第24話  8

 日泰寺の参道は人で溢れていた。こんな時間に賑わうのは、夏の盆踊りのときか大晦日のきょうくらいだ。でも盆踊りのときといまでは参道に下がる提灯の映し出す色がまるで違っている。厚いコートにニット帽、ダウンジャケットに耳あてに手袋……どこに目を向けてもしっかりと防寒した姿ばかりだ。

 年末年始の日泰寺の参道はとてつもない賑わいを見せる。大晦日は一般の人が除夜の鐘を突くことができるのでそれを目的に人が集まり、年が明ければ参拝者がお参りするために集まるのだ。

 良壱がここに越して来て大晦日を迎えるのは、これが二回目だった。大晦日のこの日ばかりは、近くまで行って腹の底に響く鐘を聴き、そして一年の厄を打ち払う意味で本堂にお参りをする。今年もそれを励行しなければ気持よく新年を迎えられそうになかった。

 人の波に歩調を合わせ、二百メートルほど歩くと、やがて寺の正門が見えはじめ、その向こうに重厚な造りの山門が聳える。境内には車を乗り入れることができるので、山門を迂回する車路が両サイドにある。普通の参拝者は山門の正面から石段を登り、山門を潜ってから今度は石段を降りる。すると今度は右手に五重の塔が闇のなかかに浮かび上がり、昼間とは違った顔を見せる。

 山門のところで三方向に分かれた参拝者はふたたび合流すると、正面の本堂に向かってぞろぞろと歩く。今年のうちにお参りをと思う参拝者がいれば、新年早々にお参りしたいという参拝者が入り混じり、それに参拝をすませた人たちが入り乱れて大変なことになっている。

 何とか無事お参りをすませた良壱は、先ほどからはじまった鐘の音に惹かれて鐘楼に足を向ける。やはりここも溢れんばかりの人だかりだった。そばに近づくこともままならない良壱は見上げるようにして十ばかり鐘を聞き、全身を震わせる荘厳な響きに満足すると、そっとその場を離れた。

 来た道とは別のルートで帰ることにした良壱は、正門を出るとすぐに右に折れた。そしてさらに左に曲がる。この道をまっすぐ行ったところが家だ。裏道だが、きょうばかりはいつもと様子が違って人影が多かった。

 しばらくすると、歩道の一部が仄明るくなっている場所があった。そこが良壱の家だ。事務所の灯りを点けたままでお参りに出たのだ。カギを開けてなかに入る。いつも外から帰ると何かしら話しかけて来るバタやんのケージには黒い布をかけてあるので、眠ってないまでも大きな声を出す心配はなかった。

 すべての灯りを消して二階に上がる。部屋に入ると、そうやく一年を締めくくることができたという安堵が空腹であることを呼び覚ました。

 年越しそばを食べてないことを思い出し、目覚まし時計を見て現時間を確認したあと苦笑いをしながら電気ケトルの電源を入れた。

ものの一、二分でお湯が沸き蓋を開けて用意してある天麩羅そばにケトルの湯を注ぎ込む。カメラやでもらった砂時計を逆さにして三分待つ。じっと砂の落下している姿を見ていると、すべてが落ちきるまでの時間が異常に長い気がしてならなかった。

 ふうふうといいつつ即席めんを啜り、湯気の纏わりついた顔を気にすることもなく汁を飲んだ。腹がきつくなった良壱は布団のなかに潜り込み、天井を見詰めながら明日からの三日間をどう過ごすか考えはじめた。おそらく正月早々はどこも店を開けていない。そうなると朝はいいとしても、昼と夜の食事をどうするか悩むところだった。

 特殊な宅配屋は緊急とか特急という依頼がないので、まず三が日の間は大丈夫だろう、だったらいっそのことどこか遠くに行ってしまおうかとも考える。

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