第30話

 夕方になって清架が何か簡単な夕食を作るといい出したのだが、それにはあまりにも足らないものが多過ぎた。雑貨スーパーで清架用の食器などは買い揃えたものの、肝心の白米はないし、調味料類は買ってない。冷蔵庫を開けて見ても、350ミリの発泡酒とコーラが入っているだけだった。

 張り切っていた清架だったが、あまりの惨状を見せつけられ、肩をすぼめて大きく息を吐くと、「だめだこりゃ」と呆れかえった。

 結局夕飯はいつもの定食屋ですますことになり、昼間買い物で出費が多かったことで、鍋焼うどんときしめんという質素な晩餐となった。

――

 夕食もすみ、二階で24型の液晶テレビをふたりで観ていたとき、ふいに清架が口を開いた。

「ねえ、きょうの依頼の仕事なんだけど、私も一緒に体験したい。だめかなあ」

「だめだよ。だめに決まってるだろ」

 良壱は烈しく横に首を振りながら全否定する。

「なんで?」

「何でって、これまでそんなことしたことないから、もし失敗して依頼者に迷惑かけるようなことがあったらどうすんだよ。俺がやってることは遊びじゃなくて、ちゃんと料金をもらってやってるビジネスなんだからな。それにもし何かの拍子でこっちに帰ってこれなくなったらどうすんだよ。もうそんなこというんだったら金沢に帰れよ」

 良壱は語気を強め、これまで清架に見せたことのない険しい顔になっていった。

「私は少しでも良壱のアシストができればいいな、と思って……ごめん」

 清架は素直に謝った。本当のところついさっきまで清架は良壱の仕事を誰にでもできるものと誤解していた。しかし、良壱の怒りのこもった真剣な顔に考えをあらためるのだった。

「俺のほうこそ大きな声を出したりして、ごめん。上手くいえないんだけど、清架が邪魔だとかそういうんじゃなくて、これまでいくつも依頼され、そのたびに様々な人間の絆というものを垣間見てきて、自分にしかできない仕事をもっと大事にしなきゃいけないと思うようになった。だから一緒にやるとしても、それにはもう少し時間が欲しい」

 良壱はきちんと清架の顔を見ていう。

「わかったわ。そうよね、昨日来たばかりで何も知らないのに、あたかもずっと一緒にやってきたように錯覚した私がバカだったわ」

「わかってくれたらいいよ。もうそろそろ向こうに行く準備にかかるから、それまでに風呂に入って、暖かくして寝ろよ。明日また詳しく話すからさ」

 良壱は膝を立てながら壁に凭れ、液晶テレビに映る乗用車のコマーシャルを凝視した。

「うん」

 軽く返事をした清架は良壱の前を横切り、軽やかな音と共に階下へ風呂を沸かしに降りて行った。

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