第26話
「そうね、どこかお勧めの観光スポットある?」
「まあ、なくもないけど、清架が何を見たいか俺には見当がつかん」良壱はこっちに来て四年になるから、それなりの場所は知っているつもりだが、いざとなるとなかなかすぐには思い浮かばなかった。「名古屋城? 水族館? テレビ塔? 動物園? 地下街? 遊園地?」良壱は思いつく限りの場所を羅列した。
「うーん」
清架はどの場所にも反応を示さなかった。
「清架、正直にいえよ。本当は観光に来たんじゃないだろ? そうじゃないっておまえの顔にちゃんと書いてある」
良壱は心の探り合いをするのが煩わしくなって、ついに直球を投げた。
「……本当のことをいうと、この前兼六園で良壱の話を聞いたとき、人の役に立っている良壱が羨ましかった。それ以来ずっとボランティアみたいなことで社会に寄与することはと考えたんだけど、どれも私のやりたいこととフィックスしなかった。そこで一度良壱の仕事が見てみたくて、そいで出て来ちゃった。ごめん」
清架は胸のうちを吐露したことで、これまでと違ってすっきりした顔になっている。
「それはいいんだけど、俺の仕事は毎日決まってあるわけないじゃないから、滞在中の五日間で見せられると約束できるもんじゃない」
「別に大丈夫よ」
「大丈夫って? だってさっき……」
「ううん、あれはとりあえずいってみただけ。本当のことをいうと、良壱の仕事を納得するまで見てから帰ろうと思ってる」
「俺はいいけど、宿泊費が膨大になる可能性があるだろ?」
良壱は心配そうな顔になって清架をまっすぐに見る。清架は会社を辞めてから半年以上経つといっていた。他人の懐具合を詮索するのは不本意だけれど、清架に関しては知らぬ顔をできなかった。
「そのことなんだけど、二階に二部屋あるっていったよね?」
急に笑顔になって何度も首を揺らしながら良壱の顔を覗き込む。すでに心を決めているようだ。
「あるけど、それはだめだよ」
良壱は烈しく首を横に振った。
「ひょっとして、誰か一緒に住んでるとか?」
清架は疑わしそうな目で見ながら声を落として訊く。
「ばーか、そんなんじゃなくてェ、結婚前の娘が独身男の部屋に泊まり込むなんておかしいだろ」
良壱は必死になって顔の前で手を横に振る。
「そんなに拒否するってことは、ひょっとして私と何かあるかもしれないと予測してるんだ」
「そうじゃなくて、近所の目というものもあるし、だいいちそんなこと清架のお父さんやお母さんが知ったらどうするんだよ」
良壱は諭すようにいいながら横を向いた。
「サヤカ、イイジャナイカ」
ふいに天井から甲高い声が降り落ちて来た。
「ほら、バタやんだってああいってることだし……」
すでに清架はこの二階に転がり込むことに決めているようだ。
「うるさい、少し黙ってろ」眉間に皺を寄せながら良壱はバタやんを睨みつけた。「よわったなァ」イスに背を預けて腕組みをする。
「ね、そういうことにしよ。私は平気だから、あとは良壱次第よ」
良壱はなぜ自分が窮地に追い込まれているのか困惑する。いくら高校の同級生であっても、このまま住まわしてもいいのだろうか。無収入なことを知りつつも無駄な宿泊費を払わせるのも忍びなかった。
「うーん、じゃあ、一度どんな部屋か見てみるか?」
良壱はあの古くて薄汚れた部屋を見せたら、いちおう清架は女の子だから顔を背けて諦めるに違いないと踏んだ。
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