
事務所の社長とマネージャー、それに私を含めた【あるる☆かん】のメンバー3人、何故かついて来たマネージャーの旦那の計6人で、ささやかな……本当にささやかな宴が開かれていた。
「えー……タイアップで知名度は上がったはずなので、今年こそ飛躍の年とできるよう、私も含めて皆で一丸となり頑張りましょう!ではカンパイ!」
社長の挨拶を機に、グラスを合わせカンパイ。【あるる☆かん】はアイドルグループだが、メンバー全員成人済みだ。
レンジで温めたと思われる唐揚げを口にしながら、他愛もない話で笑いあう。
本当に、飛躍の年になって欲しい。
アイドルとしてやっていける期間は、もう僅かしかないのだから。
厳然たる事実として、日本のアイドル市場には年齢の壁が存在する。
あまりにも年を重ねたアイドルは、界隈のスラングではBBAなんて呼ばれたりもするし、そうでなくとも扱いが難しくなるため、自然と消えていくのだ。
ましてや私たちは、未成年の頃からメンバーの入れ替えもなく活動してきた。アイドル市場でなくとも、BBAの烙印を押されかねない状況だ。
「それじゃお疲れ様でしたー!明日は朝からタイアップの仕事が入ってるので、くれぐれも遅れないように頼みますね!」
社長の挨拶で、【あるる☆かん】結成15周年記念飲み会は幕を下ろす。
すぐ近くにあるワンルームマンションに帰ろうとした私を、メンバーの千賀子が引き留めた。
「大事な話があるの、ちょっとだけ付き合ってくれない?」
「結論から言うと、アイドル辞めたいんだ」
千賀子の口から語られる悩みは、私の想定の範囲内のそれであった。
「バイト先でさ、あたしに良くしてる人がいてさ……その人はあたしがアイドルやってる事とか知らなくて、あたしも別に知らさなくて良いと思ってたんだけど……」
「その人のこと、好きになっちゃったんだ」
「うん……でもさ、あたしら長いことアイドルやってるから、高校の話とかほとんど出来ないじゃん?何にもしてないって思われるのも嫌だから、つい嘘ついちゃって、でも話してる内にどんどん嘘ばかりつくようになって、あたし、どうしたらいいか……」
コンビニの前で赤裸々に語り出し、ボロボロ泣き出した千賀子を、もう一人のメンバーである雅子が優しく慰める。
「その人のことが好きなんだよね?だったら仕方ないよ……千賀子は何も間違ってない、だから泣かないで」
「でも、そしたら皆んなが困るじゃん……あたし達アイドルなのに、頑張ってきたのに」
「それとこれとは、話が別じゃないかな?」
たまらず私も声をかけた。千賀子と雅子は、きょとんとした目つきで私を見る。
「だって私たちが頑張ったことと千賀子が好きになった人の事って、何の関係もないじゃん。アイドルだから誰も好きになっちゃいけないなんて、私は思わない」
「でも、そしたら【あるる☆かん】はどうなるの……?」
「辞めればいいと思うよ。千賀子が我慢してまで、やらなくていい」
幼い頃からアイドルになりたいと考えていた私は、中学に入り、両親の許可がおりたと同時に地方のタレント養成所に入所した。
そこで千賀子と雅子に出会い【あるる☆かん】が結成された。中学卒業と同時に3人は東京へ引っ越し、都内の高校に通いながらライブや営業などをこなしていった。
どうにか高校を卒業すると、私たちのアイドル活動は本格化していった。
ギリギリまで生活費を切り詰め、アイドル活動のスキマを縫うようにバイトをして、日々をライブとドサ回りに費やしていった。
チャンス自体は、何度もあったような気がする。
ローカルアイドルとして地方に拠点を戻していた時期もあった。テレビ番組で取り上げられたり、バラエティ番組でレギュラーを持っていた時期もあった。
その一方で、私たちは何度も事務所を移籍している。
中学の頃に通っていた養成所には近寄ることも出来なくなったし、高校時代や20代前半の頃に作ってもらった楽曲や映像などは、今はもう許可を得ないと使えないし許可が下りることもなくなった。
何度も挫折と再スタートを繰り返してきた私たちは、変わらない現状に疲れ果てていたのかもしれない。
翌日、地方のドサ回りを終えてビジネスホテルに帰った私たちは、コンビニで買ってきた酒やつまみで一杯やりながらテレビを観ていた。
テレビには、アイドルからアーティストとして転身してブレイクした、売れっ子グループ【パシュート】の活躍が映っていた。
彼女らは自分たちと年齢が近い。
もうすぐ30になる彼女らは、アイドル性を保ちつつ質の高いテクノミュージックに身を踊らせるパフォーマンスで、日本はおろか世界中で支持される存在となっている。
「あーほんとパシュート可愛いよね」
「うん……可愛いなあ」
皆それぞれ、本心とも愚痴ともいえない言葉を漏らす。
彼女らのパフォーマンスを肴に、私は3本目の缶ビールを飲み始めた。
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