第29話
「ずっと立ってたんだよな、ごめんな、イスがなくて」
「そんなことより、いまの依頼なんだけど、いつ取りかかるの?」
いまの清架は良壱の仕事に関して何でも興味を持っている。
「依頼の仕事をするのは、いつも深夜でみんなが寝静まった頃がいちばん集中できるんだ。だからこんな午前中とか昼からとか、お日さんのあるうちは絶対にしない」
「そういうもんなんだ」
「そういうもんだ。それより、昼飯を食いに行きながら生活に必要なものを買いに行こう。そうじゃないと、俺ずっと寝袋で寝るのやだから」
ひと組の寝具しかないのに清架が転がり込んだことで、良壱はやむを得ず何年かまえにキャンプに行くといって買った寝袋で寝たのだ。
「そうね。布団もそうだけど、私用のイスが欲しいわ。だってお客さんのとき私の居場所がないも。それに、小さくていいから机も必要かも」
清架は人差し指を顎に当てて、何か思い出すような仕草で天井を見ながらいった。
「おい、おい。清架の話を聞いてると、ずっとここにいるみたいなんだよな。それだけは勘弁して欲しいよ」
「いいから、いいから。時期が来たらちゃんと引き上げるからいらない心配しなくていいの。で、もうそろそろ十一時半だけど、何時に出かけるの? それによって私支度しなきゃならないから」
「じゃあ、急いで用意して。すぐに出かけるから」
そういった良壱は、清架が二階に行く後ろ姿を見てから駐車場に軽トラックを取りに向かった。
雑貨量販店までは車で二十分ほどだった。平日ということもあって駐車場は停め放題だったので、入り口にいちばん近い場所に停める。
「ねえ、なんか私たちって新婚さんに見えないかしら」
清架は商品の棚の間を歩きながら良壱の顔を見ていう。
「まさか。絶対にそれはないね」
良壱は根拠のない否定を商品棚に向かっていう。
メモを見ながら三十分ほど店内を歩き回り必要なものを買い揃えた清架は、良壱に買い足したいものがあることを伝えた。
「あのさあ、事務所の床が冷えてしょうがないの。だから足もと用の電気ストーブが欲しい。それと相談なんだけど、あのコンクリートの床なんとかしない?」
「例えば?」
良壱は、冬場確かに足が針で刺すように痛くなることはあったが、エアコンが効かないからしょうがないくらいしか考えてなかった。女性である清架は寒さや冷えに関しては敏感になっているのだろう。
「部分的でもいいから端切れの絨毯かもしくはタイルカーペットを敷きたいわ」
「わかったよ、じゃあ清架の好きなようにしたらいいよ」
「ありがと。でもこれは私が自分で買うことにするから、心配しないで」
「いいよ、ついでだから俺が一緒に払う。だって無収入のおまえに払わせられないだろ」
「大丈夫。だって宿泊費が浮いた分でなんとかなるから」
ふたりは店の通路で押し問答をしていたが、結局はすべて良壱が支払うことに話は纏まった。荷物を軽トラックの助手席に押し込むと、道路の向こうにある中華料理屋に向かった。七百円の本日のランチは青椒肉絲だった。ふたりとも同じものを頼み、満足して店を出ると、ふたたび駐車場に戻り、助手席の荷物を荷台に移して出発しようとエンジンをかけたとき、
「ちょっと待って」
清架はドアを開け放ったまま駆け出した。ふいのことにぽかんとしてただ清架の後ろ姿見るばかりだ。
しばらくして嬉しそうな顔で清架が戻って来た。その右手には白いビニール袋が提げられている。
「どうしたんだよ」訝しそうな顔で訊く良壱。
「これ」清架が差し出したビニール袋を覗き込むと、そこにはいくつも真っ赤な花をたたえたシクラメンの鉢植えが入っていた。「あんまり事務所が殺風景だから、飾ったらいいかなと思ったの」
「そうなんだ」良壱は感心がなさそうな返事をした。
軽トラックに乗り込んだふたりは、少し白いものが舞いはじめた帰り道を急いだ。
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