第27話
急で狭い階段を上がり、居間にしている四帖半に足を踏み入れる。畳の上には雑誌やスポーツ新聞が散らかり、小さなテーブルの上には缶コーヒーの空き缶と即席めんの器が載ったままだ。部屋のなかほどには電源の入ってない電気ストーブが置いてあった。奥の六帖は幸いにも布団は片づけてあったのでよかったが、ダンボールの空き箱やらコンセントからの延長コードには電気カミソリが充電したままになっている。
「なあ、すごいだろ? こんなとこにふたりも住めないだろ?」
「なんで? あんたが掃除しないだけの話でしょ。きちっと片づければどってことないっしょ。私はこの六帖でいいよ。良壱はそっちの部屋で寝ればいいじゃん」
「おいおい、本気でここに居座る気かよ。まいったなァ」
良壱は顔を顰めながら頭を掻く。なぜこうなったのか思い返そうとするものの、これから先のことばかりが邪魔をして、原点を見つけることができなかった。
「しょうがないなァ、わかったよ。でもなるべく早く金沢に帰ると約束してくれよ」
「わかった。そうと決まったら、部屋の掃除をして、下の荷物を持って来ないと」
「トイレと風呂は、いま上がって来た階段の横だから」
ふたりが事務所に戻ると、良壱は例の小部屋を指差し、
「これがこっちと向こうを繋ぐ架け橋となる小部屋だ。依頼があるとここに入って精神を集中させる。すると理屈は説明できないが、とにかく向こうに行くことができるんだ」
これまで絶対に他人に話すことのない企業秘密として口を噤んできた良壱だったが、なぜか清架には話してもいいと思った。仕事が見たいという清架なのだから、いずれは見届けられてしまう。
「トマルノカ」
ふたりの姿を見止めると、急いで止まり木の端まで来たバタやんは頭を下げたままでいう。
「そうよ、しばらくお世話になりますから、どうかよろしくね」
清架はまるでここの住人に挨拶をするかのように丁寧に頭を下げている。
「もう、あいつのことはいいから。お昼になったからとりあえずランチでも食べに行こうか」
「そうね、でもちょっと待って。いまホテルにキャンセルの電話入れるから」
そういうと清架は旅行カバンのなかからスマホを取り出して、軽い指さばきで電話をかける。解約が成立した清架は、ご機嫌な表情になってバタやんのケージを指先で叩いた。
「清架、何が食べたい? せっかくだから、名古屋や名物がいいかなあ」
「名古屋名物ったって、私あまりよく知らないから、良壱にすべておまかせ」
まだバタやんのケージを覗きながら返事をする。
「麺類だったらきしめんか味噌煮込みうどん、それとあんかけスパ。ご飯類ならどて飯か味噌カツだ。まだ他にもあるけど、お昼に食べるものとしてはまあそんなとこかな」
「どれも食べたことがないけど、味噌カツがいいかな」
清架は良壱の顔を見ながらリズミカルに首を振りながらいった。
「味噌カツならいつも行く定食屋にあるから、そこにしよう。ここから歩いて二、三分のとこだ」
きょうは清架の荷物もあるのでドアにカギをかけて出ることにした。
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